13話 Fランクハンター、はじめて仲間ができる
夕陽が傾いていた。
茜色に染まった空の下、ダンジョン入口近くの空き地には、規制線が張られ、複数の車両が並んでいる。
警察官、協会の職員、そして医療スタッフ──慌ただしく動く人々の中で、龍人はただ一人、ぽつんと角材の上に座っていた。
肩は包帯で巻かれ、喉に焼けるような違和感。
協会職員から手渡されたココアの入った紙カップを揺らしながら、ぼんやりと前を見つめていた。
視線の先──
手錠をかけられ、複数人に囲まれて護送されていく男たち。
中でもゴウは全身を包帯で巻かれ、担架に乗せられて救急車へと運ばれていった。
(……終わった、な)
あの地獄のような戦いが、まるで遠い過去のことのように思えた。
視界の隅で、サラの姿が映る。
協会職員と何かを話し、時折こちらを気にするように振り返っていた。
龍人は、ふと手元の紙カップに目を落とした。
ぬるくなった液体の表面が、揺れている。
──その時、ふいに影が差した。
顔を上げる。
「……すまねえ、ちょっといいか?」
目の前に立っていたのは、ダンジョン内を共に生き延びたポーターたち。
中年男を筆頭に、二人の若者が両脇から顔を覗かせている。
「……え、ああ、大丈夫ですよ」
戸惑いながら返すと、三人は静かに──深々と頭を下げた。
「俺は、バカだった……あんたのことを何も知らずに、本当にすまない!」
「自分もっす……龍人さんがいなかったら、確実に死んでたっす……」
「私も……役立たずだったのは私の方なのに、本当にごめんなさい!」
言葉は朴訥だったが、そのひとつひとつに誠意がこもっていた。
龍人は謝罪されたことに驚き、顔を振る。
「い、いやいや。別にそんな、気にしないでくださいよ。当たり前の反応でしたし、正直、慣れてますし……」
苦笑しながらそう返す。
「それに──あの時、おじさ……あ、いや、あの……盾で助けてくれたじゃないですか。お互い様ですよ」
すると、先頭にいた中年男が一歩前に出て、神妙な顔で言った。
「そう言ってくれるのはありがたいが、はっきり言わせてくれ。……本当にありがとう!!」
再度、深く下げられる、三人の頭。馬鹿にされることはあっても、礼など言われたことがない。
龍人は、照れていることを誤魔化すように、頬をかく。
「……そして、すまんが、一つだけ訂正させてくれ」
「はい?」
中年男は顔を上げ、真剣な顔で龍人を見つめる。
「……俺は、まだ二十代だ」
「──は?」と龍人が素っ頓狂な声を上げたのと、「えっ!?」と後ろのふたりが声を揃えたのは、まったく同じタイミングだった。
中年男──いや、青年(?)は真剣な顔のまま、少し声を張って言う。
「そうだ、多少老け顔だが、まだおじさんじゃない……」
「す、すみません……(多少?)」
「えっ……ほんとに二十代っすか?」
「うっせ。免許証にも書いてあるだろうが!」
そう言ってポケットから取り出された免許証には、どう見ても四十代にしか見えない顔写真が載っていた。
その場にいた全員が──ぷっ、と吹き出す。
笑いがこぼれた瞬間、ようやく場の空気が柔らかくなる。
沈んでいく夕陽の下で、龍人は心の奥から、ようやく息をつく
──誰も、死ななかった。
ただそれだけが、今は何よりも尊い事実だった。
* * * * *
ざわつく現場の片隅から、一人の女性が戻ってくる。
如月サラだった。
協会職員との応対を終えたばかりの彼女は、どこか疲れた顔で小さくため息をつきつつ、靴音を鳴らして歩いてきた。黒髪のポニーテールが、夕風に揺れている。
「──ったく、あの上司、人使いが雑すぎんのよ。協会所属のハンターを何だと思ってんのよ、まったく」
誰に言うでもなく、ぶつぶつと文句を垂れる。
どうやら勝手に動いていことなどを含めて、結構なお叱りを受けたらしい。
「はあ、どうせ辞めるんだからどうでもいいけど。まじ、ブラック企業と変わんないわよハンター協会……」
腕を組みながらぼやくその姿は、戦闘時の凛々しさと打って変わって、どこか普通の若い女性にも見えた。
そんな彼女に、龍人たち──ポーターの三人が声をかける。
「お疲れ様です、如月さん!」
「さっきは本当に……本当に、ありがとうございました!」
先ほどまで龍人と会話していた三人が、頭を勢いよく下げて礼を述べる。
サラは一瞬、きょとんとした顔をした後、ふっと笑みを浮かべた。
「あら、やだ。ちゃんと礼言えるなんて、見直したわ」
「さすがに、お礼ぐらい言えますよ……」
「いやあ、でもホント……協会ハンターって伊達じゃないっすね」
「いや、もう辞めるわよ?」
サラがさらりと言い放った言葉に、「えっ!?」と声が上がる。
「ちょ……え、それマジですか? もったいなくないっすか?」
「マジも、大マジよ。協会職員なんてクソなのよ。命かけてんのに給料は低いし、人使いは荒いし、最悪よ」
サラの言葉は軽いようでいて、その奥には確かな決意があった。
そして、ふと龍人の方に視線を向ける。
「──それに」
そこで言葉を止めて、サラは龍人の隣の空いた角材に腰を下ろす。
「金のなる木──じゃなくて、優秀な人財を見つけちゃったしね!」
失礼な物言いも聞こえたような気がするが、強引に言い切った内容が気になる。
その言葉の意味を、龍人はすぐには理解できなかった。
「……え、それって、どういう……?」
「ふふ……それはまた後日のお楽しみ、よ」
サラはカップを奪うようにして龍人のココアを飲み干し、ぷはっと満足げに息を吐いた。
「──さっ、そこのスマホ出しなさい、今すぐ。連絡先を交換するわよ」
立ち上がり、くすくすと笑うサラと、それを見て微妙な顔をする龍人。そして、後ろで「なんの話?」と目を丸くする三人のポーターたち。
その時だった。
「……ていうか、如月さんって潜入捜査で来てたんすよね? 本名って……」
ポーターの一人、丸顔の若者がぽつりと口にする。
サラは、ふふっと笑って首を傾けた。
「ん、言ってなかったっけ。そう、あれは偽名よ。あんたの言う通り、潜入調査って建前だったからね」
「なるほど、じゃあ本名は……?」
龍人が聞き返すと、サラはどこかいたずらっぽく、だけども真面目な声で答えた。
「月島紗夜。こっちが本名。今後はこっちの名前で呼んでね、パートナーくん?」
「いや、パートナーって……」
冗談とも本気ともつかない笑みに、龍人はなんとも言えない表情になる。
そのやり取りを見ていた中年男──もとい青年(?)が、ぽんと手を打った。
「あ、そういや俺たちも、龍人に自己紹介してなかったな」
「そういえば……」
三人は顔を見合わせたあと、順番に前に出てきた。
「改めて──俺は木村尊ってんだ。さっきも言ったが、まだピチピチの二十代だ。そこんとこ、覚えといてくれよ」
「自分は、高木亮っす! 東京ハンター育成学校の一年です! 実地訓練も兼ねてバイトできました!」
「私は小川翔子っていいます。亮君と同じハンター育成学校に通ってます。今回の件で、ちゃんと自分を見つめなおそうと思います!」
それぞれ少し緊張しつつも、まっすぐに言葉を紡いだ三人に、龍人も自然と笑みを浮かべる。
夕陽が、彼らの姿を柔らかく照らしている。
──生き延びた者たちの、新しい関係の始まりだった。




