12話 Fランクハンター、巨人を穿つ
轟音とともに、床が砕けた。
巨体を揺らして突進するゴウ──いや、もはや人の姿を留めぬその怪物は、まるで暴走する岩壁のようだった。
「っ──来るわ!」
サラが跳躍し、ギリギリでその突進をかわす。
だが、衝撃波に巻き込まれ、軽く空中でバランスを崩す。
一方で、龍人は避けなかった。
いや、避けられなかった──それほどに速く、重い。
「ぐっ──!」
腕を構えて防御するも、その巨腕と真正面から激突した瞬間、鈍い音と共に龍人の体が吹き飛んだ。
岩壁に叩きつけられた背に、ヒビが走るような痛みが走る。息が詰まり、足元がふらつく。
(重さも……パワーも、桁違いだ……!)
それでも、立ち上がった。
拳を握り直し、前を睨む。
「──なんとか、ヘイトは稼ぎます。」
「了解。やれるだけ……やってみるわ」
息を整えながら、サラが短剣を手に舞う。
龍人が真正面から挑発し、ゴウの注意を引きつける。その背後から、サラが素早く回り込んで斬撃を叩き込む。
──が。
「効かねぇよォ!!」
ゴウの咆哮とともに、サラの刃は岩のような外殻を掠めただけで弾かれる。
龍人の拳も、装甲に打ち付けられても、ただ振動するだけで傷ひとつつかない。
(……硬すぎんだろっ!)
龍人の目が細まる。
(サラさんの刃も、俺の拳も、こいつの装甲は剝がせない……!)
それでも、立ち止まる時間はない。
──そして、次の瞬間。
「──くっ!」
ステップのタイミングが、わずかに狂った。
追撃を避けようとしたサラの足元が滑り、体勢が崩れる。
バランスを取り戻す前に、ゴウの拳が迫った。
「サラさんっ!!」
龍人が叫び、駆け出す。だが──間に合わない。
そのときだった。
「お嬢ちゃんから、どきやがれぇッ!!」
割って入ったのは、あの中年ポーターだった。
ゴウが持っていた大盾を構えて、サラをかばうように立ちふさがる。
──ドガァッ!!
鈍い音と共に、男の身体が吹き飛ぶ。
サラが呆然と見上げる中、彼はゴウの拳を“半分受け止めるように”逸らしたのだ。
「……っ!」
龍人が目を見開く。
中年男は地を転がり、吹き飛ぶ──が、大盾を支えに立ち上がる。
「ははッ…おじさんナイス!!」
龍人が叫ぶ。
吹き飛ばされながらも立ち上がった中年ポーターに、サラが目を見開く。
(……ありがとう。今の一撃、食らってたらマズかったわ……)
そのわずかな猶予の中で、龍人が再びゴウへと向かって駆ける。
「おい、どこ向いてんだよ! 岩野郎!」
龍人の拳が、巨体を揺らす。
その一撃と挑発に、巨人の敵意が再び龍人へと向けられる。
「チッ……クソガキがぁ……ッ!」
ゴウが怒声と共に巨腕を振り上げ──振り下ろす。
その隙に、サラが立ち上がる。握りしめた短剣の柄に、今にも震えそうな手。
だが、彼女の足取りはまっすぐだった。
「ふぅ……まだやれる。こんなとこで、死ねないもの」
龍人が引きつけ、サラが駆ける。
ふたりの即興の連携が、再び始まった。
サラはその舞うような身のこなしで、ゴウの攻撃をいなし、かすかに外殻を削る。
その間も、龍人は距離を保ちながら、思考を深めていた。
(あのとき……)
ジャイアントパウンドの魔石を喰った、その時から芽生えた“感覚”。
巨獣から放たれた、あの灼熱の火球。
肌を焼き尽くすような熱量が、自分の中にも流れ込んだ──
(あの感覚は……まだ、ここにある)
ただの直感ではなかった。それは、確信だった。
(出せる。俺にも、あの炎が……いや──)
龍人の中で、魔力が騒ぎ出す。喉の奥が焼けるように熱い。体中が警鐘を鳴らす。
(ただ吐き出すだけじゃダメだ……。もっと圧縮しろ。極限まで凝縮して──一撃で、ぶち抜く!)
そして、龍人は叫んだ。
「サラさん……ちょっと、お願いします!!」
その声に、サラが顔を上げる。彼の“何か”を感じ取り──頷いた。
「……了解!」
サラの剣舞が変わった。命を燃やすような速度で踏み込み、踊るように駆ける。
「ふッ……!!」
視線を集めるように、大きく動く。身を翻し、ゴウの注意を奪う。
その間、龍人は立ち尽くしていた。全身の魔力を喉奥へと集中させる。
吐き気すら感じる膨大な熱が、喉元に集約されていく。
喉が焼ける。歯が軋む。目の奥が痛む。
それでも──圧縮する。
龍人の身体から、蒼い魔力が立ち昇る。
それは魔石を喰ったときとは違う。
喰らい、変化し、今──“放つ”段階へ。
周囲の空気が……熱を帯びていた。
ただ暑いのではない。肌がビリビリと焼けるような、魔力の圧。
龍人の視線が、まっすぐにこちらを向く。サラはそれだけで察した。
(これは──来る……!)
サラが飛び退く。
ゴウが魔力の圧に、振り返るが──
──時すでに遅かった。
龍人が咆哮と共に、口を大きく開いた。
次の瞬間──
喉奥から放たれたのは、火球。
ただの火球ではない。
灼熱を圧縮した──極限の業火。
拳大ほど蒼い光弾が、一直線にゴウの胸へと突き進む。
一瞬、時間が止まったかのように、龍人とゴウの視線が交差する──
「──なっ、なん……っ!?」
反応する間もなく、それは命中。 そして──爆ぜた。
轟音と共に、広間が揺れる。
光と熱と爆風が、すべてを呑み込んだ。
咄嗟に身を伏せたサラの耳に、爆音と岩が砕ける音が響き渡る。
瓦礫が降り注ぎ、空気が焼け焦げる。
──そして。
* * * * *
炎が収まったあと、そこに立っていたのは──燃え尽きたゴウの姿だった。
「なんで…だ。なん、で俺が……」
ふらふらと歩きながら、ゴウは呻く。
「お前みたいな、Fランクにいいっ!!」
叫びながら駆け出すゴウ。だが、龍人は一歩も引かない。
掴みかかろうとしたその瞬間──龍人の拳が、ゴウの顔面を穿った。
「さっきから、うるせぇんだよボケええ!!」
巨体が吹き飛び、地を転がり、崩れるように沈む。
──重く、鈍い音が、広間に響いた。
……しん、と、静まり返る。
誰も、何も言わなかった。灰と硝煙の中に、ただ一人。
立っていたのは──Fランクハンター、九頭龍人だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
お気に入り・評価で応援いただけると嬉しいです!




