10話 Fランクハンター、舐めたヤツは黙らせる
視界の隅で、ポーターたちがざわめく様子が見える。しかし、サラはひとり、じっと動かずにいた。
(……はあ、やっぱり、気持ち悪いよな)
龍人は苦笑いを浮かべ、わざと視線を逸らした。
確かに、他人からの侮蔑や嘲笑には慣れていた。だからといって、まったく傷つかないわけではない。
「……魔石って、食べられるの?」
不意に、サラが口を開いた。なぜか声が震えているようにも聞こえる。
「えっと、はい。《悪食》って……毒でも、腐ってても、全部消化して、栄養にできるんです。……まあ、栄養にできるだけなんで、能無しなんて言われていましたけど」
自嘲気味に笑ってみせる。だが、サラの反応は、思っていたものとは違った。
「……つまり、魔石を分解して、魔力を吸収した? ありえないわ……」
その一言には、単なる驚きではなく、何か根本から覆されるほどの戸惑いが感じられた。
(魔力は外部から直接取り込めるものじゃない。魔力とは──個体固有の膨大な生命エネルギー)
──サラは考える。
血液や臓器みたいなもので、外から取り込めば必ず拒絶反応が起きる。
最悪の場合、死にかねない。
魔力量を増やすには、長年の鍛錬──つまり、ダンジョンや魔素の濃い場所で、体を酷使し続けるしかない。
ハンターランクはだだの称号ではない。“格”だ。
ハンターとして適合した瞬間の初期魔力量で、だいたい定義されてしまう。
努力で上げるには、人生を注ぐような時間が必要。
十数年、戦い続けて──ようやく、2ランクか3ランク上がるかどうか。そんな世界だ。
その視線が、改めて龍人に向けられる。
(……この子、本当にわかっているの?)
地を這うように積み上げるしかなかった努力の果てを、この青年は──スポーツカーで駆け抜けていくようなもの。
まさに“チート”だ。
「……龍人くん、ひとつ聞いていい?」
「はい?」
「あなたのその力、誰かに話した?」
急な問いに、一瞬呆ける龍人。しかしすぐに、ばつが悪そうに首をかく。
「いやー、まだ誰にも話せてないです。……やっぱり、まずいですよね?」
その返答に、サラの顔に喜色が浮かぶ。
(イエスッ! グッジョブ私! 神様って本当にいるのね!!)
サラは内心で両拳を突き上げ、小さくガッツポーズを決めた。
「……サラさん?」
「あ、ごめんなさい。そうね──むしろ今は、誰にも話さない方がいいかも」
言葉を選ぶように、彼女は一呼吸置いたあと──龍人の両肩をがしっと掴んだ。
「ねえ、龍人くん。ビジネスに興味ない?」
「はっ……?」
急すぎる話題に目を白黒させる龍人を無視して、サラは熱弁を始める。
「君みたいな原石、普通のギルド員で終わる器じゃないわ。トップに立てるのよ、間違いなく。だったら、自分で作るべきじゃない? ギルド!」
「ギ、ギルド……ですか?」
「そうよ。君のギルド! Fランクじゃ無理だから、設立は私がやるわ。 資金も人脈もそれなりにあるし! 一緒に未来、作ってみない?」
龍人は完全に呑まれていた。
(な、なんなんだこの人……)
まくしたてられるまま、彼はただ圧倒され、返事すらできない。
──そんな時だった。
「……すまねえ。話中のところ、悪いがちょっとだけいいか?」
二人が振り向くと、そこにはポーター組が全員、ばつが悪そうに立っていた。
中年男が、ちらちらと龍人の顔を見ながら言い淀む。
「あー、その……あんた、その……すげぇ、よな……」
彼が何かを言いかけた、その瞬間──
ドオオンッ!!
耳をつんざくような轟音が、広間を揺らした。
「な、なんだ今の……!?」
ポーターたちが慌てて周囲を見渡す。
通路を塞いでいた瓦礫の山が崩れ、濛々と土煙が上がっている。
そして──そこに、見覚えのある影が浮かび上がった。
「お? ……んだよ、全員生きてんじゃねーか」
現れたのは、分厚い盾を装備を身した、鋭い目つきの男。
レッドハンターの──ゴウ。
その背後に、装備が整えられた仲間たちがずらりと並び、不快な笑みを浮かべていた。
彼らの視線は──まっすぐに、龍人たちを貫いていた。
ロングスタッフを肩にかつぎながら、ゴウの脇から一人の男が前に出た。
伊藤――。黒縁の眼鏡と冷めた眼差し。犯罪者ハンターの後衛担当。
その目が細まり、薄く唇が吊り上がる。
「ちっ、つまんねえな。もっと死んでるかと思ったのに」
嘲るような声色に、ポーターたちが一斉に肩をすくめた。
「……な、なんでこんなことをするんすか!」
耐えきれず、前に出たポーターの青年が叫ぶ。
ゴウはゆるく顎をしゃくりながら、にやにやと笑った。
「なんでって、お前──金になるからに決まってんだろうが」
肩をすくめ、続ける。
「ここはダンジョンだぜ? 弱肉強食。強いやつが正義だろ? 強ければ何をやっても許される。文句あるか?」
その言葉に、仲間たちが一斉にげらげらと笑い出す。
その姿に、ポーターたちは顔を青くした。
「そ、そんな……」
「ひどい……」
──そんな空気の中で、ひとりの影が前に出る。
龍人だった。
無言のまま、ポーターたちを背に立ち、レッドハンターたちを見据える。
その表情に怒りも、恐怖も、焦りすらなかった。ただ、静かに──立っていた。
「……なんだあいつ? Fランクだったよな。……調子乗ってんのか?」
ゴウが眉をひそめ、後ろを振り返る。
「チッ……ノリ、あいつからやれ。ちょっと黙らせとけ」
「へーい」
軽く手を上げたのは、金髪を跳ねさせた若いファイター。長剣を肩に担ぎ、片手はポケットに突っ込んだまま、にやにやと龍人へ歩み寄る。
「お前さぁ、女がいるからカッコつけたいのか? わかるけどよ──」
剣を構えずに、あおるように近づいてくる。
「身の程を知らないと、早死にするぜッ!」
叫びと同時に、ノリの長剣が唸りを上げて振り下ろされた──その瞬間だった。
龍人の身体がブレる。
バキィッ!
鈍い音とともに鼻骨が砕けた。
宙を舞ったのは、血ではなく──金髪のノリ自身だった。
「……は?」
ゴウたちの動きが止まる。
ノリの身体が地面に叩きつけられた。鼻はつぶれ、歯がかけている。
龍人の拳は、すでに下ろされていた。
「な……なんだ、今の……?」
「Fランクに……Dランクのノリが吹き飛ばされた……?」
驚愕に目を見開くレッドハンターたち。その隙を、サラが見逃すはずもなかった。
──風のように、彼女が駆けた。
「くそが……! 全員殺せ!!」
ゴウの怒声が響く。仲間たちが一斉に武器を構える。
しかし、彼女は止まらない。
軽やかに、そして鋭く。サラの刃が、舞うようにレッドハンターの一人を斬りつける。
「なッ……!? こいつ、Eランクなんかじゃねぇぞ!」
痩せたヒゲ面のファイター──高藤が叫ぶ。
次の瞬間、龍人もまた、前に出た。その背に──迷いはなかった。
──戦いの火蓋が、切って落とされた。




