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見た目を変えよう編

続きです。親友2人の仲が若干良すぎるかもしれません。

「孝太郎、まずは見た目から整えないとダメだ。そんな怖すぎる見た目で俺は真面目ですと言われても、とても信じられないぞ」


堀内は孝太郎をまじまじと観察して言う。


堀内とは、孝太郎と幼なじみの男である。幼少期から素行が悪く、ほぼ友人らしき存在のいなかった孝太郎にとって唯一の友人であり、親友であり、かつ暴走時のストッパーとなるお人好しの苦労人である。


今日は孝太郎が更生したいと相談を持ちかけてきたので、こうしてアドバイスをしているところなのであった。


「まずこの襟足、真面目な人間はこんなに長くない。切り揃えろ。それから眉毛、剃るな伸ばせ。それまではマジックかなんかで書いとけ。それからなにより……」


堀内はため息をつき、勢いよく孝太郎の盛り上がった前髪を掴んだ。


「真面目な人間がリーゼントなんかするわけないだろう。なんでセットしてきたんだ。せめて下ろしてこい」


「すまない堀内、つい癖で……」


「その癖は今日でやめろ。まったく不良が染み付いてやがるな……とりあえず床屋にいくぞ」


堀内と孝太郎は近所にある床屋、バーバーバーへと足を運んだ。


「お!!朔に孝太郎じゃねえか!!どうした2人揃って珍しいな」


店に入ると、暇そうに雑誌を読んでいた床屋の店主こと岡本が元気よく迎えた。2人の行きつけなのだ。


「ああ、おじさん。実は今日は孝太郎の髪を整えてやって欲しくてだな」


「おう!!いいぜ!!今日はどんだけブリーチするんだ?それともパーマか?孝太郎?」


「いや、今日はそのどちらでもない。この髪型にしてほしいんだ」


そう言って孝太郎が岡本の前に生徒手帳を差し出す。見れば服装規定欄にある男子生徒の顔まわりが、鉛筆でグルグルに囲われていた。

岡本は持っていた雑誌を取り落とし、床と固い本のぶつかる高い音を静かな床屋に鳴り響かせた。


「孝太郎、正気か?」


「ああ、正気も正気さ。むしろこれまでがおかしかったんだ」


「おじさん、そういうわけだ。孝太郎のためにひと肌脱いでくれねえか」


「もちろんだとも。ひと肌でもふた肌でも脱いでやらあ」


岡本はとりあえず孝太郎をシャンプーして椅子へ座らせた。


「いいんだな孝太郎。ひとおもいに行くぜ」


岡山がハサミを構えて鏡越しに聞く。


孝太郎もイングリッシュシープドッグのような長い前髪の隙間から岡本を見据え、もちろんだと言った。その目は髪をただ切るにしてはあまりに重い、覚悟の色で染まっていた。


「俺は腹を決めてきたんだ。ひとおもいにやってくれ」


「分かった。漢に二言はねえ……行くぜ孝太郎!!」


ジャキジャキジャキという髪を切る音は、孝太郎のヤンキー魂が出す断末魔のようであった。


数十分後、孝太郎のまわりにはこんもりとした金色の輪っかが出来ていた。切った髪の量を推し量れば、少し怖いくらいである。


完成形を前に孝太郎は固く目を瞑り、その様子を堀内と岡本が固唾を飲んで見守っていた。


「できたぜ。ゆっくり目を開けてみろ」


そう促されて、孝太郎は言われた通りゆっくりと目を開いた。その眼前に広がるは、見違えるような正真正銘優等生の姿……ではなかった。


確かに孝太郎の髪型は生徒手帳どおりの模範的な髪型であった。前髪は七三にきっちり分けられ、明るかった髪色は漆黒に染まり、襟足は刈り上げられている。

しかしだからなんだと言わんばかりの圧倒的なそぐわなさが孝太郎の周りに漂っていた。


「似合わねえな……」


堀内がボソリと呟く。その発言にはおそらく他の2人も同意であろう。実際に全然似合っていない。


岡本があることに気がついて口を出す。


「……なあ、服は変えないのか?」


確かに今の孝太郎は髪型こそ模範的にしたものの、服装といえばド派手な柄シャツに短ランを引っ掛けた、風紀委員に見つかれば飛び蹴りを喰らいそうな格好であった。


2人はあまりに慣れすぎて気がつかなかったが、優等生がこんな格好をするわけがなかった。


「それだ……!!ありがとうおじさん。孝太郎、服買いに行くぞ」


堀内は孝太郎の支払いを待って、床屋から洋品店へと向かった。


「優等生に見える学生らしい服だあ?よし!!俺が見繕ってやろう!!」


要件を伝えるなりそう意気込むは、この近辺ではクラシックな品揃えで有名な衣料品店、コンドル洋品店の店主たる斎藤である。

斎藤は待っていろと言い残して奥に引っ込むと、すぐに何着か服を持って現れた。


「学生といえばやっぱり襟付きだろ!!ほら、これなんかどうだ?」


そう言って斎藤が掲げたのは、赤とオレンジの幾何学模様がド派手な柄シャツであった。


「おじさん、こんなの今孝太郎が着てるシャツとあんまり変わらないじゃないか。いつものラインナップじゃなくて、真面目な学生に見える服が欲しいんだ。選定し直してくれ」


堀内が抗議すると、斎藤は何を言っていると憤慨した。


「学生といえば柄シャツだろう!!こうやってズボンにインして……」


「それはおじさんが大学の頃に流行ったファッションだろう。俺らは高校生なんだよ。なあ、孝太郎もなんとか……」


堀内が孝太郎の意見も聞こうと振り返ると、なぜか少し離れた場所にいた孝太郎が何かにじっと見入っていた。


「おい孝太郎、お前の話なんだから話し合いに参加してもらわなきゃ困るよ」


「ああ、すまない。よさそうな服を見つけたから見ていたんだ」


堀内は孝太郎の視線の先を辿って、そのよさそうな服とやらを見遣る。そこにはやたらとポケットのたくさんついたベージュのベストが置いてあった。


「これは……?どのあたりがよさそうだと思ったんだ孝太郎?」


「色が地味だし機能的だ。俺の祖父は真面目な人だったが、確かこんなのを着ていたぞ」


「孝太郎、それはお前のおじいさんがおじいさんだから着ていたものなんだ。真面目な学生はこのベストは着ない。ていうか学生はこのベストを着ない」


「お目が高いねえ。それは今日仕入れてきたやつだ。結構人気でねえ」


斎藤が別の派手なシャツ片手に後ろから声をかけた。人気なのはこの店の主な購買層がお年寄りだからだろと口を挟もうとした堀内だったが、タイミング悪くポケットの携帯が鳴ったのでそそくさと外に出て行った。


孝太郎は堀内を見送ったあと、派手なシャツに目をつけて言う。


「おじさん、それは?」


「ああ、これは真面目な学生のマストアイテムさ。ほら、ベルボトムのズボンにインして着るんだ」


そう言って斎藤は海老茶地に白いバラの散ったシャツと黒いベルボトムのズボンを掲げた。


「なるほど、これが真面目な学生の服装か。参考になるよ」


「シャツはたくさん持ってきたから、好きなのを選べ。このベージュに赤い小花柄のシャツなんか、地味だしいかにも学生らしいんじゃないか?」


「おじさん、これにこのベージュのベストを合わせたらどうだろう?」


「おお!!いいんじゃねえか?機能性もアップだ!!」


ガハハと2人は笑い合い、すっかり意気投合している。


「じゃあおじさん、このシャツ何点かとこのズボン、それからベストを売ってくれよ」


「ああ、いいとも!!えーと合計で……」


斎藤はそろばんをパチパチ叩いて言った。


「79,800円だ!!」




「お、孝太郎!!何も買わなかったのか?」


堀内は手ぶらでコンドル洋品店から出てきた孝太郎を迎えて言った。堀内も今通話が終わったところらしく、携帯を閉じてポケットにしまう。


「堀内……真面目になるのには、お金がかかるな」


「そう落ち込むなよ。学校のリサイクルコーナーへ行こう。あそこで長くも短くもない学ランを見繕って、隣の学生服屋で白シャツだけ買えばいいさ」


堀内はぽんと孝太郎の肩を叩いて、にこりと笑う。


2人は隣の学生服屋で白いカッターシャツを購入し、学校のリサイクルコーナーで長くも短くもない学ランと裾の膨らんでいないスラックスを見繕って家に帰った。


「さっそく着てみたが、どうだろう?優等生に見えるか?」


孝太郎はそう言って胸を張るが、堀内は微妙な表情でなんとも言えずに唸った。

孝太郎は買ってきた服を、確かに生徒手帳どおりに着こなしていた。学ランはホックまできっちり留め、白シャツはスラックスにインしたうえで指定の色のベルト締めている。

しかしそこには、やはり圧倒的なそぐわなさが漂っている。


「うーん……見た目は完璧に整えたはずなのに、なんか全然真面目に見えないんだよな。なんでだろう」


堀内はまじまじと孝太郎を見つめていたが、ふとあることに気がついて孝太郎の目を手で隠した。


「どうした堀内?何をしているんだ?」


「分かったぞ目だ!!目がなんか違う!!」


堀内が声を上げると、孝太郎は困ったように聞き返した。


「目?目が違うってなんだよ」


「なんか目がギラギラしてて怖いんだ。なるほど、髪型や服を変えても雰囲気が変わらないわけだ」


「なるほど……でも目はどうしようもないだろ」


「それはそうだが……あっ!!眼鏡をかけるのはどうだろう。親父の眼鏡でいいか?」


そう言って堀内は孝太郎の顔に眼鏡をかけ、鏡を差し出した。


そこには眼鏡のフレームで目がさらに強調された、妙に目力の強い男が映っていた。そぐわなさが加速されたことは言うまでもない。


2人はどうやら眼鏡は目を強調させるものらしいという新たな学びを得て、さっさと外して元の位置に戻した。


「この調子では不安だ。俺は見た目すら真面目になれないのだろうか」


孝太郎は頭を抱え、ため息を吐く。


「大丈夫だ孝太郎。俺も色々言ったが、きっと俺たちは気にしすぎているんだ。他人から見れば、案外ちゃんと優等生に見えているかもしれないぞ」


堀内は穏やかにそう言って、孝太郎の肩をぽんと叩く。


そのとき、ふと家の外から叫び声が聞こえてきた。


「誰か!!助けて!!!」


2人が慌てて外に出て声の主を確認すると、そこには若い女性が暴漢に押さえつけられ、首にナイフを宛てがわれているという酷い状況が広がっていた。


「まずい!!今すぐ警察を……孝太郎?」


堀内がポケットから携帯を取り出して110番をするよりも早く、孝太郎は助走をつけて暴漢めがけて飛び蹴りを喰らわせた。そして倒れ込んだところを狙って腹部に1発入れ、暴漢の持っていたナイフを蹴り飛ばした。


「俺のダチん家の前でダセエことしてんじゃねえ。ぶっ殺すぞ」


孝太郎が凄むと、暴漢は泡を吹いて気絶をした。


とりあえず暴漢を庭にあったゴムホースでぐるぐる巻きにして振り返ると、堀内は警察に連絡している最中であるようだった。


座り込んだ女性はどうやら服が破けているようだったので、孝太郎は女性の肩に学ランをかけて大丈夫ですかと言った。

女性はありがとうございますと言って力なく笑ったが、孝太郎と目が合うとみるみる顔から血の気が引いていってガタガタと震えた。


「おい孝太郎!!警察の人、すぐ来てくれるみたいだぞ……なにしてんだ?」


堀内は立ち尽くす孝太郎とガタガタ震える女性を交互に見て、訝しげに聞いた。


孝太郎は女性をこれ以上怖がらせないように、堀内の後ろに回って言った。


「俺、他人から見ても優等生に見えないみたいだ」


堀内は孝太郎の肩を黙ってぽんと叩いた。

続きそうなので連載にしました。

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