第九話 ガーネット、闘技場へ
ガーネットが闘技場デビューします。
残酷な描写あり。
09 ガーネット、闘技場へ
闘技場は荒れていた。ランキング三位だったラグネルが、四位のエッカルトに負けたのだ。
といっても、勝負がついたので致命傷を受ける前に試合は終わった。
「ラグネル様っ、大丈夫?」
大慌てでガーネットが控室に飛び込んできた。
「大丈夫だ、ちょっと手をやっただけだ……。折れてるが……」
「私じゃ治せないし……。いや、それよりやることがある」
弁当を乗せた番重を下ろし、ガーネットは受付に
「私が出る」
と申し出た。
「試合に出るのは構いませんが、負ければ死にますよ? それでも出ますか?」
「ええ。そのかわり、倒してしまってもいいのよね」
「もちろんです。基本的には、降参するまで戦いますから」
勝負を挑むのは、一万かかりますと受付は言った。
ランクが低い相手なら小遣い程度から参戦できるが、プロの剣闘士と戦う場合は命の保証ができないため、高額に設定されている。
遊び半分の素人が、挑戦をためらうようにしてあるのだ。挑戦してくるのは、他の闘技場の剣闘士や、腕に自信がある旅人ぐらいのものだ。
「おいお嬢さん、戦えるのか?」
「オーナー、私、武道の心得はあるのよ。一万払うわ」
「……本気かよ。勝負は降参するまで続く、死んでもしらねえぞ」
「構わないわ。箒を借りるわ」
「箒? 剣も槍もあるぜ」
「ふん。人間相手に、箒で十分よ」
ガーネットが弁当屋の制服のまま、闘技場へ出ると、客席がどよめいた。
今日もなにか踊るのかと客席から声が飛ぶ。
「みんな私に賭けてね、儲けさせてあげるわ」
余興かなにかかと、次の試合の賭けに大勢が受付へ向かった。相手がランキング四位のエッカルトだと知ると、面白半分に大金を賭ける客が続出した。
「おいガーネット、戻れ」
「ラグネル様、もうここに立ったら戻れないの知ってるでしょう」
ラグネルは包帯を巻かれた手首をかばいながら、中止しろとオーナーに頼んでいる。
「本人が申し込んだんだ、断る理由はねえよ」
「まだガキだ」
「お前のデビューも、あのくらいだっただろう。可愛い子が自分から見世物になってくれるなんて、こんなチャンスはなかなかない」
そうこうしているうちに銅鑼が鳴り、試合が始まった。
「おい弁当屋のお嬢さん。俺はラグネルに勝ったんだぜ、やめておきなよ」
「それがなに? 私があなたより弱い保証なんてないでしょ」
抜かせ、とエッカルトが大剣を振りかざす。
「死よりも苦しませてあげる」
斬撃をかわし、箒の柄で、胸を突く。
「描かれし者よ、私に従え」
距離を取り、二体の赤い人形が出現する。ガーネットの姿を小さくしたような、石の人形だ。
「なっ……」
二体の人形が殴りかかる。怯んだ隙を逃さず、箒の柄をエッカルトの脇に入れると、後ろに捻り上げた。
「ぎゃああああああああああああああ!」
ボキボキと骨が砕ける音が、エッカルトの悲鳴が掻き消された。
倒れたエッカルトの足首に乗り、反対側に折り上げた。
「こっ、こっ」
「……」
転がったエッカルトの剣を拾い、片耳を切り落とす。
「ゴミはお掃除しないとね」
再び上がる悲鳴に、客席から歓声が上がる。
「次はどこがいい? 首か胴か、選ばせてあげる」
「首を落とせー!! いいぞー」
「半分にしてやれー!」
退屈な毎日に飽き飽きしている客たちが、次々に叫び出した。
制服のエプロンに返り血ひとつ浴びていないガーネットは無表情のまま、満身創痍のエッカルトを見下ろす。
「私のラグネル様を傷つけたのよ。生きて帰れると思ってる? ねえ返事くらいしなさいな」
「降参、降参するから……命だけは助けてくれっ」
肩を砕かれ、足を折られ、耳を切り落とされたエッカルトは、最後の力を振り絞って降参した。
「勝者、ガーネット!」
銅鑼が鳴り響き、今日一番の盛り上がりで試合は終わった。
「やり過ぎだ」
ラグネルが、控室に戻ってきたガーネットに注意をした。
「私はあなたがやられたのが許せなかったの。どうして怒るの」
「怒ってない。あいつにも暮らしがある」
「格下にやられたくせに何を言ってるの」
「……」
エッカルトは運び込まれ、顔に包帯を巻かれている。切り落とされた耳を持ってはいるが、癒やし手がいるかどうか。
その時、リリーとアキラが飛び込んできた。
「ガーネット、勝手に試合に出たわね。どうしてこんなことに」
「ちょっと腹が立っただけよ」
「好きな人に嫌われたらどうするんだい」
アキラがラグネルから視線を逸らした。
「ガーネット。あそこまでやらなくて良かったよな。お前さんが強いのはよーくわかった。俺たちは、お互いをよく知らないまま近づきすぎたな」
「……」
「耳を切り落とすことねえだろ。ちょっと引いた」
「それが? 命までは取らないでやったわ。あなたがやられたから、腹が立って」
ガーネット、やめなさいとアキラが止める。
「そうだよな、うん、俺のためだよな。わかってる、わかってんだけどな。付き合うならもう少し優しい女がいいなって」
そこまで言われて、ようやくガーネットの表情が歪んだ。
やっちまった、とリリーが呟く。
「親御さん。ここは闘技場だ。弁当屋がちょっと強いからって嫌ったりしねぇよ。ちょっとびっくり、しちまっただけだよな、ラグネル」
オーナーがガーネットとの間に入り、袋を差し出す。
「本当にすまねえな、ラグネルは骨を痛めて気分が落ちてるんだ。今日のところはお引き取りを。お嬢さんのおかげで盛り上がったぜ。賞金だ」
賞金を受け取り、声をかけたがラグネルは背を向けて答えない。
エッカルトの耳を、アキラが「治しますね」と手を当てた。
リリーが、それじゃあと二人を連れて帰っていった。
「おいラグネル。あの娘と別れんじゃねえぞ」
「なんで。付き合ってねえ」
「あの娘の戦いを見たろ。なまっちろい体で、闘技場を一瞬で処刑場に変えやがった。あんなり盛り上がったのは何年ぶりか……。あの娘は本当のスターだ」
「俺と違って、か」
「そうは言わん。だが、あの娘、戦い慣れていた。何者か知らんが」
「あの女、人間じゃねえぞ」
エッカルトが、包帯を巻かれながら口を挟んだ。
「人形を呼び出した。宝石みたいなキラキラした石だったが、命令に従って動くんだ。それぞれが別々に。あれは魔女だ」
「……」
ラグネルも、ガーネットと同じ顔の赤い人形を確かに見ていた。それぞれが生きているように動いていた。
「それに、見てくれ。彼女の親が耳をくっつけてくれた。……普通の癒やし手の魔力じゃねえ……」
親も娘も尋常じゃない。
だが、人間じゃないとしても問題はそこではない。
自分よりも遥かに戦士として上だった。それを、親も把握していた。
うっとりするような目で応援してくれたのは、一体何だったんだ。
折れた手首よりも痛む胸を押さえて、ラグネルは闘技場を後にした。