第七十二話 温泉にて
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温泉と昼寝を繰り返す優雅な宿泊に飽きてきたところで、出発となった。
オニコウベまでの道は雪が降っているため、馬が使えず、駕籠で行くことになった。
一人ずつ乗り込み、人力で運ばれる旅は気楽で、単調なリズムにすぐ眠くなる。
休憩を取ることになり、人夫たちに食事を用意する。
「こりゃ楽でいいな。あなたたちは毎日、この仕事を?」
「ああ、町と町を歩く仕事だからな。帰りは自分たちで仕事を選べるんだ。短い距離だけ請け負ったりしてな。
オニコウベは穏やかなウッドエルフたちが暮らしていて、病気や怪我からの回復のため湯治で訪れる者も多いという。
「いい所だよ、肌がすべすべになるお湯でな。若返りの湯って言われてる。あんたたち全員若そうだが」
「あー、まあな。妻の母が美容にうるさくてね」
雪景色を見ながら橋を渡る。眼下には雪に包まれた森が広がっている。
美しい湖のそばで駕籠が止まった。
「お宿はこちらだ。荷物を運ぶから、受付をしてきてくれ」
大きな宿の前で仲居たちが出迎えた。
人夫たちに荷物をまかせ、駕籠から降りる。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
カムロ湖の宿、ということは、眼の前の湖はカムロ湖というんだろう。
このあたり一帯がオニコウベ温泉郷で、宿も数件あり、温泉だけならどこでも入れるらしい。
「間欠泉も迫力がありますよ。ぜひ御覧ください」
部屋に通されて、アキラとガーネットとデリーは少し疲れたと横になった。
リリーは温泉に行くと、すぐに部屋を出ていった。
することがないな……。
フロントに出向いて、山奥のウッドエルフたちが住む場所を尋ねてみた。
「彼らが住む町というか、村は、ここもさらに標高が高い場所になります。今は厳冬期に当たりまして、移動には通常の倍の費用と危険が伴います」
「それは構わないが、立ち入りが禁止されてるとかではないんだな?」
「さようでございます。ただ、遭難されても救助はいたしません。人食い熊も出ます」
「人食い熊って、そんなにメジャーなんだな」
「それだけよく襲われるというだけの話でございます。熊料理は絶品ですよ」
「へえ」
それならと夕食は熊鍋を食べることになり、手配を頼んだ。
準備ができました、と大広間に案内される。
大きな鍋に、熊肉と野菜ときのこが、すでに煮込まれた状態で運ばれてきた。
テーブルの上で、煮るのではなく、食べ尽くした頃に追加の鍋がもう一度運ばれてくるらしい。
「意外と柔らかいね」
「ああ、食べやすいな」
熊鍋のほかには、川魚や、鹿のステーキがまとめて運ばれてきた。
「全然臭くないのね」
ガーネットは気に入って肉ばかり食べている。
酒と一緒に、かぼすが運ばれてきた。酒に入れて飲むと長生きできるらしい。
「悪酔いしないとかそういう意味なんでしょうけどね」
とアキラ。
みんなで鍋をつついていると、がっしりとした体格の集団が話しかけてきた。
「観光客かね。その熊は俺たちが獲ってきたんだ」
リーダー格らしい男が、ニコニコと話しかけてきた。
「まあありがとう。美味しくいただいてますわ。こんな大きな熊、大変だったでしょう?」
「毎日の仕事だからな」
「そうなの。あなたお名前は」
「タダシゲだ」
「タダシゲさんね。ところで、山奥には鬼や蛇女が出るって聞いたんだけど知ってる?」
「……あ?」
「若返りの効能があると聞いて」
一瞬、目を細めたが、すぐに笑顔に戻る。
「あんたたちまだ若いじゃないか、お子さんもいるようだし」
「あら、この子は私の夫なのよ」
ぐいっとアキラの肩を抱いて微笑む。
「こっちの小さいのは俺の妻だ。まー、確かにまだ若いが」
鍋に野菜を入れながら、リリーが
「蛇女の肉を食べれば、不老不死になれるんでしょ? 私も捕まえたいわ。どんなところにいるのか知ってる?」
「蛇女は簡単に出会えない。鬼が出るのは、ここから更に山奥なんだ。女子供がいけるような場所じゃ」
「あら、案内してほしいのだけど……、頼めないかしら」
「……お姉ちゃん、知らない人に簡単に物を頼むもんじゃない」
「あらあ残念」
「そっちのお兄ちゃんも観光客か」
「ああ」
「……。そうか、知り合いに似ていたから。邪魔したな」
まあゆっくり食ってくれとタダシゲたちは戻っていった。
「なに、あの態度。そっちから話しかけてきたくせに」
取り皿を置いて、今まで黙っていたガーネットが彼らの背を睨みつけた。
「いいのよガーネット。予想通りだから」
酒はこれまで、と残った杯を傾ける。
「あの連中は、ウッドエルフが住むエリアを知っているのよ」
「どうしてそう思う?」
「金になるから、素人には教えなかった。それだけよ」
今夜はもう寝るわよと、食事を終わらせるように促した。
その夜。




