第七十話 不老不死を求めて
温泉に行く話はどうなったのかとガーネットが言い出し、家族みんなで行こうと話がまとまった。
「カルコスは前も連れて行ったわよね。温泉入ってご飯食べましょう。キッシンゲンは田舎みたいだけど、退屈するんじゃない?」
「みんなはゆっくりしてたらいい。俺は、ウッドエルフのことを調べてみるよ」
自分が養子だったと知った時の衝撃は大きかった。しかし、リリーの友人に『ウッドエルフではないか』と言われて、出自が気になった。
「あなた、私たちにはもう親がいるじゃない。昔のことを調べる必要があるの?」
「ガーネットは親がはっきりしてるから問題ない。俺は、今まで両親だと思ってた二人が、他人だった。本当の両親のことを何も知らなかった。親や故郷のことを知りたいと思うのは、そんなにおかしいかな?」
納得してないな、と一目でわかる角度で、ガーネットが首を傾げる。
圧が強い。
「もうすべてこことにあるじゃない。家も家族も。まだなにか足りない?」
「うーん。そうだなあ、俺自身のルーツを知りたい。もう亡くなっていても、俺を産んでくれた母がいて、父がいた。その人たちのことを知りたい。今の暮らしに不満があるわけじゃない」
旅行には乗り気だったのに、不機嫌になった妻を説得する。
「温泉旅行で、家族の新しい思い出が増える。俺は故郷のことを知れる。俺は、お前にもっと俺のことを知ってほしいけどなあ」
着替えを鞄に詰め込み、カルコスの国を再び訪れる。
以前、宿泊した宿に旅装を解いた。
慣れているリリーとアキラが、浴衣に着替えさせてくれた。
「さっとお風呂行こうか」
デリーは初めての、露天風呂に戸惑っている。
「ここの国は、毎日風呂入るのが普通です。湯船に入る前に、体と髪を洗うんですよ」
あまり風呂に入る習慣がなかったデリーに、アキラが根気強く教えた結果、最近は石鹸で体を洗うことを覚えたようだ。
「はー……」
のんびりと湯船に浸かっていると、溶けてしまいそうだ。
池のように巨大な露天風呂の、浴槽の外側には様々な植物が植えられている。
ちらほらと降る雪が、木々に積もり、きらきらと光っている。
自然と一体となったこの露天風呂というのは、マリーエンブルクにはなかったものだ。
「でけー風呂だな!」
デリーがはしゃいで、初めての露天風呂で泳いでいる。
それを見たアキラが「子供じゃないんだから、やめなさい」と注意している。アキラも見た目は14才ぐらいにしか見えない。
風呂から出て部屋に戻ると、ガーネットが浴衣を着て待っていた。
「似合う?」
「ああ、似合うよ」
本当は、妻を戦わせたりとか、ゴーレムを乗り回して木材を運んだりとか、させないほうがいいんだろうな。
「ご飯楽しみね」
「ああ。いっぱい食べような」
夕食は寄せ鍋に舟盛りにカニ、牛肉の鉄板焼が並んだ。
テーブルを埋め尽くす料理の数々にデリーが戸惑っている。
「王様の料理みたいじゃねーか、全部食べていいのか?」
「ええ、たくさん食べなさいね」
カニの殻に苦戦するデリーに、リリーが優しく剥き方を教えている。
ガーネットが甲斐甲斐しく鍋の野菜を取り分けている。
「ラグネル、お酒は?」
「少し貰おうかな」
嬉しそうに酌をするガーネットを見ていると、やっぱり専業主婦にしてあげるほうが幸せなんだろうかと、あれこれ考えてしまう。
追加の酒を運んできた仲居に、リリーはこころづけを渡した。
「お城の、アカネという巫女に明日会えるか聞いてきてくれるかしら。お駄賃は別に出すわ」
「かしこまりました。すぐに」
食事が終わる頃に、宿の従業員が返事を持ってきて、リリーに渡した。
「アカネは明日あってくれるそうよ。今日はゆっくりしましょう」
翌日。
カルコスの城にアカネを訪ねた。
「若返りの温泉があるって聞いてきたんだけどね。そこの温泉って、不老不死の効力があったりする?」
リリーの唐突な質問にも、アカネは驚かず、お茶を出した。
「薬じゃなくてもいいんだけど」
「あー、うん、あることはあるのよ。ただ前提が間違ってる」
「前提?」
「不老不死が存在するかはわからないわ。ただ、この国に不老長寿という考え方はある」
煎餅を割り、アカネはリリーに手渡した。
「例えば、一瞬で若返って、そこから死なない、というものはないわ。私が知る限りだと」
「やっぱり?」
「ええ。でも、10歳の若さを保って、そこから200年生きるとしたら、周囲の人間は先に死んでいくから、事情を知らなければ不老長寿に見えるでしょうね。不老長寿の考え方として、老化を遅らせて長く健康で生きるということだから」
「なるほどねえ」
「不老長寿になる食べ物ならたくさんあるのよ。ただね。誰も永遠に生きてるかどうかわからないから。効果のほどは保証できないけど」
年を取らない食べ物がたくさんあるというのも不思議だが、不老長寿という考え方が民に浸透していることが驚きだ。
「ちなみに、どんなものがあるんだ?」
「カメノテとか、桃とか人魚とか鬼の手、あとはそうね橘とか橙とか猿梨とか」
「カメノテ?」
「海で取れる貝の仲間よ。橘と橙はみかんよ」
果物でも不老長寿になるのか。
「お手軽でいいな」
「待ってください。鬼の手というのは?」
「森の中に昔から住んでる種族がいるの。彼らの肉を食べたら、不老不死になるという伝説があるわ」
「鬼というのは、耳が尖っていたり、肌色が違ったりしますか」
「そうなんじゃない? 彼らは基本的にデカくて強い。怒らせなければ大丈夫よ。山から降りてこないから」
「それだ」
侍女が橙を絞ったものに炭酸水を入れたものを持ってきてくれた。
「酸っぱいからゆっくり飲んでね」
「……あっ、酸っぱいですね、おいしい」
爽やかな酸味を水で薄めている。
これで長生きできるならめっけもんだ。
「ところで、なんで不老不死のことを?」
「うーん。この子の先輩がね、80過ぎのジジイなんだけど、18才くらいに若返ってたのよ。なんか、特別なコトでも、したのかなーって」
「なるほど。それなら、長生きできる食材じゃないわね。どっちかというとゲテモノになるけど」
「たとえば?」
「蛇女とか」
沼に生息する、上半身が女で、下半身が蛇の蛇女というのがいるらしい。
「捕まえて食べると、体が元気になって、怪我をしても再生するそうよ。ただ、蛇女自体が強いから、狩りに行っても帰ってこない連中も多いけどね」
いわゆる討伐対象ってやつか。
カルコスにも、魔物を食べて平気な者たちがいたのだろう。それで伝わって、蛇女を捕まえて食べるというこのが流行したのだろう。
「気持ち悪いな」
「切って焼いたら、なんの肉かわからなくなるから平気なんじゃない? そこまでして生きたいと思うなら、ね」




