第七話 旅行者セティス
試合後、控室で帰り支度をしていると、受付から呼ばれた。
「はじめまして、先程の試合拝見しました。素晴らしい斧ですね」
ローブ姿の青年が、頭を下げた。てっきりガーネットかと思っていたラグネルは、あれ、と首をかしげた。誰だったか。
「あんた、旅の人か?」
「はい、旅の途中です」
「てっきり知り合いがきたのかと思ってな。いい斧だろ。俺も今日初めて使った」
「初めて……ですか? 見せてもらうことはできませんか?」
「別にいいぜ。危ないから見るだけな」
使い慣れたいつもの状態から、石に念じて姿を変える。
「……物の形を変える能力、ですか。それはどこで」
「友達から教えてもらった」
厳密には友達の親だが、そこまで話す必要もない。
「そうなんですね……。素晴らしい斧を見せていただいて、ありがとうございました」
ローブ姿の青年は、一礼し闘技場を出ていった。
「今の人だあれ」
入れ違いにガーネットが弁当と酒を携えてやってきた。
「旅行者だとさ。観光に来たんだろ」
「……そう」
見たことあるような、とガーネットは首をかしげた。まあいいか、目の前にイケメンがいるんだし、と切り替える。
「今日も素敵だったわ。次はあの変態を斬っちゃってね」
「俺もそうしてえよ……」
「私のために勝ってくれてありがとう、お祝いしましょ」
二人で弁当を食べ、ガーネットを自宅まで送った。
試合後、マイネは酒場で一人飲んでいた。闘技場で賭けた客に敗北を責められるのはいつものことだ。怨嗟の声を聞きながら飲むのも慣れてしまった。
麦酒でため息を流し込む。
今日はラグネルにしてやられた。最初に持っていたのは、彼が昔から使っている普通の鉄の斧だった。それが姿を変えた。魔力のある武器を持っていたなら、もっと早く使っていただろう。ラグネルはランクアップに必要な回数を勝てずにいたから、ずっとBクラスなのだから。
あの弁当屋の女か。
ラグネルを毎日見たいからと働き始めて、最近は外でも会っているようだ。あいつは私が先に目をつけていたというのに。
「どんだんずよ……」
グラスをテーブルに叩きつけて、頭を抱える。
一体、どうなっている。
「ここ、よろしいですか?」
「……?」
「北国のご出身なんですね」
声をかけてきたローブ姿の青年は、にこにこと佇んでいる。
「わいは! な、わの言葉わがるんだが?」
「はい、少しだけ」
マイネは機嫌が悪い時は、故郷の言葉が出てしまう。
「失礼しました。私の故郷の言葉が理解できる方は、とても珍しいので」
「先程の試合を拝見しました。魔物使いの方を見るのは初めてだったもので、私が払いますから、一杯お付き合い願えませんか?」
「おやおや。払ってくれるというなら……。しかし私のようなおっさんと話していて、楽しいですかな?」
「それはこれから」
麦酒と煮豚を注文し、すぐ隣の椅子に座った。
「私はセティスと申します。旅行でこの国に来まして、闘技場で初めて賭けをしました」
「……どちらに賭けたんです?」
「あなたです。あっ、でも少額でしたから」
「ラグネルにまさか私が負けるとは……」
チーズを口に運びながら、セティスがまあまあと励ました。
「彼の斧、炎が出てましたね」
「魔力を宿した武器が存在するのは知っていたが、アレは特殊だ」
「どういうことでしょう」
「元はごくごく普通の鉄の斧だったんだ。彼が何年も使っていたものだ。新しく手に入れたものじゃあない。彼は最近、女の子の友達ができてね」
「どんな子です?」
「……グイグイ来るね君。どうしてそんなことを?」
初めての闘技場で、初めて見る剣闘士の斧に、何故興味を持つのか。
麦酒にほとんど口をつけていない、青年の手に触れる。くるくると顔周りを覆う金髪も、淡い青色の瞳も、街の酒場ではよく目立つ。
今夜はこの子でもいい、か。
「彼のことは別にどうでもいいです。魔法の武器をどこで手に入れたのか知りたくて」
「何故?」
「人探しをしています。物の形を変化させられる魔女を」
「魔女をマリーエンベルクで見つけるのは難しい。ここの女神は武道派でね。戦士と鉱夫は集まるが」
「人が集まる国ではありますよね」
「その魔女を見つけたら、何をするんだい」
「奪われた宝石を取り戻します」
「……ほう」
魔女に宝石を奪われた青年が、酒場で協力者を募る。どんな事情があるのかとマイネは椅子に深く座り直した。
「協力していただけませんか?」




