第六十八話 暗闇の中で
68話更新しました! マイネが誰が忘れちまった方は、ちょこっと読み直してくれよな!
シャルルロアの街は、あちこち城壁が壊れ、石畳の隙間から雑草が生えていた。
かつての賑わいは取り戻せていないのだろう。大通り以外は、静まり返っている。
『カタコンベこちら』と看板があり、セティスは顔を隠すようにマントを頭からかぶった。
入場料を払い、地下に降りる。
無数の人骨が積み重なっている。通路には松明がたかれ、観光客が楽しそうに歩いている。
こっちだとセティスに案内されるまま進むと、ミニチュアのシャルルロアの城が現れた。
「この扉に指を当てて」
セティスと同じように指を当てると、ひゅっ、と扉の中に吸い込まれた。
「……」
「……」
ぴたり、とセティスが足を止めた。
「……」
「……荒れているね。戦闘があったようだ」
城内の床がボコボコに剥がれ、壁もいたるところに穴が空いている。
女王の姿はどこにもない。
「ああ……姉さん……」
「……」
誰の目にも、ここの戦いの結果は敗北だと分かる。
「……殺してやる……ッ! あいつら全員……」
泣き崩れたセティスの肩を抱き、周りを見渡すが、血痕があるわけでもない。だが、人間の気配はどこにもない。
ここにいた女王が、戦いの末倒れたとして、魔女たちが遺体を弔うだろうか。
ラグネルの妻と名乗った少女と、母親が、そんなことをするとは思えない。
だとすれば、どこかに連れ去られたのではないか。理由はわからないが。
「セティス、お姉さんが隠れる場所はもうないのかい? 自ら、居場所を移した可能性は」
「ない。姉の姿を見られれば殺されてしまう。ここしか……」
「遺体がない。血痕も」
「だが」
「落ち着くんだ。死んでいるなら、遺体があるだろう。敵が弔ってやる義理はないわけだから。もう一度、城内をよく見るんだ」
二人でくまなく調べたが、確かにリリー・スワンの姿はなかった。
「探そう」
「……」
「協力するよ。一度、マリーエンブルクへ戻ろう。君の体も心も、弱っている。いまぶつかっても勝てない」
「マイネ」
「なんだい」
「魔女たちと戦うことになる。あの戦士も殺す」
「ラグネルは残しておいてほしいなあ。あの魔女たちは強い、だが私もやられっぱなしでは癪だ」
ぶっ倒そう。
決意を胸に、二人は骨で作られた地下迷宮を脱出した。
マリーエンブルクの自宅へ戻る。マイネは長旅で疲れ果てたセティスを寝かせた。
姉が姿をくらましたことが、長旅の疲れを病に変えてしまった。
高熱を出し、うなされている。
汗を拭き、濡らしたタオルを額に乗せる。
こんな時に限って、シスタースノーは仕事が忙しいのか、教会から戻らない。
台所にある野菜をかき集め、皮を剥き、小さく刻んで、スープを作る。
鍋を見つめながら、地下の城の様子を思い出す。
セティスの姉を葬った、あるいは連れ去ったのは、ラグネルの嫁だろう。
炎の魔法を使い、なにもないところから槍を作り出して、人の腹を刺した。
あるいは、ラグネルの嫁の、母親の方か。桃色の長い髪をした、植物の姿を変え、大地を揺らす強大な魔力の持ち主だった。
どちらにしろ、いまのセティスでは到底勝てないだろう。魔力の底がまるで見えない。
なにもないところから槍だのゴーレムだのを作り出し、植物を動かし大地を揺らす。
ただ勝つだけなら、問題ない。
女たちを倒し、セティスの姉の居場所を吐かせる。その上で、ラグネルも連れ戻す。
そもそも、あの子は、マリーエンブルクで暮らしていたんだ、それが一番いいに決まっている。
みんなで一緒に、地元で暮らせばいい。
「まずは元気になってもらわないと」
パンや肉を買いに、街へ出る。
闘技場で働いている時は、毎日ラグネルを眺めていられた。人は突然いなくなるのだと、思い知った。
(友達だと思っていたんだけどなあ)
その上、セティスまで死んだら、と思うと涙が出そうだ。
いきつけの店でパンと、塩漬けの肉を買った。
セティスには栄養をつけたいから卵も食べさせよう。
「……もっと栄養のあるもの……」
シスタースノーに相談しよう。
帰宅すると、数日ぶりに彼女は仕事を終え帰宅していた。
「マイネや、ごめんなさいね。教会で病人が出て」
「おかえりなさい、母上。うちにも病人が。セティスの具合が悪いんです」
慌てて、シスタースノーは家にある熱冷ましを調合し、セティスに飲ませた。
「熱が下がるまで待ちましょう。討伐の依頼が入ったの。数日、出かけるわね」
「母上、お待ち下さい。相談したいことが」
「なあに?」
シャルルロアの街から、セティスの姉が行方不明になっていることを話す。
死んでいる可能性もあるが、復讐を誓うセティス自身の体が弱りきっている。
「冒険者として教えていただきたいのです。なんか元気になる、特別な食材はありませんか」
「あることはありますよ。だけど、弱っている者に食べさせても、身体がもつかどうか……」
「やってみなければわかりません。しかし、このままでは彼は姉に会う前に死んでしまいます」
予想外な、深刻な口調に、はたとシスタースノーは手を止めた。
「ラグネルと一緒にいる魔女を倒さなくては」
「マイネ。それはあなたが手伝わなければならないことなのですか」
「母上、私は彼を助けたい。あなたが私を救ってくれたように」
「私は私ができる範囲で、あなたを助けたのです。私たちにできることには、限りがありますよ。わかっていますか」
「はい。ですが、腹を空かせて死にそうだったあの時より、状況は悪くありません。違いますか」
ふむ、と腕を組んだシスタースノーは、餓死寸前だった過去を思い出して微笑んだ。
「セティスを助けるのは構わないのです。ですが、彼はラグネルと家族を殺そうとしているのでしょう? それでいいの?」
「よいとは」
「あなたはラグネルを連れ戻すつもりだったのでしょう。セティスを助けるなら、ラグネルは死ぬことになりますよ」
改めてどちらを取るのか考える。
ラグネルもセティスもお気に入りだ。ただ、それだけであって、嫁にしたいだとか愛を誓うだとか、そういう感情とは無縁だった。
手元に置きたいというのが正直なところだ。
「母上。私には正直、愛だとか恋だとかよくわからないのです」
「そんな人もいますよ」
「ですが、あなたは捨てられた私を助けてくれました。国外まで連れ出してくれて。とても感謝しているのです」
「私も生き方を変えたかった、それだけのことです」
「それに、私に魔物使いとして生きる術を教えてくれた師匠にも感謝しています。私は自分を不幸だと思ったことはありますが、状況は変わるものだと知っています。いまセティスは世界を恨みながら生きてる。助けてあげたいのです」
わかりました、とシスタースノーは胸を叩いた。
「できる限りのことはしましょう。息子の頼みですからね」
旅の支度をしなさいと、彼女は手を叩いた。
「下着の替えをたくさん持つのですよ」
「はい?」




