第六十一話 地下迷宮へようこそ~探索、石の街
ラグネルはリリー達とシャルルロアの街を訪れた。
瞬間移動ができるのは、あくまで黒百合の女神だけであって、リリーが毎回、丁寧にお願いをして聞いてもらっている。
黒百合の女神はたいそう出不精で、声をかけなければいつも寝ている。
リリーとアキラは、彼女たちが以前住んでいた家に残ることになった。
「私の店よ。私たちは掃除してるから、いってらっしゃい」
ラグネルは変装したガーネットを連れ、街に出た。
シャルルロアはダイアモンドをはじめ、鉱石の採掘で潤っている国だと聞いていた。
ところが、城壁はいたるところが破壊されたままになっており、石畳の道は、掃除されているところとそうでないところで、まだらになっている。
「思ってたよりボロボロだな」
「女王がいなくなって、誰も指揮をとろうとしてないもの。そんなことよりこっち」
ガーネットが指差す先に、白亜の宮殿がそそり立っていた。城門は閉ざされている。城壁にはツタが蔓延り、手入れはされていないようだ。
だが、門兵がいるわけでもない。
街の西にそびえる教会を素通りし、『カタコンベこちら』と看板がある。
店員が入場料を徴収している。
支払いを済ませ、案内看板を読んだ。
かつて疫病が流行り、大勢の市民が亡くなった。人口が多かった街で、墓を作る場所がなくなったため、鉱石の採掘されたあとの地下を利用するこになり、
遺体を燃やし、遺骨を葬った。しかし地下のスペースも限られているため、並行して掘り進めながら、骨を少しずつ重ねていった。
要するに、採掘跡を共同墓地として利用しているということらしい。
現在は観光用に開放されているが、遺骨を収納するために掘り進められた道は迷路のように入り組んでいる。そのため、観光客が入りこまないように柵が設置されている。
共同墓地というから、どんなものかと思っていたが、大腿骨など同じ箇所の骨が何万と積み重なっており、骨の壁ができている。また頭蓋骨は下から上まで積み重ねられ、太い柱のようになっている。
「こりゃあ見ごたえがあるな」
観光地になっているのもわかる。
しかし、地下の空間は土埃で息苦しい。地上まで換気口は作られているが、空気が淀んでいるのは仕方ない。
他の客とともに奥まで進んでいくと、石の街と呼ばれる一角に到着した。
シャルルロアの町並みが、ミニチュアで表現されている。建物は石に掘られており、城や教会、噴水などもある。
観光客が供える花々で周囲は彩られている。
地下とは言え、広大なスペースを石の街が占めており、そこからまた道が伸びて、無数の骨が並べられている。
「ねえ、あなた」
「うん?」
「シャルルロア城の後ろ、ここから入れそう」
城も家も、石に彫られただけであって、ドールハウスのように内側が作られているわけではない。
ガーネットが石に掘られたドアに、指を押し当てた。すると、彼女はしゅるっと中に吸い込まれた。
「……入れるのか」
黒百合の女神の家のように、扉部分に指を押し当てる。
「……」
目を開けると、輝く白大理石の床だった。見上げれば、螺旋階段と白い手すりがどこまでも続いている。
しかし、人の気配はない。
「……静かだな」
「シャルルロア城を模倣しただけみたいね。生活感がない」
至るところに鎧が飾られているし、彫刻や花瓶が飾られている。
天井に描かれた天使が舞い踊る絵も、おそらく実際の城に描かれているものなのだろう。
「行きましょう」
「どこへ?」
「玉座の間に決まっているでしょう」
石の街に元女王が隠れているかも、というラグネルの思いつきから始まった探索だが、いきなり本丸にたどり着いたようだ。
ガーネットはスタスタと広間を横切っていく。
廊下というにはあまりにも広く、大きな窓が両側にある。外の様子を見ると、カタコンベを歩く観光客が見える。
やはり、本物の城に転移したわけではなく、あくまでここは石の街の城、ということだ。
「これほど巨大な城を作れるんだから、やはりダイアモンドナイトの魔力を利用しているということね」
「異空間を作れるってことか?」
「そうね」
「魔女はみんなことんなことできるのか?」
そんなことない、とガーネットはひらひらと手を振った。
「魔法は想像力なの。リリーはよく自分には魔法の才能がないって言ってた。形を変えることはできるけど、イチから何かを作るのは苦手だって。リリーには城を作るのは難しいかもしれないわね」
「そっか。お前は?」
「難しいんじゃない? 私ができるのはせいぜいゴーレムを作ることぐらいだし。お城で暮らしたことないし、暮らしたいとも思わない。あなたと小さい家でくっついて暮らすのが一番よ」
「……そうだな」
可愛いやつめ、とぎゅっと抱きしめる。こんなことを他人の城でしていても、人っ子一人通らない。
「静か過ぎる」
「ああ。だけど、誰もいないのに、こんな立派な城を再現しないだろう」
そろりそろりと玉座の間に向かって歩を進めていると、急に背後からカツカツとヒールの音が聞こえてきた。
複数人の足音に、ガーネットがロッドを取り出した。
カツカツコツコツと前から足音が迫る。
光り輝く人形がにじり寄ってくる。
見覚えがあり過ぎる姿に、息を飲む。
「……リリー?」
長い髪に、立派な胸、細過ぎるウエスト。
間違いなくそれは、リリーを模したものだった。
リリーの形のゴーレムは、ざっと50体はいるだろうか。
「ええ……ちょっと待ってよ……」
「……美人でも、いっぱいいると、怖いな!!」
ガーネットを抱えあげ、いま来た廊下に向かって走り出す。
しかし、まわりこまれてしまった!
こつこつ……と別の靴音が響く。
長い金髪に真っ白のドレス。白いグローブをした両手を、胸の下で揃える。
あきらかに、地下の共同墓地の住む者とは思えない、堂々とした立ち振舞いに驚く。
「ラスボスのお出ましよ」
下がって、と腕から降りたガーネットが一歩前に出る。
「私はリリー・スワン。私の城に、何用です」




