第五十四話 お試しゾンビ退治
翌朝、一行は再び鉱山へ向かった。特にゾンビが出現する一帯があるとデレックは話した。
「崩落が多い場所があってな。中でよく人が死ぬんだ」
「あら、あなたはよく無事だったわね」
「基本的には何人かでパーティーを組んで作業する。人が足りない時は、仲間同士で協力してな。ただ、全員が巻き込まれて死ぬ時もある。……俺もダチを亡くしたことが」
「ふーん……」
坑道を進むうちに、自分たちでない足音が迫っているのに気づく。ベショベショと重い、濡れた足音だ。
「お出ましよ」
腐って崩れかけた肉体のゾンビが、十体。
「どこから湧いてくるのよコレ」
「気持ちわりい」
デリーが思わず後ずさる。
「私に任せなさい」
モリオンの剣を高く掲げ、リリーが命じた。
「精霊モリスに命じる! 蹴散らせ」
漆黒の刃がきらめいた瞬間、襲ってきたゾンビたちの体は、光の粒になって消えていった。
「あの数を一瞬で……!」
「すげえなリリー」
まだ油断するな、とリリーは全員を一歩下がらせた。
消えなかった一体のゾンビが、ゆらゆらと歩いてくる。
「……ロビン!」
「あら、知り合い?」
「崩落で潰れちまったんだ、ゾンビになっちまうなんて……!」
リリーは落ち着いて、デレックを下がらせた。
「ラグネル、代わりなさい」
「おう」
モリスの剣を渡し、「消すのではなく、浄化するの」とアドバイスした。ラグネルは剣先をゾンビに向け、
「精霊モリスに命じる、清めろ」
と命令した。
白い光が炎になり、たちまちゾンビを包み込んだ。
その炎が消えると、ゾンビの体は普通の人間の肉体に戻った。
「う……」
「ロビン!!」
デレックが駆けつけ、しっかりしろと体を抱え上げた。
「……デレック……てめえ……、俺を見殺しにしたな……」
両目をカッと見開いたロビンが、デレックの喉に噛みついた。
「うぎゃあああああああ!」
「親父!」
「近寄っちゃだめよ」
リリーがデリーの肩を抑えて制止した。
「親父さん、良かったわねえ。お友達がゾンビになってるのを知ってて、私達を案内したわね」
リリーが、「こっちよ」と指を鳴らした。すると、ぞろぞろと町の警備兵たちが縄を持ってやってきた。
「さっき酒場で聞いたんだけどね。デレック、あなたのパーティーが何回も崩落にあって、人を何度も雇っていると聞いたわ。そのたびにあなただけ助かるなんて、おかしくない?」
「なんでだ! なんでそんなこと言うんだ!」
デリーが、リリーの腕を振り払おうと暴れる。
「坑道を掘るだけ掘らせておいて、目処がついたら爆薬で崩落を起こす。あとは自分の抜け道からこっそり掘り進めれば、鉱石を独り占めできるわよねえ」
「……!」
「ゾンビが多いってことは、それだけ死んでるってことでしょ? 話半分だとしても、町の人間は近づかなくなる」
あれこれ聞かされたのよ、とリリーは後ろを振り向いた。
「ねえ奥さん?」
「……」
髪を後ろでまとめた地味なワンピースを来た女が進み出た。
「デレック。夫を見殺しにしたのね」
「奥さん、誤解だ、たまたま崩落して……ぐわぁ……!」
ロビンに噛みつかれたまま暴れるデレックを、ロビンの妻が棒で殴りつけた。
「人殺し! ロビンを返して!!」
町兵たちも止めずに、殴り続ける女を見つめている。
「やめてくれ!!」
デリーがロビンの妻を、デレックから引き離した。
「おい、リリーっつったな、アンタ、なんでこんなことを」
「私は、町の兵士の皆さんを案内しただけよ。デレックが連れて行く鉱山は、よく崩落を起こすからって忠告してもらったの。デレックになにも怪しいところがなければ、そんなこと言われないわよねえ? 怪しいのはどちらかしら」
「……親父が、みんなを殺したっていうのかよ」
「知らないわ。町の人たちはそう思ってるって話。いいの? 親父さんソンビになりかけてるけど」
さきほどまで言葉を発していたデレックの口からは、意味不明なうめき声が漏れている。皮膚が紫色になり、白目を向いている。
「お、親父……」
「放っておきなさい。みんな帰りましょう」
リリーが背を向け、歩き始める。
「……おい、いいのか?」
ラグネルはデリーの手を掴み、ゾンビになりかけている父親に近づかないように止めた。
「放っておきなさい。ラグネル、帰るわよ」
立ち尽くすデリーを前に、ラグネルは
「困ってるなら助けてくれって言わねえと」
引き上げて行くリリーの背中を見ながら、まだデリーは迷っている。デレックのうめき声は次第に小さくなり、両腕はおかしな方向に曲がり始めた。
声を振り絞ったデリーが、リリーに呼びかけた。
「……待ってくれ! 親父を助けてくれッ」
「……仕方ないわね。命だけは助けてあげるわ」
貸しなさいと、モリオンの剣を再度高く掲げ、リリーは
「精霊モリスに命じる、ここに来て清めなさい!」
すると、剣の中からモリスが現れ、両手を広げた。その手から炎が湧き出る。さっきと同じように、白い炎が全身を包んだ。だが、炎の勢いは少し弱いように感じる。
火が消えると、紫色だったデレックの肌が、元の色に戻っている。
うめき声が聞こえるので、まだ生きているようだ。
町兵たちが、デレックを縛り上げ運び出した。その中のひとりが、
「デリー。親父さんは裁判にかけられて、牢屋行きだ。町の人達は、親父さんを許さないだろう。お前も、もう居場所がない。町を離れなさい」
「……そんな」
「そちらのお姉さんに礼を言うんだよ。命だけは助けてくれたんだ」
縛られ引きづられ、運ばれていく父親を見送る。
「リリー。……ありがとう。親父を燃やさないでくれて」
「死ぬのが少し伸びただけよ。まあ牢屋で余生を過ごすことね。みんな帰るわよ」
「おい、リリー。……先に行け」
ラグネルは坑道に立ち尽くすデリーに寄り添い、立ち上がるのを待った。
「坊主、俺たちの旅についてこないか」
「……俺は鉱夫だ、他に何もできない」
「マリーエンブルクに鉱山があってな、銀を取れば生活はしていける。それか、俺たちの家族の村で木こりをするかだ。ガキが町を放り出されたら、奴隷商人に捕まって売られるだけだ。俺達は宿に泊まってるから、一緒についてくるなら朝までに訪ねてこい」
うっかり人さらいに捕まったことがあるラグネルは放っておけず、一晩考えな、と言って外へ出た。
翌朝。
「なんで、よその子どもを連れていかないといけないんですか?」
アキラが、マグカップをテーブルに叩きつけ、大きな音を立てて砕け散った。
「リリーは4歳年下の、まだ13歳だった王子に手を出すような、ヤバイ少年好きなんですよ? 浮気したらどうするんです。ラグネル、責任取れるんですか」
「いや……結婚してるんだし、だ、大丈夫だろ……」
「正真正銘のショタコンなんですよリリーは。わかってますよね。いや、わかってないから言ってんのか。世の中には年下の少年が好きな人種もいるんですよ」
握った拳を下ろさないアキラを、ガーネットが「まあまあ」となだめた。
ラグネルは義父の剣幕にすっかり怯えている。
「リリーはもう結婚してるんだし、デリーから見たらだいぶお姉さんだから大丈夫よ」
「……でもガーネット」
「リリーはあなたを選んだのよ。大丈夫よ。それに私達はリリーを王子様から奪ったじゃない」
「……そう、そうですね……」
騒ぎにようやくリリーが起き出してきた。
「おはよう……。朝ご飯なにかしら……」
「おはようリリー、持ってきて上げますから、顔洗って。服着て」
リリーがのそのそと着替え、もそもそと朝食を取っていると、デリーが宿を訪ねてきた。
「おはよう。で、どうする?」
「……」
「……」
「俺も、連れてってほしい。俺ができることなら、なんでもするよ」
パンをもそもそと食べていたリリーが、
「子ども一人じゃ生きていけないものね。私たちは旅をしているけど、ちょくちょく魔物に襲われたりするかもしれないわよ。それでもいい?」
「ああ構わない」
「転々とすることになるわよ。ここにいつ戻れるかもわからない。それでいいわね?」
「大丈夫だ。ひとつだけ、お願いがある」
「なあに? 言ってごらん」
チラ、とラグネルが持つモリオンの剣に目をやる。
「あの、モリオンの精霊の女のコと話したい」
「ええ構いませんよ」
アキラが即答し、笑いかけた。ラグネルがモリスを呼び出す。
「あんたみたいな綺麗な子は初めて見た、お姫様みたいだ。一緒に行っていいか?」
「……まあ……。どうしてもって言うなら……」
杞憂でしたね、とアキラはほっと胸を撫で下ろした。
「持ち物はそれだけですか?」
「親父の面倒を見てくれって、隣の人に金を渡してきた。着替えしかねえ」
小さな鞄に、服やらパンやら詰め込まれている。牢屋に入れられた父親には別れを告げてきた。
故郷を捨てることがどれだけ淋しいか、アキラはよくわかっている。かつて住んでいた池袋を思い出す夜もある。
「……うちの村なら、食べ物の心配はいりません。行きましょうか」
ラウネルの村に帰ることになり、ラグネルたちはデリーを連れて町を出た。




