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第五十話 金の勇者? 

2024年度最後の更新です。

また来年、読みにきていただけると嬉しいです。


「……火事だッ!」

 パチパチと木の爆ぜる音、そして煙に気づいてラグネルは飛び起きた。

「ガーネット起きろ!」

 肩を揺さぶり、叩き起こす。すぐに異変に気づいてガーネットは口を抑えた。

 ドアを蹴破り、隣の部屋のリリーとアキラの名を叫んだ。

「火事だ!! アキラ!」

「リリー起きて!」

 他の客も起き出して逃げ惑う。部屋を飛び出した二人を先に走らせ、階段を駆け下りる。その間も炎は大きくなりたちまち煙で真っ白になった。

 ラグネルはガーネットの口を手で覆い、煙を吸わないようにして逃げた。


「助けて!!」

 宿を振り返れば、中に取り残された人々が助けを求めて叫んでいる。

「助けねえと」

「無理よ、やめなさい!」

 ラグネルの腕を、リリーが掴んで引き止めた。

「ほっとけっていうのか」

「お前に何ができるの、ぼうや」

 火の勢いが強まり、熱さに後ずさる。

「そうだよ。下がっていなさい」

 何もできず見つめるだけの群衆の中から、マントをはためかせた少年が進み出た。


「精霊よ力を貸せ」

 空にかざした手のひらから、青い翼の精霊が飛び出した。ひらひらと宙を舞うその精霊が、雫が降らせる。やがてそれは雨になり、たちまち炎は消えた。


「火が消えたぞ!」

 群衆の間から歓声が上がった。

「もう大丈夫だよ。ラグネル」

 くるりとその少年は振り返り、微笑む。

「……誰?」

「おや、忘れてしまったか。オルフェだよ。オルフェーヴル。だいぶ姿が変わったからわからないか」

「オル……? ランキング1位だった……?」

 ラグネルの記憶の中の彼は、筋骨隆々とした、老戦士だった。数年前に病気で休養に入り、闘技場を去った。

 目の前の少年とは、似ても似つかない。


「えっと、本当に……?」

「おっと」

 宿から怪我人が運び出され、町の人々が水や包帯などを持って集まってきた。

「火傷をしている方はいませんか?」

 優しい声に振り向くと、昼間、教会で対応してくれたシスタースノーが立っていた。


「なんでここに」

「オルフェとは知り合いなのです。近くで火が出たので。あなたの連れはみんな無事ですか」

「ああ、ありがとうシスター」

 怪我人を教会に運び、ラグネルたちも宿が燃えてしまったので、教会に泊めてもらうことにした。


「疲れちゃった」

 ガーネットは煤のついた顔を洗わせてもらった。

「この人だれなの」

「闘技場の先輩だ。こちらはガーネット、俺の妻です」

「可愛らしい奥さんだ。少しご主人を借りるね」

 まだ眠いというので、旅人たちに開放している部屋で休ませてもらう。


 大聖堂の一角で、オルフェはりんごを剥いてくれた。

「教会で酒を飲むと怒られちゃうからね」

 と笑う。

「本当に、オルフェーヴル先輩なのか?」

「そうだよ。ちょっと若返ったから、わからなかっただろう」


 ちょっとどころではない。大先輩のジジイだったのだ。それが18歳ほどに若返っている。


「カルコスという国に、温泉というお湯が湧き出るところがあってね。湯治という治療をした」

 オルフェーヴルは闘技場で長年トップだった戦士だ。

 しかし病で体が衰え、剣闘士を辞めた。最後に、闘技場の剣闘士全員と戦ったが、誰も勝てなかった。

「戦って死ねたら良かったんだけど。僕より強いやつは、マリーエンブルクにいなかったから、もう少し生きることにしたんだ。何年か前に、カルコス王国の女王が、医師と薬草を集めて、湯治で病から回復したと聞いた。病気って怖いよ、寝てても痛いし、息を吸っても吐いても痛いんだ」

 痛みが取れるだけでもいい、と老骨に鞭打ちカルコスへ渡った。

 カルコスの医者に診てもらい、まずは痛みを取って体力を回復し、薬を受け入れられるようにと提案された。

「毎日温泉に浸かっているだけなのに、痛みが和らいだ。薬草を煎じて、宿が出してくれる美味しいご飯を食べて、新鮮な魚を食べてね」

「カルコスの魚は美味いですよね」

「ああ。あの国は何を食べても最高だった。お酒も美味しかったし……。でもね、腹の中のしこりがだんだん大きくなっていってね。死ぬのが怖くなった」

「……」

「マリーエンブルク一の戦士と称えられた僕が、シワシワになって死んでいくのかとね。それでね、もっと山奥の村の温泉が、僕の病に効くらしいとお医者さんが教えてくれたから行ってみたんだ」


 そこでの治療は少し変わっていた。

 山を登り、源泉の熱々の湯を汲み、冷ましたものを一日に小分けにして飲む。

「血を抜くんだ」

 体から少しずつ血を抜き、また源泉の湯を飲む。

 それを何日も続けて、体が慣れたら繰り返す。

「そこの湯がね、熱くて体につくと皮膚がシワシワになるんだ。火傷が回復すると、皮膚が若返っていた」

「……」

「塗ると皮膚がただれるんだけど、それを薬草で治療する。何ヶ月も続けたよ。その頃には、腹のしこりもなくなっていて、この通り、体が若返っていた」

「そんなわけ……」

「信じないの? 目の前に、成功例がいるのに?」

 にこにことオルフェーヴルは首をかしげてみせた。自分よりも年下に見えるほど、若返っている。いつも厳しい表情で、剣を振るっていた老戦士とは別人に見える。

「ラグネル、君が闘技場でデビューしたのは、15歳の時だったよね。細くて小さくて、鎧の付け方もわからなかった」

「……!」

「斧の手入れの仕方を教えてやったのは、僕だったよ。親父さんの形見だと言っていたね。見た目は変わっているけど、僕は、オルフェじーさんだよ」

 オルフェーヴルは、シャツをまくり、線状にあとになった傷を見せた。

「腕から血を抜いて、しばらくは食事をたくさん取ってね、血ができるのを待つんだ。その間は、村人たちが魚釣りや、狩りを教えてくれた。ウサギやイノシシを鍋にして振る舞ってくれた。見た目は若返っても、筋肉は衰えてしまったから、鍛え直したよ。こうして、死にかけの老人は18歳の肉体を取り戻したというわけさ」

「どうして、闘技場に顔を出さなかったんです?」

「誰も僕だと信じてくれなかった。だからオルフェと名乗って、街の魔物討伐の依頼を受けていたのさ。シスタースノーは討伐仲間さ」

 嘘をついているようには見えない。

 だが、じわじわと広がる不安に、ラグネルは質問を続けようとした。

「オル、」

「ラグネル、前から思っていたんだ。君は綺麗に育ったね」

 すっと首筋に伸ばされた手を、おもわず避ける。


「あらあ素敵。私も若返りたいわあ」

 急に目の前に、桃色の髪がカーテンのように現れる。

「リリー」

「ああ、さっき一緒にいた……」

「この子は娘婿なの。私はガーネットの母親よ」

「まだ、お若いようだが」

 ぺたりと吸い付くような手を、やんわりとリリーは払った。

「いつかは年老いてシワシワになっちゃうわ。どこの村か教えていただけないかしら」

「ああ、構わないよ」

 オルフェは地図を広げ、このあたりと印をつけてくれた。遠慮なく地図を受け取る。


「じゃあ、またねラグネル。会えて嬉しかったよ」

 マントをひらりとはためかせて、帰っていった。


「……どう思った? 温泉だけで、あんななるかな」

 わざわざ迎えに来たリリーに、正直に意見を求める。

「半分は本当だろうね。温泉で痛みが癒えて、薬草を吸収できるぐらいに回復した。だけど、それだけで80代の肉体が10代には戻らないわ」

「やっぱり」

「ええ。なにかをしたのよ」

 人生をやり直せるほどの、なにかを。

 リリーの言葉に、逆に興味が出た。


「行ってみっか」


 

本年中は読んでいただき、ありがとうございました。

また更新しますので、寄っていただければ幸いです。

良いお年をお迎えください! 


水樹みねあ


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