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第四十二話 困ったときの神頼み


 自宅へ戻り、ラグネルは黒百合の女神の屋敷のドアを叩いた。

 マイネを人間に戻したいと話すと、彼女は鼻で笑った。

「その発想はなかったわ」

「まあ、そう言わずに。聞くだけでも」

 アキラが用意してくれた焼き菓子を差し出す。

「それもそうね。魔物になりつつある同僚をもとに戻す、それはラグネル、あなたがすべきこと?」

「すべきこと、ではないかもな。俺がすべきことは、家族を守ることだ」

「なら何故」

「魔物になった奴を殺すのは忍びない。戦うにしても、人間に戻してやりたい。それは俺のしたいことだ」

「よく言ったわ」

 ポリポリと焼き菓子をつまみながら、黒百合の女神は暇つぶしにはなると微笑んだ。

「すべきこと、なんてつまらない。でも、やりたいなら仕方ないわよね。手助けするわ。面白そうじゃない」

 面白いと思えるのが、この女神の変わったところだ。

「……黒百合、あなたは俺のわがままを聞いてくれるっていうのか」

「人間のわがままなど、たいしたことではないわ。望み通りになるかは別問題だけど。止めはしない。マイネの問題を勝手に抱え込みたいなら、そうなさい。私にはどうでもいいけど望みを抱くのはあなたの自由だから」

「じゃあ、なんか浄化の力を持ってるような武器とか石とか心当たりはないか」

「自分で調べなさいな。この村にも図書館ぐらいあるわ」

 

 もっともだ。あとでリリーに連れて行ってもらおう。


「女神であるあんたを差し置いて、他の石を探そうってのは気分悪いかもしれないが」

「そんなこと気にしないわ。私がなんでもかんでもしてやる必要ないでしょ。まあ、退屈しのぎにはなる」

「退屈か」

「ええ。何千年も人間どもがすることは変わらない。たまに戦が起きて新しい国ができる。同じことの繰り返しよ」

 永遠を生きていると、退屈もするだろう。

 石の神ということなのだから、数万年は生きているのだろうし。

 俺達がみんな死んでも、彼女は退屈と暮らし続けるのだろうか。

 また新しい持ち主を見つけて、旅をするのだろうか。

「俺は、そんな平穏な暮らしがいいと思うぜ。戦がないにこしたことはないが」

「あなたはリリーに似ているわ、平穏を望んで日々の暮らしを大切にする。でねもえ、相手が殺しに来ているって時に、その理屈は通じるかしら」

「とりあえず、一回叩きのめして、大人しくさせる」

「なるほどねえ。アキラもガーネットも、自分のものを取られようとした許さないでしょうね。絶対に。マイネを元に戻したいなら、二人を出し抜く必要がある」

 確かに、ガーネットは必ず殺そうとするだろう。

「……アキラも?」

「そうよ。アキラは可愛い顔をしているけど、別に大人しくはないわ。あの子はシャルルロアの女王を滅ぼした」

 おにぎりを作り、生活力のない妻を、笑顔で支えている義父が、そんなことを。

「アキラは過去を変えたことがある。その力を多用しない賢い子よ」

 さらっととんでもないことを言う。

「過去をどうやって……」

「頼まれたから戻しただけよ」

 頼めばそんなことまでしてくれるのか。

 だが、過去を変えるとなれば、今も未来も変わってしまう可能性がある。

「……俺には過ぎた力だな」

「まあ、そういう考えもあるわ。アキラはそうは思わなかった。今まで出会った誰よりも戦いを厭わない。手段は選ばない子。人間たちの言葉で言うならヤバイってやつね」

 お茶、と彼女がカップを差し出した。お茶を注ぐ。そのお茶もアキラが用意してくれたものだ。

「あの子はなかなか本音を出さないから、うまく利用なさい。怒らせなければ静かな子よ」

 黒百合の女神は、いつも暇そうにしているわりには、人間を利用しろという。

「待て待て。アキラに押し付けようったってそうはいかねえぞ。さっきも聞いたが、石によって力は違うんだろ? なにか浄化の力がある石に心当たりはないかな」 

「仕方ないわね。……私たち、水晶は浄化の力があるわ。多かれ少なかれね」

「なるほどなあ。一番強いのは?」

「黒水晶ね。私はそのへんのアメジスト、そんなに強~いワケじゃないのよ」

 地震を起せる神に『そんなに強くない』とか言われてもなあ。

 俺の認識がおかしいのかとラグネルは思ったが、彼女はまだ本気を出していないだけなのかもしれない。

「そんなに強くない、としてもだ。石は俺が探す。少しの間でも、女神様の退屈しのぎになるのなら、協力してくれると嬉しいな」

 私のためにということならと彼女はお茶を飲み干した。

「いいわ。協力してあげる。でも、具合的にどうしてほしいか言わないと、私はなにもしないからね」




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