第四話 両親が俺より年下ぽいんだが
日課の、早朝の走り込みをこなし、身支度をする。もともとこの日は休みであったし、ラグネルはガーネットの家を訪ねた。
「おう。弁当屋、おはよう」
「おはよう三番さん」
「ニクマキオニギリ、美味かった。食って寝たらいつもより疲れが取れた」
「良かった。父様から教えてもらったの」
ちょっと待ってて、と玄関で待たされる。
「はじめまして、ラグネルさん。アキラと申します」
すぐに出てきたのは、さほどガーネットと年が違わないだろう、少年だ。
「……はじめまして……。ってお前、俺に毎日賭けてんのに、男と住んでんの?」
「父です」
「父って。どう見ても16、17ぐらいだろ。おかしいだろ」
「おかしいと言われましても……」
青みがかった黒髪に、柔らかな青い瞳。
ガーネットと似ているところといえば、色白の肌ぐらいだ。
「妻は仕事で出ておりまして……。お茶でもいかがですか」
妻がいるということは、じゃあ本当に娘なのか。
闘技場で握手をせがまれた時に、一緒にいた美人がいたような気がする。
どうぞと案内されて、室内に足を踏み入れる。あちこちに片付けきれていない木箱が重ねてられている。テーブルの上をざっと片付け、ガーネットが「お茶にジャムいる?」と尋ねた。
「いる。多めに」
「はい、どうぞ。ジャムは私が煮たの」
なにかのいちごを数種類煮たらしいジャムは、酸味があって美味しかった。
台所で、アキラが何か作っているのが見えた。
「にくまきなんとかか」
「おにぎりです」
「なあ。おにぎりってなんなんだ? なんか白いモチモチしたやつだったけど」
「これは米という植物です。水を入れて炊くと、柔らかくなるんですよ。この国の主食はパンだから馴染みがないのかもしれませんね」
そのおにぎりに、肉を巻いて、焼いてくれた。
「先日、家まで送っていただいたそうで、ありがとうございます」
「あー、うん、俺の方こそ」
助けていただいて、と頭を下げる。詳しくは話していないのか、アキラは不思議そうな表情を浮かべた。
「熱々で食べても美味しいですよ、どうぞ」
フォークで刺して頬張ると、肉汁がジュワっと広がる。茶色いソースのような汁が焦げて香ばしい。
「僕の国の食べ物です。日本という国でして」
「……知らねえなあ……」
「遠い国です」
「ふーん、そうなのか。でも美味いなコレ。食べたことあるような味付けだけど、なんか元気でる」
「その茶色いソースは醤油といいまして、豆からつくられる調味料です。あとはにんにくです、にんにくは疲れが取れますから」
アキラは、スープを器によそって出してくれた。
「剣闘士は危険な仕事でしょう。死なない程度に頑張ってください、娘が悲しみますから」
これから部屋を片付けるので、ガーネットに街を案内してと頼まれた。安全なところにしようと、城の庭園を案内することにした。
マリーエンブルク城の庭園は、民に開放されている。美しい薔薇園があり、屋台も出ている。
名物の薔薇ジャムをバタークッキーに挟んだ菓子と、ジュースを買った。
「ありがとう」
晴れた日の薔薇園は賑わっていて、楽しそうな人々を眺めながら菓子を頬張る。
「薔薇のお庭、とっても綺麗ね」
「ああ。気に入ってくれたならなによりだ」
「あなたはここの生まれなの?」
「いいや、子どもの頃に引っ越してきたんだ。小さかったから、故郷のことは覚えてねえ。……弁当屋、お前はどこから来たんだ」
「私はラウネル王国から来たの。森に囲まれた小さな国でね。リリーが生まれたところは、森の中のど田舎だった。森を歩けば木苺がなってるようなとこで」
「……お前の、お父さん? がいた国はニホンっていうんだろ?」
「ええ、それは父様の故郷。私は行ったことないわ」
どこで出会ったんだ、あの夫婦は。
「あらガーネット」
急に目の前に巨乳が現れた。ピンク色のロングヘアが眩しい。
「リリー」
闘技場で、初めて会った時に一緒だった女性だ。
「デート? 手が早いこと」
「まあね」
「ラグネルさんね。ガーネットがお世話になってます」
「どうも」
庭園にドレスのサンプルを持ち込んで、貴族相手に注文を取っていたと教えてくれた。
「貴族に売った方が高く売れるから。気に入ってくれた人にだけ作る受注生産よ」
「リリーは仕立て屋なの」
なるほど、母親が働いて、あの少年ぽい父親は家で家事をしているのか。
生活力のなさそうな美人だ。
それにしても、子供がいるようには、やはり見えない。せいぜい二十歳ぐらいだろうか。
「デートの邪魔して悪いわね。暗くなる前に帰るのよ」
「はーい」