第三話 肉巻きおにぎり
ガーネットの家まで送ると、家族は出かけているようで誰もいなかった。
お茶でもと誘われたが、家族の不在時に、男を連れ込んでいるとなったら彼女が怒られるだろう。
「送ってくれてありがとう、明日も会いに行きます。またね」
「……おう」
剣闘士の朝は早い。
体力づくりのため、毎朝の走り込みは欠かせない。朝食を取り、訓練場で稽古をする。指導者についてもらい、体を鍛えている。
闘技場でランクを上げるためには、同ランクの戦士と戦い、七回勝利しなければならない。一度のまぐれ勝ちでは、強者とは認められないからだ。
国一番の斧強いと称えられていても、自分がたいした剣士ではないことを、ラグネル自身が一番わかっている。
Bランクから、三年上がれない。
三番さんと呼ばれているのは、上に二人いるからだ。
勝ち進むことが出来ても、あと数回というところで負けてしまう。
生きているのが不思議なぐらいだ。すぐ疲れてしまうし、怪我も多い。
『顔しか取り柄がない』と、客から評価されているのも知っている。
鏡に映る自分の姿は、確かに理想的になった。
むっちりと厚くなった胸板も、逞しい腕も。
(くそっ……)
帰り道で襲われた時、ガーネットの手並みに度肝を抜かれた。
槍ではない。ただのほうきの柄で、数人を叩きのめした。
もし、槍や剣を一本持っていたら、皆殺しにしていただろう。
あんな子供が。どうして。
どこであんな槍術を身に着けたのか。
稽古に集中できない。諦めて水浴びをし、着替えた。いつもより早い時間に闘技場に向かう。
「いらっしゃいませー、観戦セットありまぁすー」
闘技場の客相手に、ガーネットは弁当を売っていた。
パンにハムや卵を挟んだものや、焼いた鶏肉とサラダのセット、飲み物を流れるように売っていく。
話しかけるのも悪い、と控室で休んでいると、ガーネットがやってきた。
「お弁当作ってきたの。私はもう出入りの業者だから安心して。毒なんて入れてないわ」
「ありがとな」
蓋を開けると、なにやら丸い物が入っている。薄切りの肉を巻いてあるようだが、中身がわからない。
「なんだこりゃ」
「肉巻きおにぎり」
「にく……、オニギリ?」
「肉を巻いて焼いてあるわ。試合前に一つ、寝るに一つ食べてね」
焼けた肉の香ばしい香りに、涎が出そうになる。
「三番さん。パワー型の斧使いと見えるけれど、あんまり、力は強くないみたい」
「……なんでそう思う?」
「闘技場は、相手の首だの腕だの、切り落としたっていいのに。体力の消耗を押さえてるのかなって」
「……」
見抜かれている。だいたい合ってるよ、と笑う。笑っていないと背筋を伝う汗の冷たさに、負けてしまいそうで。
「元気が出るわ。戦いの前に一つ食べてね」
「ありがとな」
「斧の柄に巻いた紐が解けてる」
「あ? ……本当だ」
何度も使っている斧だ、さっきまでなんともなかったのに。
「端に厚く巻くといいわ。同じところを握る目安があれば、刃先が安定するから」
斧に麻紐を巻くのは、ネック部分をダメージから守り、また、滑り止めの効果もある。
言われたとおりに、ネック部分と持ち手にいつもより多めに巻いた。
試合の前に渡された肉巻きおにぎりを、口に運んだ。
「……うまっ……」
白いやわらかい何かを握って丸めてある。巻いてある薄切り肉は、塩気の強い味付けで、満足感がある。どこかで食べたことがあるような……。
腹一杯にならず、ちょうどいい。
試合中も、体が軽く感じられる。いつもの斧が、手に吸い付くように扱いやすく、刃も安定している。
力がしっかりと体から斧に伝わるのがわかる。
「それまでだ! 勝者ラグネル!」
礼を言おうと姿を探したが、弁当屋はもう引き上げていた。
帰宅後はぐったりしてそのまま寝てしまうが、今日はもうひとつ、もらったおにぎりとやらがある。
「うめぇな……」
毎日でも食べたい。
明日、礼を言おう。朝がくるのを楽しみに、ラグネルは目を閉じた。