第二十三話 父の師匠
宿に戻ると、リリーは酒を飲んで寝ていた。
ガーネットは温泉に入っていると、黒百合の女神は、バリバリと菓子を食べてくつろいでいた。
あなた達も食べなさいと、いろいろな菓子を差し出される。
丸い茶色の菓子は、せんべいというらしい。塩がついていてパリっと割れる感触が楽しい。この国は食べ物がなにもかも美味しい。
アキラがお茶を淹れてくれた。
「聞いてくれ黒百合、ここのカルコスって女神から、なんか石もらった」
「良かったじゃない。姉様はお人好しだから」
「姉っていうけど、似てねえな」
「私たちは、それぞれ、そのへんの石から作られたものだからね。顔なんて似てないわよ。私たちは好きなように姿を変えられる」
彼女たちにも母がいて、黒百合の女神はアメジストから、カルコスは銅から、ダイアモンドナイトは、そのままダイアモンドから作られたとのことだ。
「この石は? 銅ってわけじゃさそうだが」
「もともとは銅よ。銅鉱石が空気や水に触れると、酸化して結晶になる。それが層になって、大きくなったものよ」
こぶし大のマラカイトを、ころころと手のひらの上で転がす。
ガーネットにあげたいが、割っていいものだろうか。アクセサリーに加工するとか。
「女はアクセサリーにも、好みがあるからなあ」
「指輪にしたら」
「緑の石って地味じゃないか?」
「指輪の内側に、小さく嵌めたりできるのよ」
指輪で思い出したが、マリーエンブルクを出る時に、女神の指輪を返してもらった。オーナーが預かってくれていたものだが、なぜ母は、この指輪を持っていたのだろう。
「もらったんじゃないの」
マリーエンブルクの女神の名は知っていても、見たことはない。
「ここの女神カルコスみたいに、会えたりしたのかな」
「どうやって手に入れたかはどうでもいいじゃない。持ち主の願いに応じる。もうその指輪はあなたのものよ。母親からの縁を大事になさい」
「……うす」
カルコスに滞在し、三日が過ぎた。
毎日のご馳走にも飽きてきて、食事は少し控えめに変更してもらった。
リリーは毎日のようにこの国の服屋を呼び、巻物のような布を購入していた。そして隙あらば、酒を頼んでいる。
ラグネルは、女神の指輪を、こすったり話しかけたりしていたが、一向に女神からの返答はない。その様子をガーネットは、むすっと見ている。
「どーしたよ」
「別に」
退屈させたかと「おいで」と両手を広げてやる。足の間に納まるガーネットを、後ろから抱きしめてやる。
「どこか行く?」
その時、アカネからの使いが手紙を持ってきた。
「頼まれておりました斧の件です。ではこれで」
「ああ、ありがとう」
手紙を開くと、職人の住所が書かれている。すでに話は通してあるとのことで、ラグネルは折れた斧を持ち、訪ねることにした。
宿で人力車を頼み、かなり町外れまでやってきた。
鍛冶、と書かれた家を訪ねる。お弟子さんらしき若者が、案内をした。
「はじめまして、ラグネルといいます」
筋骨隆々とした初老の男が、部屋の奥に座っている。
「はじめましてダイゴだ。城から連絡を受けている、さっそくですが、斧を見せていただけますかな」
折れていて申し訳ないと謝りながら、差し出す。
刃の状態を見て、何度も頷いている。
「マコトの斧だ、間違いない。これはうちの弟子が打ったものだ」
「父は、こちらで修行をしていたんですか」
「ああ。あんまり似てなかったから気づかなかったが……。そうか、子ができたのか……。斧を直してほしいということは、もう」
「はい。父は俺が小さい頃になくなりました」
「そうでしたか。子供がなかなかできないと言っていたからなあ。他国で自分の腕を試したいと言い出した時、俺は止めなかった。環境が変われば気分も変わるから」
子供もこんなにでかくなった、よそに行ったのは正解だったとラグネルの肩をばんばんと叩いた。ダイゴは、工房にある斧や、刀という細身の剣をあれこれと見せてくれた。
修復したら、連絡するとのことで宿の名前を教えた。
「ところで、その子は? 妹か」
「いえ、婚約者です」
「ちっちゃくて可愛いな。気をつけて帰れ」
宿までの帰り道、港に寄ってみる。
子どものころに、船旅をしたような覚えがある。だが、この国を両親が出た時点でまだ自分は生まれていなかったようだ。
この国が故郷だと思ったが、そうではないようだ。
「マリーエンブルクに着く前に、どこかで暮らしたとかじゃない?」
「そうだなあ」
「まあいいじゃない。ご両親がカルコス出身ってことは、ハッキリしたんだし」
ガーネットが、なにか食べて行こうというので、この話はそこで終いになった。
「イカとか焼いてるわ」
「リリーにも土産に買ってくか」
その頃、アキラとリリーは話し合いを続けていた。緑茶はとうに冷めきっている。
「話すべきだ」
「話すべきではないわ」
「国から連れ出して、女神カルコスにも会わせた。ガーネットが人でないことなど、小さな問題です」
「人ではないことが重要なのよ」
「彼も気づいてる」
「あのねえアキラ。もし君が死んだら、ガーネットも消えるかもしれないのよ。私では、あれは作れない」
「消えないかもしれません。黒百合の女神がいる限り」
女神の力は大地の力。彼女の助けを得て、ガーネットは存在を保っている。
「黒百合の女神は……、彼女は、この世界が滅びるまでは消えないでしょう。たぶん」
「ガーネットの姿を保っているのは、もともと君の魔力なのよ。君が死ねば、ガーネットも消える。その時に知った方が悲しみは少ないわ」
「ラグネルの気持ちはどうなります」
「巻き込んだのは君よ」
「例えば僕が死んでも、ガーネットが生き残る方法があれば」
「同じ能力を使えるわけじゃないの解ってる? 魔女の力はみんな違うのよ。あの子が神々の器だとしてもね」
話すのは反対だと、リリーはお茶を飲み干した。
もしラグネルが女神の力を手にしたとしても、アキラと同じではない。
絵から物質化できる能力は、絵描きのアキラだけのものだ。今まで彼以外にこの能力を持っている者と出会ったことはない。
どんなパターンであれ、死は必ずやってくる。
知らなくてもよいこともあると、リリーは繰り返した。
「話して、あの子が嫌われてしまったら、それこそ可哀想でしょう。黙っていましょう」
「……でも」
「ガーネットの幸せを考えなさい。優しい素敵な彼氏ができたのよ。今を楽しむことを考えなさい」
数日後。連絡を受け、ラグネルは斧を受け取りにダイゴの工房へ出向いた。
握りやすい柄、刃の重さとバランス、非の打ち所がない。
「ここについてた石は、そのまま残してある」
炎も出せそうだ。だが驚くといけないので、後で試そう。
「ありがとうございます、ダイゴさん。大切に使わせてもらいます」
「おう」
「これで妻を守ってやれます」
彼女の故郷で式を挙げるつもりだと伝える。家は同居になるんだろうか。
あと、指輪を用意しなければならない。
「……あー……」
なぜガーネットがむくれていたのか気づき、ラグネルは頭を小突いた。
「ダイゴさん、お願いがあるんですが」
再訪を約束し、宿へ戻った。




