第十八話 初めての巣作り
船で新婚旅行に出ます。
闘技場の受付嬢のネリネに、ガーネットはお別れに弁当を作って持っていった。
「一度、故郷に戻ることになったの。しばらくしたら帰ってくるから」
「そうなの、結婚式見たかったのに」
「うん、ごめんね」
「そういえば、マイネから、ラグネルに渡してくれって」
乳白色の石がついたペンダントだ。
「人の男にプレゼントとか悪趣味ね……」
「でも、渡さないとあとで揉めるでしょう。私、受付だからあれこれ頼まれるの」
「そうね……。まったくその通りね、渡しておく」
いらないんだけどなあ。
再会を期して、港へ向かう。
ラグネルと、リリーとアキラはすでに待っていて、マリーエンブルクの港から、船に乗り込む。
カルコスとマリーエンブルクは、食料の輸入のため、定期便がある。客室は窓付きの部屋と、窓がない内側の部屋がある。
リリーいわく、寝てるだけだからどこでも同じとのことだが、ラグネルはその意見に賛成し、内側の部屋にした。海が見たいなら、甲板に出ればいいのである。
案内されると、広いベッドがあり、窓がないため薄暗い。
ベッドは低めのものだが、高い柵がついている。
これは、船が揺れて、ベッドから転げ落ちないためらしい。寝る時は体の左右にクッションや布団を詰め、柵に頭をぶつけないようにする。
「ラグネル、もう婚約したんだから、ガーネットと寝てあげてね。好きにしていいからね」
「おう」
娘を好きにしていいと話す親もどうかと思うが、ラグネルはお言葉に甘えることにした。
荷物を置いて、食事に出る。この船の場合、食堂が開いている時間にいつでも食べていいらしい。長期間の旅になるので、パンは固めだ。スープが何種類かあり、固いパンを浸して食べる。あとは肉や魚の塩漬けを焼いたものや、酒やチーズが提供される。
途中の港に寄ると、果物やお菓子などもでるようだ。
リリーたちと、テーブルで好きなものを食べる。
「最初は船酔いすると思うから、寝てていいからね。長旅になるし、私たちに気を使わないで、好きに過ごして」
「わかった」
食事を終えて、船内をあちこち見て回る。大きな船は初めてだ。
酒を飲むところもあるようだし、図書室や広い風呂もある。
日が傾いた頃、甲板に出てみた。
結婚して、船で旅行して、引っ越しする。ずっとマリーエンブルクの闘技場で生きていくつもりだった。状況の変化に戸惑う間もなく、ラグネルは船に乗った。
新しい家族ができた。可愛い妻と水平線に沈みゆく夕陽を二人で見つめる。
「悪くねえ」
「そうね」
「寒くないか?」
「私は平気。もうすぐ暗くなるし、戻りましょ」
窓のない部屋を選んだので、そもそも薄暗い。身支度を整えて寝ることにする。
ベッドの柵は横にスライドさせて、開け閉めするようになっている。鍵をかけるようになっている。クッションと布団で隙間を埋める。
「巣作りみたいね」
横に挟んだクッションと布団のおかげで、船が大きく揺れても柵にはぶつからない。
「おいで」
「うん」
好きにしていいと言われたが、隣の部屋では両親がまだ起きているだろう。
布団にくるまって、これから向かう彼女の故郷ラウネル王国のことを尋ねた。
「小さい国ってことは知ってるが、行ったことなくてな」
「ええ、小さな国よ、周りは森しかない。リリーの地元は紫水晶が採れるのよ。地下に鉱脈があるの」
「あー……。いつも彼女、宝石つけてるもんな」
「前の彼氏から、山をもらったんだって」
なるほど。あれほどの美人なら、アキラが初めての彼氏というのは考えにくいから。
「あの二人は、どこで出会ったんだ?」
「召喚したんだって」
「紹介?」
「召喚。別の場所から呼び出したんですって」
「なるほど。魔女っぽいな」
……なるほど、わからん。
リリーは、斧の形を一瞬で変えてみせた。なにかしらの魔法が使えるんだろう。
呼び出されたアキラは、結婚しているし、もう元の世界には帰らないのだろう。セティスのことも聞きたかったが、初夜に他の男の話もないだろう。
「ところで、どうして頭まで布団かぶってるの」
「水音が苦手なんだ。昔、嫌なことがあって」
「そう……、私の枕も横に並べたらいいわ。耳の周りが枕でいっぱいなら、静かでしょ」
「そうだな、そうしよう。……情けないとは思わないのか」
「人には、いろいろ事情があるでしょう」
枕を追加で重ねて、ガーネットは胸元に滑り込んできた。
「あなたは御主人様になるんだから、小さいこと気にしないで」
「……ああ」
ぎゅっと抱きしめて、横になる。布団を頭までかぶり直す。
薄闇の中で二人きり、指と指を絡み合わせて額を寄せた。
隣の部屋では両親が寝ている。
「目を閉じて」
おやすみのキスが初めてのキスになったが、今夜はここまでと二人で目を閉じた。




