第十六話 黒百合の女神
責任を取ると言い放ったガーネットに、どういう意味か確認しようと、ラグネルは手を離した。それを見てリリーが、
「ガーネット。そういうことなら、黒百合に話しておかないと」
と口を挟む。
黒百合ってなんだ。部屋の隅に、かなり大きめのドールハウスがある。コンコンと屋根を叩いて
「話があるから、ちょっと出てきてほしいの」
ガーネットがドールハウスに向かって話しかけている。
……なに。どういうこと。
ドールハウスのドアから、お人形が歩いて、出てきた。
彼女はゆったりと歩き、そして、通常の人間の大きさになった。
「な……、でか、なんで……」
床まで届くような長い黒髪に、わずかに体に巻き付いている黒い布。ぎらつくアメジストの瞳は、睨めつけるように大きく開かれている。
「私は、人間たちからは、黒百合と呼ばれているわ。お前は」
「え、ああ……。ラグネルだ。……あんたは……?」
「人間たちからは神と呼ばれているわ」
「神様が人形の家に?」
「私たちはどこにでもいられるからね。何の用」
ガーネットは、セティスが襲撃してきたことと、巻き込んでしまったラグネルと結婚すると、一日のできごとを話した。
「ガーネットや。責任取るって意味わかってるの? 犬や猫を飼うのとは違うのよ」
「セティスに命を狙われてしまったのは私の責任だもの。一生守るわ」
さっさと襲撃者を倒してしまえば問題ないのだろうが、問題が片付いたら、俺は用無しか?
何もかも急な話だが、黒百合の女神に対して、ガーネットは村に帰れば安全だとか、いざとなればゴーレムを護衛につけられるだとか、料理はマリー食堂で習ったから大丈夫だとか、安心できそうな事柄を並べている。
「家はあるのかよ」
「建てるわ」
「え、うん。そっか。わかった。俺を使い捨てにする気じゃねえんだな。結婚するか」
「……えっ」
「一緒にいた方が守りやすいだろうが。責任取ってくれるんだろ」
「……ええ!! もちろん!」
リリーとアキラは、ほっとしたように胸を撫で下ろしている。
「ラグネルさん、ありがたくお受けいたします。ガーネットをよろしくお願い致します」
深々と頭を下げるアキラに「今日からアンタがお父さんだな」と笑った。
「あなたねえ。自分のことなのに、適当に決めていいの?」
と黒百合の女神は、とんとんとテーブルを叩いている。
人に流されやすい。なんでも誰かに言われて、その通りやってきた。闘技場で働いて借金を返すことになった時も、訓練場で体を鍛える時も、言われるままやってきた。
自信がないから、他人のアドバイスを受け入れてきた。
「でも、嫁は自分で決めた。これから、うまくやっていけばいいんじゃねえか。神様の前で適当なことを言わねえよ」
「……へえ」
「全部引き受けるよ」
話がまとまったところで、アキラが手を叩いた。
「明日の昼には、発ちます。この家は賃貸ですから、解約してきます」
「俺も、荷物取ってくるから、今夜は帰るな」
「帰っちゃダメよ、殺されるわ。見張りがいると思ったほうがいい」
「んなこといっても、多少の荷物はある」
「わかりました、なら、夜が明けてから僕と荷物を取りに行きましょう。今夜はうちにお泊まりください」
「どこで寝ろっつうんだよ」
「屋敷がここに」
とドールハウスを指差す。
そのドールハウスのドアノブに指を触れると、体が小さくなった。
「うわっ」
「好きにくつろいで」
同じサイズになった黒百合の女神が、屋敷の中を案内してくれた。
豪華なシャンデリアに、見事な彫刻の椅子。ベッドもふかふかだ。
浴室はここ、と案内される。
「浴槽に、『お湯を張って』と言いなさい」
拭くものもあるからね、と言って彼女は寝室に戻っていった。
勝手にお湯が湧く風呂で、一日の汗を洗い流す。
弁当屋を助けたら、結婚して、国を出ることになった目まぐるしい一日が終わりを告げる。
目を閉じると、セティスとの戦いの様子が思い出される。目標としては申し分ない。
ブーツと斧を片付け、ベッドに入ると、ドールハウスの外の明かりが消えた。もうみんな寝るようだ。静かにドアを閉めたのはアキラだろう。ガーネットは自分の部屋に戻ったようだ。
夜に物音がするのは、何年ぶりだろうか。
突然、新しい両親と妻が出来た。女神もいる。
「……へへっ……」
もう独りじゃない。




