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第十二話 アキラ、来訪


 

「ガーネットの親父さん。こんちは」

「こんにちは。お邪魔しても?」

「あ、ああ……。散らかってるけど」

 アキラは玄関で佇んでいる。紫色の耳飾りが、きらきらと輝いている。

「いいよ、あがれよ」

「お邪魔しますね」

 ラグネルの部屋は二階で、玄関から入ってすぐに階段がある。二階へ上がると、アキラは頭を下げた。

「さきほどは娘が、職場でケンカをしそうになっていたそうで……。止めていただいてありがとうございます。何か食べやすいものをと思いまして」

 よろしかったらどうぞ、と布の包みを差し出す。

「気にしないでいいのに。あー、でも、ありがとう、な」

 どこからその話を聞いたのだろう。

 お部屋、ちょっと暗いですね、とアキラが笑った。

「カーテン開けていいですか?」

 カーテンを開けると、夕陽が街の石畳を赤く染めていた。窓を開けて換気をする。

「お台所、借りますね」

 というと、火を起こし、鍋でスープを温め始めた。

 別の包みから取り出したものをフライパンで何か焼いている。皿に乗せられたのは、肉巻きおにぎりだ。

「娘がどうしても食べさせたいというので。あと、揚げ物もあります」

「ありがとな、これ美味ぇよな」

 たぶん、アキラが作ったんだろうなと思いつつ、残り物のスープで夕食にする。

 なんで、ガーネットの親とメシ食ってんだ。


「肉巻きじゃなかったけど、ガキの頃に似たものを母が作ってくれた気がするんだよな」

「……ラグネルさんは、この街の生まれですか?」

「それは違う、でもどこで生まれたかは覚えてねぇんだ。引っ越してきたから」

「そうでしたか。御両親は?」

「父は、子供の頃に死んだ。形見の斧しかねえよ」

「鍛冶職人だったんですね」

 壁にかけてある斧を、アキラはまじまじと見つめた。斧や剣、訓練用の小太刀に、木の槍。

「刃に三本の筋……。これは?」

「父の国で『神々が共にある』みたいな感じで刻まれるらしい。おまじないっつーか、信仰っていうか……」

「なるほど。……カルコスという国のご出身かもしれませんね」

 ちら、と部屋の様子を見て、

「お母様ももう、いらっしゃらないんですね」

「ああ。もう10年くらい前に死んだ」

「失礼を承知で伺いますが。お付き合いしている女性や男性は、いますか?」

「今はいない」

 二個目の肉巻きおにぎりを食べながら、一児の父には見えないアキラに座るように促す。

 ガーネットが揚げたらしい、鶏肉と芋の揚げ物を二人でつまむ。

「あんた、見た目がすげー若いよな。16、7ぐらい?」

「まあ。人は見た目では判断できませんから」

 母親のリリーも、二十歳ぐらいにしか見えない。

 エッカルトが言っていた「あの娘は人間じゃない」と。

 人間でなければなんだ?

 

「娘はちょっと、気が強いところがあります。4位の方をふっとばした時は驚いたでしょう」

「……ちょっと、な。やり過ぎだと。言わずにはいられなかった」

「どうしてです?」

「強いやつが弱いやつを、一方的に叩きのめすのはダメだ。降参してもいいんだし。弱いものいじめになっちまうだろ。理不尽だ」

「仰るとおりです。相手が弱すぎました」

「恨まれるぜ、そのうち」

「ええ。よくわかっています。ラグネルさん、あなたは何故、闘技場で戦っているんです?」

 アキラはにこにこと聴いてくる。

「闘技場のオーナーに借りがあった。返済のためもあるが……。ガキの頃にひどい目に遭ってな。それで強くなりたかった」

 理不尽な暴力に、子供が抵抗できるわけがなかった。

 助けが来なければ、遠くに売り飛ばされていただろう。

「ひどい目に遭ったんですね。……僕にも強くなる必要が、理由がありました」

「絵描きだろ?」

「絵描きでも、命のやりとりをする場合もあるんです」

 日が陰る部屋で、アキラは微笑んでいる。

 人の家で夕食のしたくをしてくれる、自分よりも年下であろう彼が、誰かと殺し合ったとでもいうのだろうか。

 年齢といい、聞いたことのない国の出身だと言ったり、話しても話してもよくわからない。


「ラグネルさん。もしよろしかったら、骨を治しましょうか」

「……そんなことできんのか?」

「ええ。先日は、あなたの骨折はガーネットのせいではないので口を出しませんでした。手が使えないと、なにかと不便でしょう」

 この流れで、使えない手を差し出すのは、怖い。が、考え直す。

 アキラが自分よりも腕力があるとは思えない。

 もし敵意があったら、『回復してやる』なんて申し出はしないはずだ。

「じゃあ、頼む」

 すっと手を差し出すと軽く添えられたアキラの手から、温かい力が流れ込んでくるのが判る。そして、足元から、すっと力が抜けた気がした。動かしてみてと言われ、手首を曲げると、もう痛みが消えていた。

「治ってる……。癒し手なのか?」

「いいえ、僕は普通の絵描きですから、弱い魔法しか使えません」


 折れた骨をくっつけて、切り落とした耳を痕も残さずにくっつける。


 『弱い』ってなんだ。俺の認識がおかしいのか。


「……お前たちは何者なんだ?」

「妻は仕立て屋で、娘は弁当屋の店員です。妻は武術の心得がありまして、ガーネットにも多少は教えてあります。槍が扱えれば、箒でも戦えますから」

「……あんたは?」

「……」

「なぜ普通の絵描きなのに、回復魔法が使える? あんたとガーネットは、3、4歳くらいしか離れてないように見える。本当に親子なのか?」

「ええ親子です。魔法についてですが、回復魔法にもいろいろあります。本人の回復力を活性化させる、自分の魔力を他人に流して回復させるなど、いろいろあります。僕の場合は、大地の力を流し込んで回復させます」

「大地の力?」

「ええ。僕の場合は、ですが。闘技場にも魔法を使える人はいるでしょう。その力の源は、人によって違うということです」

「なるほど。これは純粋な疑問なんだが、魔法ってやつは誰でも使えるのか?」

「わかりません。僕はこの世界の人間ではありませんから」

「何言ってんだ?」

「ほら。僕はこの世界の人間ではない、というのが、冗談か本当か、あなたにはわからないでしょう? 何もかも話しても信じてくれるかは別問題ですから」

「……」

 確かにそうだ。

「……ラグネルさん。もう少し警戒心を持ったほうがいいですよ」

「え?」

「他人を家に上げるのもどうかと思うし、出された物をすぐ食べるのもどうかと思うし、僕がもしあなたを殺す気だったらどうするんです」

「あー……。あいつの親だし、大丈夫かと思って。殺す気なら、骨を治したりしねえだろ」

「油断させようとしたのかもしれないじゃないですか」

「うん。そうだなあ。魔法使える奴を、部屋に上げたのはまずかったかもなあ……。でも俺がいいよって言うまで、玄関の中に一歩も入らなかっただろ。敵意が感じられなかった」

「まあ、そうですけど」

 困ったように笑うアキラだが、目を逸らさない。

「ラグネルさん。娘が、ちょっと暴れて驚いたと思います。あなたは4位の方の心配をしましたが、娘を化け物のようには扱わなかった、優しい方です。……ありがとうございます」

「化け物だとは思わねえよ。ちょっといいなって思った女の前で、全力で怖がってる顔は見せらんねえだろ。彼女を傷つける」

「やっぱり優しいですね。ラグネルさん。また娘が応援に行ってもいいですか?」

「……まあ……。構わない」

「……良かった! 喜びます」

「ああでもな、試合には出るなって言っといてくれないか」

「なぜです」

「あいつ強いだろう。強いやつが本気出したら、一方的な暴力になっちまうだろう。当たった奴は理不尽だと思う」

「闘技場ではそういう場所だと思いますが。強い者が勝つのは自然のことでは……? いえ、考え方は人それぞれですよね。そのまま彼女に伝えます」

 

 自分よりだいぶ年下に見える、アキラは、言いたいことの半分も言ってないんだろう。

 ガーネットとも、もっと話すべきだった。


「あの、親父さん。また話せるか。……ガーネットも一緒に」

「ええ、喜んで! でも、今日は帰りますね」

「夜は危ないから、馬車を呼ぶよ」





 


  

 


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