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第十一話 我慢の一日


 

 マリー食堂でひたすらガーネットは食材の仕込みをしていた。鶏肉をカットし、衣をつけ、油で揚げる。

 終わると、豚肉をカットしては、叩いて柔らかくして、衣をつけ揚げる。

「とんかつ魔女ガーネット……」

 紙の容器に揚げ物をセットし、パンといっしょに紙袋に入れる。観戦セットの出来上がりだ。芋がある日は一緒にセットする。

 手首を骨折しているラグネルは、しばらく試合に出れないだろう。戦っている姿が見れないのは退屈だ。

 闘技場へ観戦セットを納品に行く。すれ違う客から「また試合に出てくれ」と声をかけられる。笑顔で誤魔化して、受付に声をかける。闘技場に通っているうちに、受付嬢をしているネリネと友達になった。

「こんにちは、ガーネット。弁当屋のバイトはクビになったの?」

「なってない。いまは厨房で、食材の仕込をしてる」

「そうなんだー。時間あるなら、死体の片付けのバイトしない? 死んでるし、動かないからラクだよ」

「やるやる」

 といっても、毎試合ごとに死者が出るわけではないので、試合中は、好きな場所で見ていてよいということだった。毎日の入場料だと思えば、多少の肉体労働ぐらいなんてことはない。


 ラグネルの姿を見かけても、自分からは話しかけないと、リリーと約束している。

 向こうも気づいてはいるようだ。

 彼と話したいけれど、骨折が治るまで我慢、だ。

「こないだ、あなたの親がエッカルトの耳をくっつけてたわよね。耳がくっつくなら骨も治るんじゃない?」

 とネリネ。

「……それだ」

 帰ったらお願いしようとガーネットは仕事に精を出した。

 

 試合後、ぼろぼろになった対戦相手を運んでいると、マイネが声をかけてきた。

「お弁当屋さん。仕事を増やしたのかい?」

「あらっ、変態魔物使いのマイネさん」

 触手使いの変態だ。

「失礼だな君は。君、仕事は何時までだい? お茶でもどうかな」

「親に叱られるから帰るわ。この街は子供を誘拐して奴隷商人に売る連中がいるらしいから、明るいうちに帰るように、父から言われてる」

「お父さん……、あの見た目が若いお父さんかい」

「ええ」

「君のお父さん、可愛いよねえ」

「よく言われるわ。でも駄目よ結婚してるし」

 男なら誰でもいいのか。なんせ大勢の観客の前で、ラグネルを触手で縛っていた。

「男が好きなら酒場にでもいけばいいじゃない。アキラは駄目よ、ラグネルも駄目。彼にヘンなことしたらただじゃおかないからね」

「あの子に、先に目をつけていたのは私なんだが」

「それがなに?」

 表へ出ろと言いかけたところで、

「やめろって。女の子がすぐケンカ売るな」

 とラグネルが間に入った。

「ラグネル様」

「弁当屋、今日はもう帰れ」

 受付嬢のネリネを呼び、ガーネットは外に放り出された。


 ラグネルは帰宅するなり、盛大にため息をついた。

 真面目に働いているのはいいが、ガーネットは存外、気が短いようだ。

 誰にもケンカを売るのはどうかと思う。

 自分に自信があるとああなるのか。


 自分とは、何もかも違う。

 毎朝欠かさず走り込んで、筋トレをし、剣術の訓練をする。戦う相手が槍を使うかもしれないし、剣も槍も、バランスよく鍛えているつもりだった。

 俺には、何が足りない?

 どこにでもいる平均的な斧使い。ここ数年、変わらない評価にうなだれる。

 ガーネットの母親が、使い古しの斧を魔法の斧に変えてプレゼントしてくれた。

 おかげで、今まで何度戦っても勝てなかったマイネに勝つことが出来た。自分の力ではない。俺は変われないのかと、痛む手首を押さえる。

 その時、玄関の呼び鈴が鳴った。

 一階まで降りて、玄関を開けずに外を確認する。


「こんにちはラグネルさん。ガーネットの父です」

「……親父さん……?」

 玄関を開けると、礼儀正しくアキラは頭を下げた。




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