第十話 deep down
「お前が本当の力を使ったら、怖がられるだろう。それがわからなかったとは言わせないよガーネット」
テーブルで向き合い、説教される。アキラが淹れたお茶はとっくに冷めている。
リリーはソファで横になっている。
「力を使って何が悪いの。あれが本当の私よ」
「違う。お前は僕だ。弱い相手を一方的にボコるほど暇人じゃない。そんなことをするためにこの国に来たんじゃないだろう」
「それはそうだけど」
「ガーネット。全てをさらけ出して嫌われたら元も子もないよ。怖がられて嫌われることは、お前の望みじゃないよね。旅してる意味がない」
故郷に帰るかとアキラが言い出す前に、なんとかしなくては。
「私は」
「うん」
「あの人の役に立ちたくて」
「応援してた。バイトまで始めて」
「アキラはいいじゃない。美人と結婚できて」
「ああそうだよ。ガーネット、お前のおかげでね」
その美人妻はソファでひっくり返って寝てますけど。
「私はもう用済みなんでしょ」
「そんなこと思ってないよ。どうして」
「あなたにはリリーがいる。私には何もない」
「……なんだと?」
「私も誰かに必要とされたい」
「……うまくいってた。感情的になって焦ったのはお前」
ソファから「ガァーネット~。アキラがそろそろ怒ってるわよー? 気づいてるー?」とリリーが間延びした声をかけた。
「ねえ聞きたいんだけど。なぜ自分の人生に他人を入れようとする? 他人に尽くすのがお前の望みだというの?」
ゆるゆると起き上がって、リリーは疑問を口にした。
「そのために生まれた。そうでしょアキラ」
「……ガーネット」
「アキラの望みを叶えるために私は作られた。自分のためだけに生きたいんじゃない」
自分とはまるで似ていない、迷いのない言葉が、リリーをソファから立ち上がらせた。
「お前は私には似ていない……。でもお前には私達がついているわ。あの剣闘士の彼がいいのね」
「うん」
「よし。でもね。本人から距離を置こうって言われたんだから、しばらくは会っちゃだめよ。力づくで解決しようと焦ってもいけない。私はそれで失敗した」
「知ってる」
「何が彼の役に立つか考えましょう。いいわね」
ご飯食べに行こうよとリリーが話を切り上げようとしたが、アキラが止めた。
「私には何もないと言ったねガーネット。僕たちは家族だと思っていたけど、お前はそう思ってなかったってことかい」
「アキラ、やめなさい」
「何も食べなくても何も飲まなくても寝なくても死なない。尽きることのない魔力を使える体を与えてやったのは誰だ」
「悪かったわ。お父様」
「……まあいい。あの戦いを見て、彼がお前のことを『何もない娘』だとは思わないだろうね。男からしたら複雑だと思う」
うつむいたガーネットの頭を、ぽんぽんとリリーが叩いた。
「初恋がいきなり大成功とはいかないわよ。焦ったら失敗するだけよ。明日また考えましょ」
バタバタと闘技場から帰宅したため、弁当の売上金をマリー食堂に持っていくことにした。
店主のマリーは、小太りの体を揺らして出迎えてくれた。
「お客さんから聞いたよ。闘技場で戦ったそうじゃないか」
「ごめんなさい、店長。はいこれ売上」
「いいんだよ。盛り上がったそうじゃないか。お客様があんたが何者か聞きに来てたよ」
「……」
「入ったばかりの子だから、よく知らないって言っといた。でもねぇガーネットや。好きな剣闘士がいるんだろう。女の子が、耳を切り取るのは、あんまりよくなかったねえ。鶏皮じゃないんだから」
「うん、そこは反省してる」
「男の人の気持ちを傷つけちゃあ、いけない」
「……やっぱり? しばらく会わないでおこうって母にも言われたわ」
「そうだろうねえ……。今のうちに料理の腕を上げておこうか。鶏肉を揚げたり野菜の仕込みをしよう。厨房に入ってくれるかい?」
その日は売り子の仕事はせず、厨房に入ることになった。
リリーとアキラは食事をして帰ることにした。
料理を運んできたマリーが、
「あんたたちはガーネットの兄弟かい?」
と尋ねた。
「いえ、僕は父です。こちらが妻です」
「ガーネットの母でリリーといいます。お世話になっております~」
「おやおやまあまあ、ずいぶん若い親御さんだね」
リリーは二十歳前後に見えるし、アキラは弟にしか見えない。
「あの……。娘が闘技場で勝手に戦ってしまって、こちらのご迷惑にはなりませんか?」
「それは問題ないよ。闘技場で片腕なくしたり、片足ない連中もいるが、うちの店ではそういう子たちを雇ってる。片手片足でも料理はできるからね」
闘技場で一旗あげようと、いろいろな国から人が集まってくる。だが、勝ち続けられるのは一握りだけで、剣闘士として働けなくても別の仕事はある。闘技場が駄目なら鉱山、鉱山が駄目なら鉱夫を相手にいろいろ仕事はある。
「ガーネットは強いらしいね。売り飛ばされないように気をつけなさい。暗くなる前には帰すようにするからね」
「売り飛ばされる?」
「この街は奴隷市場があるからね。可愛い子は誘拐される。強いならなおさら、利用価値があるからね。お父さん、あんたも可愛い顔してるから、夜は出歩いちゃいけないよ。年下の男の子がいいという人も世の中にはいるからね」
リリーがゲフゲフと咳き込んだので、アキラが背中をさすった。
「ありがとうございます。夜にひとり歩きしないようにしますね」




