第一話 闘技場で突然プロポーズされたんだが
斧使いのラグネルは、闘技場で戦う剣闘士。
ガーネットという少女に一目惚れされ、平凡だったラグネルの生活は一変する。
松明に飛び散る血しぶきに、歓声が上がる。勝利を確信し、頭上に斧を振り上げる。
どうする殺すか。腕一本ですませてやるか。相手は賞金稼ぎの挑戦者だ、殺してもいくらでも湧いてくる。
「行けー!! ぶった切ってー!」
「ラグネル様勝ってー!」
「お前に賭けてんだやれ!」
怒号と歓声に背を押されて、ラグネルは相手の肩を狙って斧を振り下ろした。
「やったわ!」
三番と書かれた賭け札を握りしめて、最前列の少女は飛び上がった。
初めて訪れた闘技場で、お小遣いを全部注ぎ込んだ。顔で選んだ剣闘士に賭け、二倍に増えた。
「良かったわね、ガーネット」
「うん!」
ガーネットと呼ばれた少女は、銀色の髪をふたつに分けてリボンで結んでいる。黒いワンピースに同じ布の手袋をはめ、革のブーツを履いている。街の住民たちとは異なる露出度の高い服装は、周囲から注目を浴びていた。
こくこくと頷いて、片腕を切られた対戦相手が引きずられて片付けられていくのを見つめていた。
「ねえリリー、剣闘士の人に挨拶できないかしら」
「受付に聞いてこようか」
リリーは長い薄紅色の髪をなびかせて立ち上がった。黒いドレスから、白く、あらわな胸が零れ落ちそうだ。
どこかの王族かと思うほど、きらめく首飾りと、その輝きに負けないボディラインに、周囲の客はざわついていた。
リリーはガーネットと手をつないで、受付へ向かって歩き始めた。
銀の国・マリーエンブルク。
武術が盛んで、傭兵たちを集め、戦いが起これば兵力を貸す派遣業が産業として成り立っている。
女神アルゲトウムを信仰し、豊富な鉱物が採掘される。戦いが苦手な者は山で働ければ、ひと財産築くことができた。
国営闘技場では、試合ごとに金を賭ける。好きな剣闘士を選んで、番号札をもらう。
試合後、それを受付に提示して払い戻しを受ける。
「おめでとうございます、お確かめください」
受付の少女が袋に入った金を手渡す。
「ありがとう。いま勝った方に、ご挨拶できるかしら」
「もちろんです、こちらでお待ち下さい」
大金が入った袋をリリーに持ってもらい、髪を結んだリボンを整える。
「彼、かっこよかったねリリー」
「全然好みじゃないけど……。私はもっと少年ぽいのが好きなの知ってるでしょ」
「あの綺麗な体をボコボコにして血の海に沈めたい……」
「そういうの、やめなさい」
胸の前で両手を握り、うっとりと呟く。
「……初対面の相手に言うセリフじゃねえなあ」
はっとしてガーネットが振り返ると、受付嬢に案内されたラグネルが、すぐ近くまで来ていた。
「こんな物騒な告白は、生まれて初めてだぜ」
「すみません、この子ったら、謝んなさい」
ほらやり直し、とリリーはガーネットの頭を押さえて下げさせた。
「……」
額の真ん中で分けた青髪が汗で濡れている。瑠璃色の瞳に合わせた、青石の耳飾りが揺れる。肩当ても同じ、青と金色の組み合わせだ。
シャツの上からでもわかるほど、胸板が厚い。丸太のような逞しい腕に抱きしめられたら、どんな気持ちになるのだろう。
「ガーネット、お話するんでしょ」
つんつんとリリーに背中を突かれる。
「そうだった、やり直すね、あのっさっきの試合見てました、顔と体が好きです」
「いきなり体目当てか。男女の仲にも順序ってモンがあるだろうよ」
「そうよね……、そうですね、じゃ、あの、握手から」
「おう。そのかわり、明日も俺に会いに来てくれよな」
剣闘士は人気商売で、新しいファンを獲得しなくとはいけない。サービスだとわかっていても、頬が緩んでしまう。
へへへ、とふやけた笑顔で握手を交わす。
「手、大きいのね」
「お嬢さんの手は小さくて柔らかいな」
「それはもうプロポーズと受け取ってよろしい?」
「だから順序ってモンがあるだろ」
名残惜しいが、いつまでも握っているわけにいかない。帰るわよと促されて、渋々ガーネットは手を離した。
「じゃあ、明日も来ます、三番さん」
「おい、俺はラグネルって名前がある。番号で呼ぶな」
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