8.過去の影と新たな同盟
記憶は映像のように私の中にすーっと流れてくる。まるで映画館で一人だけ見ているような感覚だった。
真っ先に浮かんできたのはセンタール公爵だった。エンペルトダイン・センタール公爵。彼はこの世界の攻略キャラクターの父親であり、幼い頃から私の家庭教師を務めていた。
私が幼少期、センタール公爵の教育は厳格そのものであった。彼の授業は薄暗い部屋で行われ、その部屋には常に焚かれた香の香りが漂っていた。その香りは不快なもので、私は毎回授業の始まりと共に息苦しさを感じていた。部屋の重苦しい雰囲気は、公爵の冷酷な性格を反映しているかのようだった。
授業中に間違えたり、答えられなかったりすると、公爵はすぐに私を叱責し、鞭打ちを加えた。その鞭は決して表に傷を残さないように工夫されており、体の見えない部分に打ち付けられた。毎回、その痛みは私の体だけでなく心にも深い傷を刻んだ。そして、毎日のように「正しいのは公爵です」と言わされることで、次第に私は自分の意志を失い、彼の言葉を絶対と信じ込むようになっていった。
このような洗脳教育が続く中で、私は次第に他人を信じることの恐怖を学び、自分の力を誇示することでしか自分を守れないと考えるようになった。傲慢で横暴な王女の性格は、こうして形成されたのだった。
そして、その教育はバルサザールが宰相になるまで続けられていた。バルサザールが宰相になった時、彼はセンタール公爵の影響力を削ぐため、公爵の息のかかった侍女たちを一斉に下げ、新たに自分の信頼できる侍女たちを配置した。バルサザールの息のかかった侍女たちは、以前の侍女たちとは違い、彼の命令を忠実に遂行し、私に対する態度も変わっていた。
しかし、バルサザールの侍女たちは表向きは従順であっても、私に対する監視の目を緩めることはなかった。彼らは常に私の動向を監視し、バルサザールに報告していた。私の一挙一動は彼の掌中にあり、自由な行動は厳しく制限されていた。
このような過去を思い出しながら、私は目を開け、スティグルに向き直った。
「センタール公爵…。彼がすべての始まりだったのかもしれないわ。」
スティグルは眉をひそめた。
「センタール公爵…ですか。彼が何か?」
「彼が私を傲慢で横暴な王女に育てたの。」
スティグルは少し驚いた様子で私を見つめた。
「公爵が?そういえば確かに家庭教師に…。なるほど…。そういうことでしたか…。」
彼はまるで全てに納得したかのように頷いた。
「随分、察しが良いのね。」
私は少し驚いた。
スティグルは少し微笑んで、目を細めた。
「一応これでも幼い頃のあなたを知っていますから…。それに公爵はここから香を調達していました。洗脳にはもってこいな香をね。履歴が残っています。」彼は静かに言いながら、棚の上から厚い冊子を取り出し、私の前に広げた。
私はその冊子に目を通し、ページをめくる度にセンタール公爵の名前が記された購入履歴が次々と出てくるのを確認した。指先でページをめくりながら、手が震えているのを感じた。
「ルナティアナは…どうしようもなかったのね…。」
「先程、薬を盛ったと話しましたが…。これを見てください。」
スティグルは更に別の棚から分厚い帳簿を取り出して私に見せた。彼は慎重にページをめくりながら、センタール公爵が薬を購入していた具体的な証拠を指し示した。
「どうしてこんなものがあなたの手元にあるの?それにスティグルが薬を盛ったわけじゃなかったのね…。」
私は驚きと疑問を感じながら問いかけた。指先でページをなぞりながら、彼の顔を見つめた。
「開発して売っているのですから、盛ったも同然でしょう。それは私の個人的な研究で得た帳簿です。」
スティグルは冷静に答えながら、棚の上に帳簿を戻した。
「見つかったら大変じゃない!」
私は不安そうに言いながら、冊子と帳簿を交互に見ると、スティグルは静かに笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「他の人は薬品名がわかりませんから…。ただの研究用のメモとして見過ごされるでしょう。」彼は淡々と説明しながら、棚を閉め、私の方を見つめ直した。
「あ…。そういうことね。」
私は納得し、深く息をついた。心臓の鼓動が少しずつ落ち着いていくのを感じた。
スティグルは私をじっと見つめながら尋ねた。
「ここまでセンタール公爵の悪事がわかって、まだバルサザール宰相を疑うのですか?」
「えぇ。ごめんなさい。物語の最後で私はバルサザールの操り人形になって悪政をして、宰相と共に断罪処刑される予定なの。」
「は?」
流石のスティグルも驚いていた。
「では…この自白剤は?」
スティグルは棚に歩み寄り、手を伸ばしてまだ研究途中の薬瓶を取り出した。彼は薬瓶を指で軽く回しながら、そのラベルをじっくりと確認した後、私の方に向けた。
「バルサザールに使う予定のものよ。彼の深層心理を理解しない事には解決しないから…。」
「早めに暗殺してしまえばよろしいのでは?」
私は慌てて声を上げた。
「そ、それはダメよ!!!」
「はい?命の危機が迫ってるでしょうに。」
「えっと…その…」私は言葉に詰まり、どう説明すればいいのか悩んだ。
なんて言えばいいのよ!!私は心の中で叫んだ。しかし、スティグルは私の表情や仕草から何かを感じ取ったようだった。彼の鋭い眼差しが私の動揺を見逃すことはなかった。
私が無意識に唇を噛みしめ、視線を泳がせると、彼の眉がわずかに動いた。スティグルの目は私の顔の細かな表情の変化を捉え、私の内心を見透かすかのようにじっと見つめていた。
「まさか、情があるのですか?」
彼の言葉の重みが私の心に響いた。
「そ、そんなことはないわ。ただ…」
私は顔を赤らめながら言葉を探した。視線を逸らし、手元を見つめる。その瞬間、手が震えていることに気づき、急いで握りしめた。
「ただ、彼の真意を知りたいだけなの。」
スティグルの視線が私を貫くように感じた。彼の目は鋭く、私の心の奥底を見透かすかのようだった。
「本当にそれだけですか?」
「えぇ、もちろんよ!」
私は視線を逸らさずに答えたが、内心では自分の感情に戸惑っていた。手のひらに汗がにじみ、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
スティグルは眉をひそめ、少し顔を近づけた。
「殿下、嘘や誤魔化しは通用しませんよ。協力関係ならば、真実を語ることが重要です。」
彼の声は低く、真剣だった。
彼の言葉に、私は息を飲んだ。心の中で葛藤しながらも、彼の視線から逃げずに真実を話すことの大切さを感じた。
「…情があるのかもしれない。でも、それは彼を理解し、真実を知りたいという思いから来ているの。」
スティグルはしばらく私を見つめた後、深く息をついて頷いた。
「情というより、恋慕ですね。自分の命がかかっているというのに、呑気に生かそうとしているのですから。」
「う…面目ないです。」私は視線を落とし、頬を赤らめながら答えた。
スティグルは微かに笑みを浮かべた。
「フッ…。王女が使う言葉ではありませんね。そしてそんな顔もしない…。私が誰かの息のかかった手の者だったらどうするつもりだったんですか?」
私は息を飲んで彼の顔を見上げた。彼の目は冷静で、しかしその奥には優しさが垣間見えた。
「もっと気をつけてください、殿下。あなたの立場は非常に危険です。信頼できる者だけを信用しなさい。」彼は優しくも厳しい口調で言った。
「はい…。分かりました。」
私は深く頷いた。スティグルの言葉は心に響き、自分の甘さを痛感した。
スティグルは私の肩に手を置き、真剣な表情で続けた。
「これからも、何かあればいつでもおっしゃってください。私にできることは全て行います。」
「どうして、そこまで協力してくれるの?」
スティグルは微笑みを浮かべ、冗談めかした口調で答えた。
「研究費用と給料を弾んでくださるのでしょう?」彼の顔には笑みが広がっていた。
「えぇ、それは約束するわ。私がスティグルを信頼するための対価だもん。」
「それはありがたいです。」スティグルはにこにこと微笑んだ。「あぁ、それと、あなたの被害にあっている男性は私とラーカンだけではありませんので思い出しておくといいですよ。」
「え”…。」
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