外伝④【完】
私は仕事を辞めて、バルと同棲することになった。私たちが住むことになった新しい家は、広々としたリビングが自慢だった。陽の光がたっぷりと差し込み、心地よい空間が広がっている。大きな窓から見える景色は美しく、まるで二人の新しい生活を祝福してくれているかのようだった。
そのリビングで、私は婚姻届けに記入していた。バルは隣に座り、書類を確認しながら微笑んでいる。彼の優しい視線が私に注がれ、心が温かくなるのを感じた。
「もう後戻りはできませんよ?瑠那」
彼が真剣な眼差しで私を見つめながら言った。私は軽く笑いながら答えた。
「後戻りさせる気ないくせに。」
バルはその言葉に微笑みを浮かべ、少しだけ首を傾げた。
「そうですね。しかし、こうも考えられませんか?たまたま私に妄想癖があり、偶然同じ妄想を持ったアナタに出会い、あたかも異世界で共に暮らしたかのように話を合わせている。すべては、アナタを娶るための巧妙な計画であり、私がアナタを完全に手に入れるための策略である…と。」
彼の言葉に、私は一瞬驚きながらも、その可能性を考えてみた。しかし、すぐにその考えを否定するように首を振った。
「ティオとナティとアスの名前、言ってみて?」
バルは一瞬微笑んで、確信に満ちた声で即座に答えた。
「ルナティオ、バルナティア、アストリアン。」
彼の声は静かだが、深い愛情が込められていた。
その瞬間、私は胸がいっぱいになった。彼が言ったのは、異世界で産んだ私たちの子供たちの名前で、すべて正確だった。名取 昴は、紛れもなく、私のバルサザールだった。
「そうだね、正解だよ。じゃあ、逆に考えてみて?私がその話に合わせて、名取 昴と結婚しようとしてたら?」
バルはその言葉を聞いて一瞬黙り込んだ。その後、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「ティオ、ナティ、アス…そう言って呼んでいたあなたは、間違いなく私の妻だ。」
「そう、だからバルも間違いなく私の夫。何も不安に思うことないし、私も不安を感じないから、もっと自分の気持ちに正直になっていいよ。バル。」
「…ありがとう、瑠那。」
バルの声は感情で震えていた。彼の瞳には涙が浮かび、その表情には安堵と愛情が溢れていた。
「アナタがそう言ってくれるだけで、私はどれだけ救われるか。アナタの存在が私にとって、どれほど大切か分かっているんです。アナタのことを、私はずっと愛している。そして、これからもずっと。」
彼は私の手を強く握りしめ、肩を震わせながら言葉を絞り出した。私たちの目が合い、彼の涙が頬を伝い落ちるのを見て、私の胸も熱くなった。
「バル…」
私は彼の涙を拭い、優しく抱きしめた。彼の体が私に寄りかかり、安心したように深い息をつく。
バルが少し落ち着いた後、私たちは婚姻届けに最後の署名をする準備を始めた。彼の手が少し震えているのを感じながら、私もペンを握りしめた。二人で一緒に署名をした。
「良いですね。この国は…。」
バルは私を見つめ、柔らかな笑みを浮かべた。その瞳には、深い愛情と決意が込められていた。
「そう?」
「はい。とても気に入りました。」
「それは嬉しいかも。」
私たちは婚姻届けを丁寧に封筒に入れ、家を出発した。外の空気は清々しく、心地よい風が頬を撫でた。車に乗り込み、役所へ向かう。
「バルって、どんな風に生きてきたの?」
「ははっ、おかしな質問ですね。まず名前を変えました。平凡な名前だったので、瑠那にまた名前を呼んでもらえるように愛称と近しい名前に。」
「それで昴なの!?」
「そうですよ。」
「じゃあ、学校生活どうだった?」
「とても良い施設…というよりは社畜育成所というべきでしょうか?まぁ、それなりに楽しめましたよ。あぁ、ただ、話し方に癖がでてしまい、友人を何度か困らせてしまいましたね。」
「あー…。」
――難しい喋り方するもんね。遠回しすぎて、意図を理解できないような…。
彼の独特な喋り方が時折難解であることに気づいたのは、私だけではなかったようだ。友人たちもきっと彼の意図を理解するのに苦労したのだろう。
「なんです?その失礼な視線は…。」
私は驚きながらも、彼の言葉に思わず笑ってしまった。
「ごめんね、バル。でも、なんか新鮮で…。普通に喋らないの?」
「通常の言葉遣いで得られる利点など一切ないと思いませんか?」
「じゃあ、ずっとバルのままで喋ってきたの?」
「えぇ。」
「それ、凄く変わった人だよ。バル」
「えぇ、自覚はしています。然るに、平凡を装う必要が生じた際には、アナタの口調を模倣することで、適切な振る舞いを演じていました。幼稚さを纏うことで得られる有用性が、時として必要不可欠となる場面があるのですから…あぁ、違いますね。必要のない場面だというのに、難しく話してしまいました。」
バルの真面目な表情と、最後に見せた少し困ったような表情に、私は再び笑ってしまった。
「あっはは。いいよ。自然に話して。わかるから。」
彼の独特な話し方も、今では愛おしく感じる。
役所に到着すると、私たちは手を繋いで建物の中に入った。明るい照明の下、受付のカウンターに向かって歩く。受付の女性が微笑んで私たちを迎え入れた。
「婚姻届けの提出ですか?」
「はい、こちらです。」
バルは丁寧に封筒を差し出し、女性が書類を確認するのを待った。
「確認できました。おめでとうございます。」
受付の女性の言葉に、私たちはほっと安堵の息をついた。バルは感謝の意を込めて頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「では、これで正式に夫婦ですね。」
バルは私の目を見つめ、柔らかく微笑んだ。その笑顔に、私は心からの幸せを感じた。
「そうだね!」
私たちは役所を出て、再び車に乗り込んだ。新しい未来が始まるその瞬間、私たちの心は希望と喜びで満たされていた。
「これからもずっと一緒にいようね、バル。」
「もちろんです、瑠那。永遠に一緒です。」
車が走り出すと、私は窓の外に広がる風景を見ながら、未来への期待で胸をいっぱいにした。異世界からの記憶と共に生きる私たちの物語は、これからも続いていく。どんな困難が待ち受けていようとも、バルと一緒なら乗り越えていけると信じていた。新たなスタートラインに立った私たちは、手を取り合い、愛と共に歩んでいくことを誓った。
【終わり】
最後まで読んで下さってありがとうございます!これで完結とします!!
次回作をお楽しみに!!




