57.バルサザールの覚悟
私たちは修道院に到着すると、すぐにその中に身を隠した。廃墟とはいえ、まだ立派な石造りの建物は、外の世界から私たちを守ってくれるようだった。中に入ると、ほこりっぽい空気とひんやりとした冷気が漂っていたが、それがかえって安全な場所にいることを実感させてくれた。
「少し休むぞ。」
私たちは広間の石のベンチに腰を下ろした。
「王女様、大丈夫ですか?」
スティグルが私の顔を覗き込んだ。
「うん、ちょっと疲れただけ。」
私は笑顔で答えたが、実際にはかなりの疲労を感じていた。
「水を飲め。」
ドラが持っていた水筒を渡してくれた。私はありがたく受け取り、一口飲んだ。冷たい水が喉を潤し、少し元気が戻ってくるのを感じた。
「…相手はどうせ馬だろうな。国境で待ち伏せされている可能性がある。」
「それは大丈夫です。宰相様がシュエット王国の兵士を派遣してくれています。」
「そうか、それなら安心だ。」
私たちは少し休んだ後、再び歩き始めた。修道院の廊下を抜け、裏庭に出ると、そこにはかつての美しい庭園の名残があった。草木が生い茂り、手入れされていないが、その自然のままの美しさが私たちに一瞬の安らぎを与えた。
「こっちだ。奥へ進もう。」
ドラが指示し、私たちは再び歩みを進めた。草むらをかき分けながら、私たちは道なき道を進んでいった。
時折、木の枝が私たちの道を塞ぎ、スティグルやドラがそれを取り除きながら進んだ。私もできるだけ役に立とうと努力したが、体の疲れと妊娠の影響で思うように動けなかった。
途中、何度か休憩を挟みながらも、私たちは決して立ち止まらなかった。ドラの強い手が私を支え、スティグルの冷静な判断が私たちの進むべき道を示してくれた。そのおかげで、私たちは迷うことなく前進することができた。
やがて、遠くにシュエット王国の国境が見え始めた。目の前に広がる広大な草原と、その先に見える国境の塔が私たちに希望をもたらした。ドラとスティグルも、その姿を見て少しだけほっとした表情を浮かべた。
――もう少しだ…頑張ろう。
私は自分に言い聞かせるように呟き、疲れた体に鞭を打って歩みを進めた。足元の砂利道が私たちの足を重くしたが、その先に待つ安全を思い浮かべると、不思議と力が湧いてきた。
「しかし、王女様はまた勝手な行動をされたので、宰相様はかなりお怒りになられるでしょうね。」
「え!?また勝手な行動しちゃった?」
「そうだな。スティグルに少し聞いたが、カーテンをロープにして窓から降りたんだろ?」
「窓の外を見てたら王女様が降りてきたので驚きましたよ。私は一階にいたので、すぐに追いつけましたが…。置いていかれていたらアグレグレットに亡命させざるを得ませんでしたよ。」
私はその言葉に少し申し訳なさそうに笑い、頭をかいた。確かに、私の行動は無謀だったかもしれない。しかし、それでもこの状況を打破するために何かしなければならなかったのだ。
「でも…こうして無事に国境にたどり着けたのだから、結果オーライってことで許してくれるかな?」
「どうでしょうね、宰相様がどれほどお怒りかは分かりませんが、私たちが無事に戻ったことを喜んでくださることを願いましょう。」
私たちは微笑み合い、再び歩き始めた。
やっとのことで国境に到達すると、目の前に広がる光景に息を呑んだ。そこにいたのはシュエット王国の兵士たちではなく、バルサザールだった。彼は私たちに気づくと、急いでこちらに駆け寄ってきた。その姿を見ると、心の中で溢れる感情が一気に押し寄せてきた。
「どれほど…どれほど心配したことか…。」
彼の声は震えていた。
「バ…ル…。」
私は彼の胸に飛び込むと、あまりの嬉しさと驚き、そして安心感が一気に押し寄せてきた。
その瞬間、全身の力が抜け、視界が暗くなっていった。バルサザールの腕の中で、私は意識を失ってしまった。
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―――――
目を覚ますと、天蓋付きのふかふかなベッドの上に横たわっていることに気づいた。周囲は柔らかなカーテンで囲まれ、微かな光が漏れ込んでいた。その光が、まるで夢の中のような幻想的な雰囲気を醸し出していた。
視線を右に向けると、王子様のような恰好をしたバルサザールが私の手を握りしめてくれていた。彼の顔には安堵の表情が浮かび、その瞳には深い愛情が宿っていた。
「バル…」
私の声はかすれていたが、彼の名前を呼ぶと彼の顔に微笑みが広がった。
「やっと…目が覚めましたか…。」
彼は優しく私の手を包み込むように握りしめ、その温もりが私の心を温かくしてくれた。
「ここは…?」
「シュエット王国城です。」
「シュエット…。」
「アナタはまた…無謀で危険なことをしましたね?」
――バル、とっても優しい声してるけど、怒ってる…よね。
「ごめんなさい…。」
「アナタに罰を与えようと思います。」
「え?」
私は驚いて彼を見つめた。
「今回ばかりは…見逃せません。」
バルサザールの声は酷く優しく、それでいて決意が込められていた。彼の愛情のこもった眼差しが私を見つめ続け、私はその深い愛情に心を揺さぶられた。
「でも…バル、何を…?」
「私と一緒にエヴァレーンを捨てるのです。」
「え!?」
――バルがエヴァレーンを捨てる!?
「そ、そんなことしちゃ国が無茶苦茶になっちゃうよ!!」
「えぇ、それでいいのです。何故なら私は…断罪されてしまった身なのですから。」
「えっ。」
私は愕然とした。
「この世界が物語の中ということがようやく身に沁みました。物語の定めに従い、私の役割はもう終わったのです。エヴァレーンを守るという名目で、あなたを危険にさらすことはもうしたくない。」バルサザールの声には深い決意が込められていた。
「そんな…バル、どうしてそんなことを…」
「私の本当の望みは、あなたと共に静かな生活を送ることです。国を捨てることが必要なら、それを選びます。」
彼の言葉に私は戸惑いを感じたが、同時に彼の真摯な気持ちが伝わってきた。
「でも、バル…」
バルサザールは一瞬視線を落とし、深い呼吸をした後、再び私の目を見つめた。その瞳には決意が宿っていた。
「シュエット国王から、公爵位を頂き、領地を治めることになりました。それも広大な領地です。」
彼の言葉に私は驚きを隠せず、少し眉をひそめた。思わず手元のシーツを握りしめる。
「え?もともと誰かが治めてたんじゃないの?」
「はい。アグレグレットを滅ぼしてきました。」
彼の冷静な声に、私は一瞬言葉を失った。目の前のバルサザールが、どれほどの覚悟を持って行動したのかを感じ取る。
「え!?私が眠ってる間に?」
「はい。」
バルサザールの顔には疲れの色が浮かんでいたが、その瞳には揺るぎない決意が見えた。彼の行動が私のためであったことを痛感する。
――何がどうなってるの!?私は頭の中で混乱した。
「私何日眠ってたの?」
「1週間ほどです。」
私は自分の体を確認し、バルサザールの言葉の重みを感じた。彼の冷静な表情が、私に安心感と共に新たな不安をもたらした。
――1週間!?通りで紙パンツのようなものをはかされているわけだ。
「まぁ、アナタが心配することは何もありません。エヴァレーンにはまだ王が健在です。あの王は呪いによって長寿を授かっているので、予想以上に国が崩壊することはないでしょう。私も時折、手紙を送るつもりですから。」
「そっか。バル、ごめんね。」
私は彼の手を握りしめながら謝罪の言葉を口にした。
「いえいえ、ありがとうございます。アナタのおかげで、私は死なずに済みました。事前に断罪の話を聞いていたからこそ、こうしてシュエットに辿り着くことができたのです。」
バルサザールの目には感謝と安堵の色が見え隠れしていた。
「しかし、ウルスウドラは運がよろしいようで。せっかくティアナに恋慕を抱く者たちを排除できたと思ったのに、彼だけは残ってしまいましたね。」
「ドラには…感謝しかないよ…。」
「しかし、ウルスウドラは運がよろしいようで。せっかくティアナに恋慕を抱く者たちを排除できたと思ったのに、彼だけは残ってしまいましたね。」
バルサザールは少し微笑みながら言った。その言葉には一抹の嫉妬が含まれていた。
「ドラには…感謝しかないよ…。」
「そのようですね…。私も彼には感謝しています。なので、特別に黙認して差し上げましょう。」
バルサザールの言葉は冷静ながらも、その目には優しさが宿っていた。
「バル…ありがとう。」
「いえいえ、良く攫われるお姫様ですからね…。」
バルサザールは少し皮肉めいた口調で言い、私を優しく見つめた。
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