55.闇の宮廷医
リヴィウスの表情には、冷酷さと悲しみが入り混じっていた。
「殺すのは、そのお腹の中の子を取り除いてからです。ですから十月十日は我慢しなければいけませんね。」
彼の言葉に、私は恐怖と絶望を感じた。
「どうして…?」私は震える声で尋ねた。
「私は…あなたを永遠のものとして側に置きたいからです。」
彼の声には、痛みと執着が混じり、私はその重さに押しつぶされそうになった。
――宮廷医、それが彼に与えられた設定。人への愛し方もそれらしいのかもしれない。十月十日の猶予はある。どうにかして抜け出さないと…。
「逃げようなんて、考えない方が良いですよ。私は医者ですから。」
――この闇医者め。
私はリヴィウスを睨みつけた。
彼は冷笑を浮かべ、その瞳には狂気と執着が入り混じっていた。私の決意を見透かしたように、さらに言葉を続けた。
「あなたのことは誰よりも理解しているつもりです。あなたの一挙一動、呼吸のリズムさえも把握しています。だから、逃げることは不可能だと理解するべきです。」
彼の冷たい視線を受けながら、私は心の中で決意を固めた。
――このままでは終わらせない。必ず、抜け出してみせる。
リヴィウスの執着から逃れるために、私はあらゆる手段を考え始めた。時間は限られているが、絶対に諦めない。
しばらくすると、馬車はどこかの古城に到着した。私はリヴィウスに抱きかかえられてその城の中に入った。扉が開くと、整然と並んだメイドや執事たちが一斉に頭を下げた。
「お帰りなさいませ、リヴィウス様。」
その光景に、私は一瞬息を呑んだ。彼らの姿勢と表情から、リヴィウスに対する深い敬意と従順が感じられた。
リヴィウスは微笑を浮かべ、彼らに向かって労いの言葉をかけた。「長い間、城を留守にして申し訳ありませんでした。皆さんの忠誠と努力に感謝しています。これからもよろしく頼みます。」
従者たちは一斉に頭を下げ、その言葉に応えていた。
そして、リヴィウスは私を抱えたまま、スタスタと長い廊下を歩いていった。やがて、とある部屋の前に立ち止まり、後ろについてきていた執事が丁寧にドアを開けた。リヴィウスは私をふかふかのベッドの上にそっと横たえた。
「本当はその唇に今すぐでも触れたいですが、宰相との繋がりがある今のあなたは穢れている。」
彼はそう言うと、何かを注射してきた。私は体が徐々に力を失っていくのを感じた。リヴィウスは部屋を出て行き、ドアが静かに閉まる音が響いた。私はそのまま動けず、無力感と恐怖に包まれていた。
――良かった。中絶というものがなくて。あったら今頃…考えるのやめよう。
とはいえ、この変な薬がお腹の子供に影響しちゃいけない。早めに抜け出さないと…。何か方法を…。
窓から外へ逃げられたりしないかな?それとも、メイドたちを味方につけて助けてもらう?いや、でもリヴィウスがどこまで信用しているかわからない…。一度、彼が眠る時間を見計らって、この部屋から出ることを試みるべきか…。万が一のために、何か武器になるものを見つけなきゃ…。
武器…。
「あっ!!」
そうだった。私は胸元にある小さな笛の存在を思い出した。ドラを呼び出すために肌身離さずつけていた笛。かなりの距離がありそうだけど、通用するのかな。呼ぶのは深夜にしよう。暗闇に紛れれば、きっと彼に気づかれずに助けを呼べるはず。
深夜になり、私は胸元にある小さな笛を取り出し、慎重に吹いてみた。しかし、しばらく待ってもドラは現れなかった。
「ですよね~。」
私はため息をつき、窓の外の暗闇を見つめた。これで助けが来なければ、別の方法を考えなければならない。
それから数日、何もできずに時間だけが過ぎていった。リヴィウスは私に食事を運び、必要最低限の世話をしてくれるが、その表情は冷たく無感情だった。私は相変わらず力の入らない体で、ただ彼の指示に従うしかなかった。夜になると、一人きりの部屋で窓の外を見つめ、どうにかして脱出する方法を考え続けたが、実行に移せる力も機会もなかった。
ある夜、ふと静けさがいつもより深く感じられる瞬間があった。リヴィウスが部屋に来る時間を過ぎても、足音が聞こえない。
――あれ?何かあったのかな。
しばらくすると足音が聞こえた。コンコンとドアをノックする音がした。扉が開き、そこにいたのはスティグルだった。
「スっ…んっ!!!」
私は思わず声を上げかけたが、スティグルが慌てて私の口を塞いだ。
「知らない人のふりを…。」
彼は低い声で囁いた。
私はコクコクと頷いた。その瞬間、後ろからリヴィウスが現れた。
「やはり、あなたは私を裏切らない。」
「もちろんです。私は報酬さえいただければどこへでも。」
「はははっ。頼りにしています。」
スティグルは私に注射を打った。体の力が抜ける感覚が広がった。
「こちらの薬を調合しておきました。」。
「助かります。」
スティグルは部屋を去って行った。
――どういうこと!?何が起きているの!?スティグルは私を裏切ったの?それとも…?
彼は冷たい笑みを浮かべながら、私の顔を覗き込んだ。
「どうです?薬の効果は出ていますか?」
私は何も言えず、ただ彼を見つめるだけだった。体の力が抜け、思うように動けない。それが彼の狙いなのだろう。
「この状態であれば、逃げ出す心配はありませんね。しばらくはおとなしくしていてください。」
そう言い残して、リヴィウスは再び部屋を出て行った。私は一人、無力感と恐怖に包まれたまま、どうにかしてこの状況を打開する方法を考え続けた。
数時間後、再び足音が聞こえた。今度は誰だろうかと、私は恐る恐るドアを見つめた。扉が開くと、そこには再びスティグルの姿があった。
「スティグル…」
私はかすれた声で彼の名を呼んだ。
「静かに。」スティグルは低い声で言った。「リヴィウスがいない間に、少し話しましょう。」
「どういうこと?あなたは…」
「見ての通り、私はリヴィウスの計画に加担しています。しかし、これはあなたを救うための計画でもあります。」
「救うため?」
「そうです。リヴィウスの信頼を得て、あなたをこの場所から安全に逃がすために、私は二重の役割を演じています。」
「信じていいの?」
「信じても、信じなくとも、結果は同じです。今はこれしか方法がありません。私は、バルサザール様と連携して、あなたを救出するための準備を進めています。」
「バルも…?」
「はい。宰相はすぐに私に指示を出されました。しかし、リヴィウスは非常に警戒心が強い。だからこそ、慎重に動く必要があります。」
スティグルの言葉に、私は少しだけ希望の光を見出した。彼が味方であり、バルサザールも私を救うために動いているのだと知って、心の中に少しだけ安堵が広がった。
「私は、どうすればいい?」
「しばらくの間、おとなしくしていてほしいです、ここはアグレグレット帝国ですから。リヴィウスの信頼を得るために、私は必要な行動をとります。しかし、時が来れば、必ず救い出します。」
「わかった…信じるわ。」
「それと、王女様に投与している薬は安全なものです。私が配合したものなので安心してください。」
「ありがとう、スティグル。」
スティグルは静かに頷き、「では、また来ます。お気をつけて。」と言い残して部屋を出て行った。
私はスティグルが去った後、ほっとした気持ちで涙が止まらなかった。救いの手が差し伸べられる希望が見えたことで、これまでの恐怖と緊張が一気に解けたのだ。
――信じていいんだよね…。
心の中でそうつぶやきながら、私は涙をぬぐった。リヴィウスの計画に加担しながらも、救出のために動いているスティグルと、遠くで私を心配しているバルサザールを思い浮かべた。
その夜、私は少しだけ安心して眠りについた。明日からまたリヴィウスの監視下に置かれるとしても、必ず救い出してくれると信じて、心の中で強く願い続けた。
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