43.王女の失踪
※バルサザール視点です。
執務室に着くと、私はすぐに召使いに指示を出し、食事の準備をさせた。 執務室の広い机には書類が山積みになっており、その机の一角を片付け、彼女に座るよう促した。
「お待ちください。すぐに食事が届きます。」
「ありがとう、バルサザール。本当に助かるわ。」
――礼を言っただと? 王女殿下の頭が狂ってしまったのか、私の頭が狂ってしまったのかどちらだ?
私は静かに頷き、再び書類に目を通し始めた。 ――なんだ? やけに視線を感じる。 ふと王女を横目でみれば、じっと私をみつめていた。
「バルサザール、私の明日のスケジュールはどうなってるかわかる?」
「は?」
――今だかつてスケジュールを尋ねられたことはなかった。 なのになぜ…。 そして彼女はいつも私のことを宰相と呼ぶ。 いったい何がおこっている?
「あ、あの。寝てたらベッドから落ちてて、記憶が少し曖昧なの・・・。」
――頭を打ったのか? なるほど、それなら納得がいく。
「なるほど。では、スケジュールを確認いたしましょう。」
私は机の引き出しからスケジュール帳を取り出し、ページをめくり始めた。
「明日は午前中に王宮内の会議があり、午後は外部の視察が予定されています。また、夕方には晩餐会が予定されています。」
「ありがとう。確認してくれて助かるわ。」
――微笑んだだと!? ありえない。 あのルナティアナが?
「実は、頭の調子があまり良くなくて… スケジュールを一旦白紙に戻してもらえないかしら?」
――よほど強く頭を打ったのだろう。 本当に記憶が混乱しているに違いない。
「分かりました、殿下。今日の訓練やお食事を全くとられないといった数々の奇行を考えると、そのほうが良いかもしれません。 明日の予定を全てキャンセルして、殿下の体調を整えることを優先しましょう。」
「助かるわ、バルサザール。本当にありがとう。」
「どういたしまして。ご自身の健康が最優先ですから。 何か他にご要望があれば、いつでもお知らせください。」
私は手際よくスケジュールを整理し直し、全ての予定をキャンセルする手続きを進めた。
「それでは、王女殿下。少しお休みになって、体調を整えてください。 必要であれば、私が医師を手配します。」
「ありがとう。でも、今は少し休めば大丈夫だと思うわ。」
私は頷き、思わず彼女に優しい笑みを浮かべてしまう。
「わかりました。どうぞごゆっくりお休みください。」
――明日になればまた元通りかもしれない。
翌日、目が覚めてすぐに、私は王女付きの侍女を呼び出し、指示を出した。
「おはようございます、宰相様。何かご指示がございますでしょうか?」
「おはよう。ルナティアナ王女殿下がしっかりと朝食を取るように、食堂で用意するように伝えてください。」
侍女は深く一礼し、「承知いたしました。すぐに手配いたします」と答えた。彼女が部屋を後にすると、私は一息つき、昨日の出来事を思い返した。
――記憶が曖昧だと言っていたが、今日はどうなるだろうか。再び元の王女に戻ってしまうのか、それとも…。
思案に耽っていると、ドアがノックされ、侍女が再び現れた。
「宰相様、大変なことが起きました。王と王女の食事に毒が盛られていたことが判明しました。」
私は驚きと緊張で心臓が跳ね上がった。すぐに冷静さを取り戻し、侍女に詳細を求めた。
「詳しく話してください。どのようにして毒が発見されたのですか?」
「それを発見したのが王女殿下です。彼女は食事を摂る前に何か違和感を感じたようで、全ての食器類を銀に変えるよう指示を出しました。その結果、毒が反応し、発見されました。」
「毒の種類はわかりますか?」
「はい、毒は非常に希少な植物から抽出されるもので、即効性はなく、毎日少しずつ摂取することで体を弱らせたり、思考をおかしくしたりする効果があります。」
「それは…非常に巧妙な手段ですね。王女殿下はその毒の存在に気づくとは、何か手がかりでもあったのでしょうか?」
「はい、どうやら彼女は何か違和感を覚え、その直感に従ったようです。」
私は一瞬、ルナティアナ王女の鋭い洞察力に感心しながらも、その背景にある可能性を考えた。
「よくわかりました。王女殿下はどこにおられますか?」
「王女殿下は現在、ご自身の部屋で休まれております。しかし、王は…」
「王は?」
「王は毒の影響で体調を崩しており、医師が看病しております。」
私は深い息をつき、事態の深刻さを痛感した。
「すぐに王女殿下の部屋に向かいます。王の状態についても確認が必要です。」
私は急いで執務室を出て、廊下を歩きながら頭の中で状況を整理した。王と王女の命が狙われるという事態は、この王国にとって重大な危機だ。毒が徐々に効くものだとすれば、誰がどのようにして毒を盛ったのか、徹底的に調査する必要がある。
ルナティアナ王女の部屋に到着すると、侍女が慌てた様子で近づいてきた。
「宰相様、王女殿下は乗馬へ行かれました。」
――正気か?毒を盛られたというのに乗馬だと?
私は驚きと焦りを感じながら、急いで乗馬場へ移動した。心の中で、彼女の無茶な行動に対する不安が募る。
乗馬場に到着すると、さらに悪い知らせが待っていた。
「大変です!王女殿下が城の外へ!!」
その瞬間、冷静さを保つのが難しくなったが、急いで行動を取る必要がある。私はすぐに馬にまたがり、王女のあとを追うことにした。
「どの方向に向かわれたか、わかりますか?」
「はい、北の森の方へ向かわれました。」
「分かりました、ありがとうございます。」
私は馬を全速力で走らせ、北の森へ向かった。途中ですれ違う人々に馬に乗った金髪の女性の目撃情報を聞きながら進む。彼らは皆、驚いた様子でルナティアナの行動を話してくれた。
「金髪の女性なら、さっきあっちに走って行ったよ!」
「すごい勢いで駆け抜けていったわ。」
「北の方角へ向かっていたようです。」
――どうしてそんな無茶を…。彼女の行動が理解できない。なぜ城を離れる必要があるのか?
4時間かけて国境付近に近づくと、馬の足跡が続いているのを見つけた。彼女がこの道を通ったことは明らかだ。さらに速度を上げて、彼女の跡を追った。ついに、国境警備の拠点が見えてきた。兵士たちがテントを立てており、行き交っているさなか、王女が一人立っているのが見えた。馬に乗ったまま近寄った。
「王女!!アナタという方は!!城では大騒ぎですよ!!」
「まあ、バルサザール。そんなに大声を出さなくても聞こえるわ。」
――この対応は、まさか!!元に戻ったのか?
「聞こえるかどうかの問題ではありません!城中がアナタの失踪で大混乱です!」
「前にお気に入りの美男子がここに配属されていると聞いたから、どうしてもその目の保養に来たくて。我慢できなかったのよ。」
――やはり…戻られてしまったようだな。
「そんな理由でここまで来るとは、無茶すぎます!」
「だって、退屈だったのよ。城の中では息が詰まるし、少しの冒険くらい許されるでしょう?」
「王女殿下、アナタの行動は無責任極まりない。ですが、今は戻ることが最優先です。どうかすぐに城へお戻りください。」
「別れの挨拶くらいさせてよ。」
――妙だ。ここで引き下がるとは…。演技でもしているのか?
私は渋々頷いた。彼女は急いでテントへ向かった。テントから王女と騎士であるラーカンが姿を現した。ラーカンは何故か上裸で、王女と腕を組んでおり、どう見ても男女の仲で別れを惜しんでいるようにしか見えなかった。
――しかし、私の知るラーカンという男は王女を毛嫌いしており、自ら城を出ることを志願した男。それがどうして彼女と仲良さげにしているのか訳がわからなかった。
「ラーカン…またね…。」
「あぁ、君を追いかけてしまうかもしれない。身分の差があるのに…。」
「そんな、側にいてくれるだけで私は幸せよ…。」
――な、なんという粗末な演技。
私は深い溜息をつき、とりあえず騙されているふりをすることにした。
「さぁ、戻りましょう、王女殿下。」
微かに彼女がラーカンへお礼を言っているのが聞こえた。
――やはり演技か。
元に戻っていないことに何故か安堵してしまう自分がいた。
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