32.毒
自室に入ると、珍しくドラも一緒に入ってきたのを見て、少し驚いたが、安心感が広がった。ラーカンは部屋の外で見張りを続けていた。
私はソファーに腰掛けながら、ドラの姿を見つめた。
「ドラが部屋に入ってくるの、珍しいね。」
「あぁ、宰相様のご命令だ。」
「なるほど。」
ドラは少し躊躇いながら、深いため息をついた。
「その…すまないな。」
「え?」
「俺はティアナの側でずっと支えようと思ってたんだが、王女であるお前に負担をかけてしまう存在だった。だから宰相の上手い話に乗るしかなかったんだ。けど、結果的にお前を傷つけることになったんじゃないかって不安でな。」
「ドラ…。」
――あなた本当に良い人過ぎるわ。流石女性人気No.1です。
「気にしなくていいよ。ドラは自分ができることを十分やってくれてるじゃない。自分で命をかけながら必死に築き上げた地位を…居場所を捨てて王宮入りしてくれて、そんなドラには感謝しかないよ。」
「ティアナ…。」
ドラは頭を抱えて深いため息をついた。
「ティアナ、あまり優しい声を掛けないでくれ。今のお前に惚れてしまいそうだ。」
「えぇ!?そ、それはダメ!薬!!そう!スティグルに薬をもらおう!」
ドラは笑いながら首を振った。「ふっははっ。あの薬はもう御免だ。」
「ふふっ。できれば、本当に私以外の誰かと幸せになってほしい。だって、あなたのことが好きな女性はたっくさんいるんだから!」
ドラは切なそうに微笑んだ。
「ティアナ、お前の言うことは分かっているが、そう簡単にはいかないんだ。」
「でも、ドラにはもっと素晴らしい未来が待っているよ。だから、いつかきっと幸せになれるはずだよ。」
ドラは再び深いため息をつき、私を見つめた。
「ティアナ、お前は本当に優しいな。でも、その優しさが逆に俺を困らせるんだ。」
――あぁ、私。今本当にドラに酷いことを言ってるんだ。好きな相手からそう言われたら…辛いよね。
「ごめんね、ドラ。でも、私はあなたのことを本当に大切に思っているから。」
ドラは黙って私を見つめ、その瞳には感謝と切なさが混じっていた。彼の存在が私にとってどれだけ大きな支えであるかを、改めて感じる瞬間だった。
ドラと話し終えた後、バルサザールが戻ってくるまで、私は部屋の中で何をして過ごそうかと考えた。気まずい沈黙の中で、ドラは壁にもたれかかり、目を瞑っている。彼がそばにいるだけで、少し心が落ち着く気がした。
とりあえず、机に向かい、書類の整理を始めた。王女としての務めを果たすために、手紙や書類の内容を確認し、必要な返答や署名を行う。慎重に目を通しながら、一つ一つ丁寧に処理していく。
――うーん、本当に王女って大変ね。プライベートな時間って少ないわ。作ろうと思えば作れるけれど、税金生活してる身としては忍びないというかなんというか。
ここも現実世界も結局は一緒。ヒトとして生きている限り、働かないといけないし。辛いこともあるし、楽しいこともあるし…。
もし現実世界に戻ったとしても、待っているのはただの社畜人生。それなら、ここに慣れるしかないよね…。それに、最近は王女としてちゃんと働けるようにもなってきたし。ルナティアナの記憶を辿ると、ほとんどの仕事を放棄していた。それでもどうにかなっていたのはバルサザールのおかげだった。憑依して混乱もしてたけど、この記憶があるおかげで最低限の公務はできた。
勿体ないなって少し思う反面、可哀想だなって思う。セインタール公爵に洗脳されてしまったせいでルナティアナの人生は壊れてしまったから…。もし本物のルナティアナがちゃんと育っていたら、どんな王女になってたのかな?
しばらくすると、晩餐を運ぶ侍女がやってきた。ドラはそれに気づき、警戒心をあらわにしながら声を上げた。
「ん?食事は宰相が運んでくる予定ではなかったか?」
侍女は驚いた表情で答えた。
「宰相様から運ぶように伺いましたが…」
ドラは侍女の顔を鋭く見つめ、近づいてトレーを覗き込んだ。
「怪しいな…見せろ。」
侍女がびくっと肩を震わせ、手に持っていたトレーを差し出す。
「きゃっ!」
ドラは一瞥して、ラーカンに目配せをした。「ラーカン、スティグルを呼んで来い。」
ラーカンは無言で頷き、素早く部屋を出て行った。
「何かあったの?」
ドラは料理の匂いを嗅ぎながら答えた。
「毒の匂いがする。」
「え!?」
「宰相から、今日の食事は自分が用意するから誰も通すなって言われていたんだ。」
「あ…そうなのね。」
私は胸の奥に不安が広がるのを感じた。
しばらくすると、スティグルが現れた。彼は持ってきたケースから液体の入った試験管を取り出し、慎重に料理にふりかけた。液体が反応し、スティグルの表情が険しくなった。
「あぁ、これは…毒ですね。」
その言葉に私は震えながら、どうしてこんなことが起きたのかと考えを巡らせた。心臓が激しく脈打ち、冷や汗が流れた。
「誰がこんなことを…」
ドラは私の肩をしっかりと抱きしめ、「大丈夫だ。宰相様がすぐに対処してくれる。」と優しく言った。その言葉に少しだけ安心を感じながらも、不安は完全に消え去ることはなかった。
スティグルは冷静に料理を処理しながら、「これからはもっと厳重に監視する必要がありますね。」と静かに言った。
その時、ドアの外から足音が近づいてくるのが聞こえた。ドアが開き、バルサザールが現れた。彼の目には怒りと決意が浮かんでいた。
「何が起きたのですか?」
彼は冷静な声で問いかけ、私たち全員を見渡した。
スティグルが一歩前に出て報告した。
「宰相様、料理に毒が混入されていました。銀食器に反応しない毒です。」
バルサザールは眉をひそめ、深く息をついた。
「なるほど、誰かが我々の中にいる者を狙ったわけですね。その者が食事を?」
ラーカンは侍女をしっかりと捕まえていた。その侍女は怯えた表情を浮かべ、視線を彷徨わせていた。
「ふむ、見ない顔ですね。ウルスウドラ、連れていきなさい。」
ウルスウドラは静かに頷き、侍女を連れ出すために近づいた。侍女は怯えた様子で、足を引きずりながらウルスウドラに従った。
「ラーカン、もう戻っていいですよ。後は私が王女と共にいますから。」バルサザールは落ち着いた声で言った。ラーカンも礼をして部屋を出て行った。
バルサザールは私に向き直り、優しく微笑んだ。
「さて、私の部屋にでも移動しましょうか。王の許可も取って参りました。」
彼のにこやかな笑顔が、緊張していた私の心をほぐしてくれた。
「ありがとう、バル。」
バルサザールは私の肩を優しく抱き寄せ、部屋を出る準備を整えた。彼の手が私の肩に触れる度に、心の中で安心感が広がっていった。
「心配しないでください。あなたの安全は私が必ず守ります。」
彼の言葉に勇気づけられながら、私は彼の隣で歩き始めた。
彼の部屋に到着すると、バルサザールは扉を開け、私を先に通した。部屋に入ると、インクと本の匂いがして、心が安らいだ。
「ソファーにお座りください。食事を召し上がりましょう。」
彼の優しい声に促され、私はふわりとしたソファーに腰を下ろした。ローテーブルには既に食事が用意されており、美味しそうな香りが漂っていた。スープや新鮮なサラダ、そしてメインディッシュが並んでいるのを見て、私はほっと一息ついた。
バルサザールは私の隣に座り、テーブルの上の食事を指差した。
「少し冷めてしまってはいますが。どうぞ、召し上がれ。」
私は彼の優しい微笑みに応え、フォークを手に取った。
「ありがとう、バル。いただきます。」
彼は静かに頷き、私の様子を見守りながら、自らも食事を始めた。二人で静かに食事を楽しむ時間が流れる中、私は彼の温かさと優しさに心が満たされるのを感じた。
――やっぱり、私の中でバルが一番だ。
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