30.優しさに包まれて
本やインクの匂いが立ち込めるバルサザールの部屋。許可されたクローゼットに手を伸ばすと、彼の衣装が整然と並んでいるのが見えた。意外にも衣装の数は少なく、王宮の制服、礼服、盛装といった種類が揃っている。
――バルって、意外と衣装が少ない。王宮の制服に、礼服、盛装。私服とかないのかな?ずっと制服着てるイメージだけど…。だから制服が何着もあるのか。礼服少なっ!?もしかして、私服がない!?
一着一着取り出してベッドの上に並べてみると、彼の匂いがふわりと漂ってきた。
――しゃ、写真が欲しい…。これを着たバルを見てみたい!いや、スチルが欲しい!!
服の数が少ないせいか、一着一着にバルの匂いが染みついていて、私の心をくすぐる。その匂いに思わず顔をうずめ、深呼吸をした。
――私、匂いフェチなのかな?
その瞬間、ドアが開いて、バルサザールが再び現れた。彼はクローゼットの中の服がベッドの上に積まれているのを見て、軽く眉を上げた。
「ふむ、まるで小鳥が巣作りをしているようですね?」
驚きとともに恥ずかしさが込み上げてくるが、彼の表情は柔らかく、どこか楽しんでいるようだった。
「バ、バル!?早くない?」
彼は部屋に入ると、ゆっくりと私に近づき、ベッドの上の服を見渡しながら微笑んだ。
「窓をご覧ください?」
窓の外を見ると、外はすっかり暗くなっていた。いつの間にか夜になっていたのだ。
「えっ、もう夜…?そんなに時間が経ったの?」
「そうですね。こんなものに時間を奪われて…哀れですね。しかし、それを嬉しいと思ってしまう私もまた…哀れですね。」
バルサザールは軽く笑いながら、私の手を取って立ち上がらせた。
「さあ、晩餐の時間です。一緒に食事をしましょう。」
彼の手に引かれながら、私は彼の隣に並んで歩き出した。廊下を進む間、彼の温もりと優しさが伝わってきて、心が安らいだ。
私たちは広い廊下を進み、やがて食堂へと到着した。部屋の中央には豪華なテーブルが用意されており、美味しそうな料理が並べられていた。私たちは席に着き、心温まる食事のひとときを楽しんだ。
食事が終わり、バルサザールと別れて自室に戻ると、侍女がすでに待っていて、私の寝る準備を手伝ってくれた。彼女は優雅な動作で、柔らかな手つきでドレスを脱がせ、心地よいナイトガウンに着替えさせてくれた。手際よく動く彼女の手は暖かく、安心感を与えてくれた。私の髪も丁寧にブラシでとかしてくれた。
ベッドに腰掛けると、彼女は私の周りを静かに動きながら、布団を整え、枕をふんわりと膨らませてくれた。
「ありがとう。」
「どういたしまして、王女殿下。お休み前にお茶を一杯いかがですか?」
彼女は優雅にお茶を差し出してくれた。お茶の香りが部屋に広がり、その温かさが心地よかった。
私は温かいお茶を一口飲み、リラックスした気分になった。お茶の温もりが体に染み渡り、心が安らぐ瞬間だった。その時、侍女がふと口を開いた。
「そういえば、お昼過ぎにセインタール公爵様がいらっしゃいましたよ。随分長い間お待ちしていましたが、晩餐の時間の前にお帰りになりました。」
「セインタール公爵が?どうして…」
私は少し驚きながらも、心の中で不安が広がるのを感じた。
「分かりませんが、何か急用があったのかもしれませんね。どうか気を落とさず、ゆっくりお休みください。」
「ありがとう。おやすみなさい。」
私は侍女に別れを告げ、ベッドに横たわった。
私は布団の中に入るなり、ぎゅっと布団を握りしめた。心の中で、今日の出来事が何度もよみがえった。
――バルが助けてくれたんだ。部屋にいろって言ったのは、私がセインタール公爵と接触しないように匿ってくれてたんだ。
その優しさを思い出すと、胸が熱くなり、自然と涙が溢れてきた。布団を顔に押し付けながら、涙がこぼれ落ちるのを感じた。
――バルの優しさに、私はどれだけ支えられているんだろう。
彼の存在が私にとってどれほど大きなものかを、改めて実感した。
次第に涙が止まらず、いつの間にか声が漏れていた。まるで少し子供のように泣きじゃくっていた。
すると、コンコンとドアをノックする音が響いた。私は涙を拭いながら、誰だろうとドアを開けると、肩で息をするバルサザールが立っていた。とても慌てて来たかのような様子で、服装はバスローブ姿、制服を腕にかけて持っていた。まるで着替える時間もなく急いできたかのようだった。
「バル…?」
彼は一瞬だけ私を見つめ、その後すぐに優しい表情で近づいてきた。
「ティアナ、どうして泣いているのですか?」
彼の声はいつもよりも優しく、心の底から心配しているように感じられた。
私は彼に抱きつき、再び涙を流し始めた。
「ごめん、ただ…色々と…」
バルサザールは私を抱き寄せながらも、部屋に押し入ってドアを閉めた。そして、私をしっかりと抱きしめ、頭を優しく撫でてくれた。その温かい手のひらに、心が少しずつほぐれていくのを感じた。
「ウルスウドラとラーカンが血相を変えて私のところまで呼びにきましたよ?」
「え!?…そっか。」
バルサザールの言葉に、最近遠く感じていた二人のことを思い出した。彼らが私を心配して駆けつけてくれたことに、胸の中に温かい気持ちが戻ってくるのを感じた。
――本当に、彼らは私を大切に思ってくれているんだ…。
私は少し顔を上げ、バルサザールの顔を見つめた。
私は少し顔を上げ、バルサザールの顔を見つめた。彼の優しい表情に、心がさらにほぐれていくのを感じた。バルサザールは私を抱き上げてベッドに優しく降ろし、その後ベッドの端に座った。
「何かありましたか?」彼は私の顔を覗き込んで尋ねた。
「違うの。バルの優しさが嬉しすぎて泣いちゃったの。」
「おや?私のせいでしたか?」彼は少し微笑んで言った。
「うん。さっき、侍女の人からセインタール公爵が部屋の前でずっと待ってたって聞かされて、バルはそれが分かってたから部屋に置いてくれてたんだなぁって。そう思ったら嬉しくて、涙が止まらなくなってたの。」
「全く…余計なことを…。」と呟きながら、バルサザールは軽く息をついて、私の髪を優しく撫でた。
「私は…アナタを愛してまだ日が浅いですから、そういった感情はよくわかりませんが…。」
「まだ根に持ってるの!?」
「フッ…フフッ…。いえ、よほど、私に陶酔しているようですね?」
「え…えっと。それは…その…。」
「よければアナタが眠りにつくまで側にいても?」
「うん。側にいて?」
「…っ!!今のは…反則です。」
彼は顔を赤くしながら、頭を少し抱えるようにしていた。
「へ?」
「全く。…そういえばこの世界が物語の中の世界と仰っていましたね?」
「うん。そうだよ。」
「私はどのように描かれていたのですか?」
「バルサザールは、物語の中で冷酷で狡猾な宰相として描かれてたかなぁ。常に笑みを絶やさず、さらっと悪いことしちゃうの。ヒロインの邪魔ばっかりしてた…かな?」
「そんな私をアナタは好きになったのですか?」バルサザールは疑問を抱きながらも、どこか嬉しそうに尋ねた。
「うん!ゲームの世界だから自分が物語の主人公になって話を進めていくんだけど、バルとの恋愛エンドがずっとみたくて、運営に…えっと、作者さんに何通もメール…じゃなかった手紙を書いたの!バルと恋愛がしたくて。」
「では、その願いはもう叶いましたね?」
「え…うん。そうだね。」
私はその言葉に顔が熱くなり、布団をかぶって顔を半分隠した。
バルサザールは優しく布団をどかし、私の頬に触れながら囁いた。
「なるほど、それで王女に憑依してから私のことばかり目で追っていたわけですね?」
彼の指先が頬に触れる度に、心臓がドキドキと早鐘を打つのを感じた。彼の優しい瞳が私を見つめ、その視線が逃げ場を奪う。
「うん、そうだよ…。」
「それなら、これからもずっと私を見つめていてください。」
バルサザールはそのまま顔を近づけ、再び深いキスをした。彼の唇の温もりが私の心に浸透し、全身に甘い感覚が広がった。
彼は私の髪を優しく撫で、深く見つめた。
「あなたが私のことをこんなにも愛してくれていること、正直、とても嬉しいです。ですが…これでは物語通り、私の操り人形のようですね?」
「な!?また不穏なことを…。」
バルサザールは軽く笑い、「日が浅いなりにも、アナタを愛していますよ。」と言いながら、私の頬に軽くキスをした。その瞬間、心臓が跳ね上がるのを感じた。
――一生言われるやつだ…。
私は彼の愛してるという言葉に嬉しくなり、再び顔を布団に埋めながら、彼の温もりを感じ続けた。
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