28.茶会の準備
朝食を終えた後、バルサザールはふと私の方に目を向け、冷静な表情で言った。
「行きますよ、王女殿下。」
私は彼の声に反応して立ち上がり、彼についていった。 広い廊下を歩く間、彼の背中を見ながらどこへ行くのか考えずにはいられなかった。
バルサザールは途中で一度足を止め、ポケットから小さな銀色の鍵を取り出した。それを私に手渡しながら、少し皮肉っぽい微笑みを浮かべた。
「これは私の部屋の合鍵です。寂しいと感じたら、泣く前に部屋にいらしてください。」
「え…?」
――あ、合鍵!?こ、これは!!!初体験!!!
彼の言葉に驚きと困惑が入り混じった。そんな私を見て、バルサザールはさらに一歩近づき、耳元で静かに囁いた。
「泣き顔は見たくありませんからね。」
その言葉に込められた曖昧で嫌味の効いたニュアンスを感じ取りながら、私は鍵をしっかりと握りしめた。彼の配慮とも、挑発とも取れる言葉に心が揺れ動いた。
――バルは素直じゃないなぁ。そういうところが好きなんだけど。
そして、彼は再び歩き出し、私もその後を追った。
到着したのは執務室だった。 バルの個人の部屋と変わらないほどに整然とした執務室。 書類や本が整然と並んでいた。
バルサザールはゆっくりと椅子に腰掛け、その優雅な動作に一瞬見とれてしまった。
「さて、昼食までの時間を使って、茶会の詳細を相談しましょう。」
バルサザールは私に向けて穏やかに微笑んだ。
私は彼の隣に座り、彼の顔を見上げた。 彼の瞳はいつもの冷淡なものではなく、優しい光をたたえていた。 その変化に心が温かくなり、微笑み返す。
バルサザールは机の上にある今年の貴族図鑑を手に取り、私に渡した。
「それを見ながら、ある程度のリストを作成してみてください。」
私は驚いてその分厚い本を受け取り、「えぇ!?」と声を上げてしまった。 図鑑を開いてみると、バルサザールが派閥ごとにマークのようなものを付けていることに気づいた。
「付箋があればいいのにね。あと色ペンとか。」
「ふむ…。 それはどういったものでしょうか?」
――そうか、ここは一応中世が舞台だから、そういうものは存在しないのかな?
「えっと、付箋は小さな紙片で、糊がついていて本に貼ったり剥がしたりできるの。色ペンは、インクが色付きのペンで、文字や図に色を付けるために使うのよ。」
バルサザールは興味深そうに頷きながら、「なるほど。便利そうですね。 私たちの世界にはまだ存在しませんが、工夫次第で似たようなものを作れるかもしれませんね。」 と答えた。
「例えば、ここにある紙片を細かく切り取って、端に糊を付けて仮の付箋として使ってみましょうか。そして、インクを少しだけ色を変える方法を考えてみましょう。」
私は彼の提案に感心し、「さすがバル、賢いわね」と褒めると、彼は微笑んで「あなたのためなら何でも考えますよ。」と答えた。
二人で協力しながら仮の付箋を作り、図鑑のページに付箋をつけていった。 バルサザールの細かい配慮と共に、少しずつリストが形になっていく。
「これで少しは作業が楽になるかしら?」
バルサザールは満足そうに頷いた。
「えぇ、かなり効率的ですね。あなたの発想が役に立ちました。」
――バルと一緒にいると、本当に心強いな。
「色付きインクとやらはスティグルにでも頼んでみましょうか。 それと紙に貼っても、剥がそうと思えば剥がれる粘着糊ですね。」
「薬じゃないけど大丈夫なの?」
「彼なら問題ありませんよ。」バルサザールは机の上の書類に目を通しながら答えた。
しばらくすると、リストが出来上がり、私はそれをバルサザールに見せた。 彼は一つ一つの名前と派閥のマークを確認しながら、書類にペンを走らせ続けていた。 真剣な表情でリストを見ていたが、時折書類にも視線を落としている。
「ふむ、よくできていますね、ティアナ。ただ、派閥が違う令嬢の数を平等にしないと、茶会の席で喧嘩になるかもしれません。 ここをもう少し調整する必要がありますね。」
バルサザールは書類にサインをしながら、片手でリストを指し示した。
「なるほど…。 確かに。」
「そうです。派閥間のバランスを保つことが大事ですからね。」 彼は次の書類に目を移しながら、さらにリストを見続けた。
私は彼の指摘に頷き、リストの調整を始めた。 バルサザールは私の手元を見ながらも、片手で書類を整理し続けた。
「例えば、こちらの派閥からもう一人追加して、この派閥からは一人減らすと良いでしょう。そうすれば、バランスが取れます。」
彼は指で示しながら、もう一方の手でペンを動かしていた。
――バル…仕事してる時カッコ良すぎない!?これ早く誰かに共感してもらいたい!!どうしてバルサザールを実装しなかったの運営さん!!!どうみてもインテリ枠の攻略キャラクターでしょ!!
「分かった。ありがとう。」
私は彼の助言を参考にしながら、リストを修正した。
「ふむ。完璧です。これでリストは完成しましたね。」
彼は書類を閉じて一息つきながら微笑んだ。
バルサザールは机の引き出しから厚い冊子を取り出し、それをぱらぱらとめくりながら私のスケジュールを確認し始めた。 彼の指が滑らかにページをめくり、真剣な表情で最適な日取りを探している様子に見とれた。
「さて、この日が良さそうですね。 重要な会議もなく、各派閥の令嬢たちも参加できるでしょう。」
彼は日取りを指し示しながら、再び引き出しを開けて、可愛らしい便箋と封筒を取り出した。 淡いピンク色の便箋に繊細なレース模様が施され、封筒も同様に美しく装飾されていた。 それらを私に手渡すと、バルサザールの微笑みがさらに深くなった。
「これで招待状を作成し、各令嬢に送りましょう。 あなたの美しい筆跡で、心のこもった招待状を送ることが大切です。」
私はその便箋と封筒を受け取りながら、心の中で溜め息をついた。 大量の課題を与えられたような気分で、まるで学生時代のテスト前夜のような緊張感が胸に広がった。
――これ、全部書かなきゃいけないの? バル、あなた本当に容赦ないわ…。
「バル、これって結構な量になるわよね…。 手伝ってくれる?」
彼は微笑みながら首を振った。
「これは王女殿下としてのあなたの務めです。全て自分の手で書くことで、招待される令嬢たちに対する敬意を示すことができます。 頑張ってくださいね、ティアナ。」
――鬼だ!!
「わかりました… やります。」
バルサザールは頷き、優しく私の肩を叩いた。
「頑張ってください。あなたならきっと素晴らしい招待状を書くことができますよ。」
彼は再び書類に目を通し始め、私は便箋に向かい、ひとつひとつ心を込めて招待状を書き始めた。
しばらくすると、昼食が部屋に運ばれてきた。 大きな銀のトレイには、美しく盛り付けられた料理が並んでいた。 バルサザールは手元の作業を一旦止め、私に優しく声をかけた。
「さて、ティアナ、手を止めてこちらへどうぞ。」
彼は私の手を引いて、部屋の中央にある大きなソファーに導いた。 私がソファーに座ると、彼もその隣に腰を下ろし、食事の準備を始めた。 目の前には温かいスープや新鮮なサラダ、そしてメインディッシュが並び、部屋中に美味しそうな香りが広がった。
「いただきます。」私たちは一緒に食事を始めた。
バルサザールはフォークを手に取り、丁寧に料理を口に運んでいた。 私は彼の優雅な動作に見とれてしまった。
――あぁ、推しがご飯を食べている…。最高か?
バルサザールは私の視線に気づいたようで、軽く笑みを浮かべた。 彼は一口分の料理をフォークに取ると、私の口元に差し出した。
「どうぞ、ティアナ。」
――違う、そうじゃないけど嬉しい。
少し恥ずかしさを感じながらも、私はそのフォークを受け入れ、彼が差し出す料理を口に運んだ。 温かくて美味しい味が口の中に広がり、心まで満たされる気がした。
「美味しいね…。」
「あなたがそう言ってくれると嬉しいです。食事は誰と一緒にするかで、味も変わるものですから。」
彼の言葉に胸が温かくなった。 食事を終えると、私たちは再び書類作業に戻ったが、心の中にはこの穏やかなひとときの記憶がずっと残り続けた。
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