14.進軍の阻止
三日後、事件が起こった。その日は静かな朝から始まったが、私の平穏な日常は一瞬で打ち破られた。
ウルスウドラが血相を変えて駆け込んできた。
「ティアナ、大変だ!ミハエルが公爵家の軍を従えてシュエット王国に進軍している!」
その言葉に、私は一瞬凍りついた。ミハエルの行動がここまで早まるとは思ってもみなかった。心臓が激しく鼓動し、焦りと不安が胸に押し寄せてきた。
――あの馬鹿!!どうしてこんなことを…。私がやろうと思ってたのに!!!
「すぐにスティグルのところへ行かなくちゃ!」
私は急いで薬剤室へ向かった。ドラもすぐに追いかけてきた。
薬剤室に到着すると、スティグルが驚いた表情で私を迎えた。
「どうしたのですか、殿下?」
「スティグル、緊急事態よ!ミハエルが公爵家の軍を従えてシュエット王国に向かっているの!」
スティグルは一瞬考え込んだ後、迅速に動き始めた。棚から小さな薬瓶を取り出し、それを私に手渡した。私は彼の指示に従い、剣を取り出してその薬を慎重に塗り込んだ。スティグルの顔には緊張の色が浮かんでいた。
「気をつけて、殿下。」スティグルは低い声で言った。
「ありがとう、スティグル。行ってくるわ!」
私は剣をしっかりと握りしめ、馬小屋へと駆け込んだ。馬に素早く鞍を装着し、急いで馬に乗り込んだ。
「殿下、私も行く!」ラーカンが駆け寄ってきた。その背後にはウルスウドラもいた。
「ありがとう、二人とも。」私は感謝の言葉を口にしながら、馬の腹を軽く叩いて出発した。ラーカンとウルスウドラもすぐに馬に乗り、私の後を追った。
風が私の顔を撫で、馬の足音が地面を叩くリズムが耳に響いた。冷たい風が頬を切り、髪が激しくなびく。その感覚が私の心臓の鼓動と重なり、全身が緊張感に包まれていく。前方には遠くに見えるシュエット王国の城がぼんやりと浮かび上がり、その手前にミハエルの軍勢が見え始めた。
心の中では焦りと不安が交錯し、頭の中には様々な思いが駆け巡った。もしも間に合わなかったら、もしも彼を止められなかったら…。だが、今はただミハエルを止めることだけを考えた。彼を止めなければ、もっと大きな悲劇が待っている。
ラーカンとウルスウドラが背後から迫ってくる馬の足音を感じながら、私の心はますます決意を固めた。
馬の速度が増し、地面を駆け抜ける感覚が私の全身を震わせた。前方にはミハエルの軍勢が見え始めた。
――流石公爵家ね…。なんて数なの!?
しかし、今は恐れを感じている暇はない。私は剣を握りしめ、全身の力を込めて馬を駆けさせた。
ミハエルの軍勢が近づくにつれ、兵士たちの声や武器の音が次第に大きくなってきた。私は深呼吸をし、心を落ち着かせるように努めた。全てがこの瞬間にかかっているのだ。
視線を前方に戻した。ミハエルの姿が見える。彼は軍勢の中央に立ち、冷静な表情で指揮を執っている。その姿を見た瞬間、私の心に怒りと悲しみが湧き上がった。
「ミハエル!」
私は彼に向かって叫び、馬を止めた。彼の視線がこちらに向き、驚いた表情を浮かべた。
「ティアナ…?」ミハエルが呟いた。
「これ以上進むのはやめて!」
私の叫び声に、ミハエルが振り向いた。その瞬間、彼の目に驚きと戸惑いが浮かんだ。彼は一瞬ためらったが、すぐに冷静さを取り戻し、声を張り上げた。
「こんなところへ来ては危ない。今すぐ帰るんだ。」
「ミハエル!!私との未来を考えてくれるなら、尚更帰るべきだわ。この先のことは私がやる。」
その言葉に、後ろに控えていたウルスウドラとラーカンは驚き、激しく抗議した。
「何を言っているのですか!?ミハエルを止めるだけではなかったのですか!?」
ラーカンが私の側に駆け寄り、焦った表情で私を見つめた。
ウルスウドラも同様に驚いた表情を浮かべながら、一歩前に出た。
「ティアナ、君は一体何を考えているんだ?こんな危険な場所で、一人で何をするつもりなんだ?」
私は二人の抗議を受け止めながらも、決意を固めてミハエルを見つめ続けた。
「ミハエル、私の言葉を信じて。私がこの事態を収拾する。」
「だめだ。君の手を汚すわけにはいかないんだ。」
「ミハエル…。」
私はドラをチラリと見た。彼は静かに頷き、私の意図を理解していることを示した。
「さぁ。帰るんだ。」
ミハエルは私に優しく言ったが、その瞳には強い意志が宿っていた。
「そんな調子でどうするの?私と夫婦になりたいのなら、私の気持ちを優先すべきじゃないの?」
「これを優先しなければ夫婦になれないんだ。」
ミハエルの言葉に、私は一瞬言葉を失った。
――た、確かにーー!!今は正論パンチを食らってる場合じゃないわ。
「その手柄を私にたてさせてほしいの!未来を背負う者として!!」
「それは僕がたてても同じじゃないか?」
――た、確かにー!!
隣でラーカンは必死に笑いをこらえていた。彼の口元が微かに震えているのが見えた。
「わ、分かったわ!!行くのを許すから、私にキスをしなさい!!そうすれば許すわ!!」
私は思わず叫んでしまった。
ミハエルの目が驚きに見開かれた。
「ティアナ…それは…」
「キスしなさい!」
私はさらに強く言った。心の中では、この状況をどうにか切り抜けるための必死の策だった。
ミハエルは一瞬ためらったが、私の真剣な表情を見て決意を固めたようだった。彼はゆっくりと馬から降り、私の方に歩み寄った。その動作は慎重で、まるで時間がゆっくりと流れているかのように感じられた。彼のブーツが地面に触れるたびに、小さな砂埃が舞い上がるのが見えた。
私は馬を降りて、彼を待つ。心臓が高鳴り、緊張が全身を包み込んでいた。ミハエルの姿が近づくにつれて、その緊張はさらに高まっていった。彼の私を見つめる目は真剣だった。
ミハエルが私の前に立つと、私の手を取り、ゆっくりと引き寄せた。彼の手は温かく、その温もりが私の緊張を少しだけ和らげた。彼の指が私の顎に触れ、優しく持ち上げると、私は自然と目を閉じた。
彼の顔が近づいてくるのを感じ、心臓の鼓動が耳元で響いているように思えた。彼の息遣いが肌に触れ、微かな香りが漂ってきた。彼の唇が私に触れる寸前、全ての感覚が鋭くなり、時間が止まったように感じた。
その瞬間、ウルスウドラが素早く動いた。彼は一瞬の隙を見逃さず、睡眠薬を塗った剣を巧妙に使い、ミハエルの肩を軽く傷つけた。ミハエルは驚いた表情を浮かべ、少し後ずさりした。
「ティアナ…」
彼の声はかすかに震えていたが、次第に力を失い、意識が遠のいていった。彼の体が崩れるように地面に倒れ込み、静かに眠りについた。
私はウルスウドラに目を向けた。彼の顔には冷静さが戻っており、任務を遂行した満足感がわずかに見えた。
「ドラ、ありがとう…。」
私は小さな声で感謝の言葉を述べた。心の中では、彼の迅速な対応に感謝しつつも、ミハエルに対する罪悪感が渦巻いていた。
ウルスウドラは剣を収め、私の方を見つめた。
「ティアナ、軍はどうする?」
「問題無いわ。私、王女だもん。」
私は深呼吸してから、軍に向かって声を張り上げた。
「皆さん、私の命令です。今すぐこの場を引き払い、元の配置に戻りなさい!」
私の声は冷静かつ力強く響いた。兵士たちは一瞬戸惑ったように見えたが、私の決意が伝わったのか、すぐに動き始めた。指揮官たちはそれぞれの部隊に向かって指示を出し、兵士たちは整然と隊列を組み直した。彼らの鎧がかすかに音を立てながら、一糸乱れぬ動きでその場を離れていく様子は圧巻だった。
「それと、ミハエルを連れて帰る準備を整えてください。彼を王宮まで送り届け、スティグルの元へ連れて行くように。」
私の命令を受けた兵士たちは、すぐにミハエルの体を慎重に担ぎ上げ始めた。彼の無意識の体を乱暴に扱わないように、丁寧に布で包み、馬に乗せるための準備を整えた。ミハエルの体が重そうに見える中、兵士たちは連携を取ってその作業を進めていた。
ウルスウドラは冷静にその様子を見守っていた。彼の目は鋭く、兵士たちの動きを一つ一つ確認していた。私の指示が的確に実行されるように、彼は細かく指示を出していた。彼の存在が兵士たちに安心感を与えているようだった。
兵士の一人が私の方に向かってきて、敬礼をしながら報告してきた。
「王女殿下、ミハエル様の輸送の準備が整いました。」
「ありがとう。丁寧に扱ってください。」私はその兵士に微笑みかけた。
その間、ウルスウドラは兵士たちに目配せしながら、ミハエルの輸送が無事に行われるように最終確認をしていた。彼の鋭い目つきと冷静な態度が、兵士たちに信頼感を与えているのがわかった。
「これで大丈夫だ。」ウルスウドラは私の方に振り返り、真剣な表情で言った。
「ありがとう、ドラ。あなたがいてくれて本当に助かったわ。」
ウルスウドラは微かに笑みを浮かべ、少し首をかしげながら答えた。
「今のティアナは少し…可愛げが増した気がするよ。」
その様子を見ていたラーカンも苦笑しながら言葉を添えた。
「ええ、殿下。少し無鉄砲になった気もしますが…その、愛嬌がありますね。」
――こいつら、つまり私に馬鹿っていいたいのかしら…。
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