98.前座
扉の先は、案の定広い空間だった。
パララメイヤと二人で攻略したダンジョンを彷彿とさせる。
違ったのは、広間の中央に座する生き物だ。
ドラゴンなのか、恐竜なのかは極めて微妙だ。
飛べないくらいに退化した翼に全身を覆う緑色の鱗。
巨大な爬虫類らしきその容貌はまさしくファンタジーの怪物だ。
それが今は頭をたれて眠っているように見える。
幻影竜
HP2844/2844
不自然なHPだった。探索最後のボスにしては少なすぎるように思える。
これはなにか面倒なギミックか、第二形態以降が存在するに違いない。
YUKINA-RES:絶対なにかあるってHPしとるなぁ。
アラタはパーティの緊張が高まっているのを感じた。
ARATA-RES:まあ、とりあえず行きますか。
アラタは歩いて近づいた。
幻影竜はまだ反応しない。
アラタはそのまま歩を進め、あと十歩といったところで幻影竜は頭をもたげた。
そこからアラタは走り出した。
右手で印を結び、そのまま指を銃の形に構える。
「雷神」
雷撃を浴びた幻影竜が咆哮を上げ、そこから戦闘は始まった。
結論から言ってしまえば、苦戦することはなかった。
幻影竜の基本的なギミックはダメージが通るタイミングが限られている、というところだ。
近接と遠隔、それぞれしか対応できない幻影の小竜を出し、その間だけ幻影竜本体が実体化する。
つまり近接が対近接の小竜を処理している間に遠隔が攻撃、対遠隔の小竜が出現している時はその逆、といった戦いを繰り返すわけだ。
その性質上、DPSチェックがかなり厳しく設定されているのだろう。
経験することはなかったが、おそらくは時間内に削りきれなければ全滅するような大技を使ってきたことには賭けをしてもいい。
そんな大技は、アラタたちには縁がなかったが。
ビルドの暴力が火を吹いていた。
ダメージが通るタイミングで個々が大火力を出し、幻影竜のHPは驚くべき速度で減っていった。
逆に幻影竜側の攻撃に厳しいものはなく、最後のボスを疑うような有り様だった。
連携もギミックの処理も完璧で、ボス側が気の毒になるほど一方的であった。
MEILI-RES:最後はアラタにあげる。
メイリィがスキルの一撃で、象ほどの巨体がある幻影竜を吹き飛ばしていた。
巨体が転がり、アラタがそこへ全力で突っ込んだ。
止まる前提ではなく、完全に激突する勢いと速度で。
ARATA-RES:では、ズドンでいかせてもらいます。
剣撃を中心に攻撃していたので、まだ十分なMPがあった。
それを全て乗せた。
幻影竜への最後の一歩。
アラタの踏み込みが石造りの地面を穿ち、そこからヒビが走った。
速度、タイミング、力の流れ、全てが完璧だった。
右足の踏み込みに合わせて、体ごと右肩からぶつけた。
――――八重桜。
アラタと幻影竜が激突した。
幻影竜の巨躯が、冗談のように吹き飛んだ。
アラタはその場で地を踏みしめて停止している。
ニュートンのゆりかごじみたその挙動は、見ている側からすれば相当なインパクトがあったのだろう。
ユキナとパララメイヤから驚きのイメージだけの念信が飛んできた。
それでトドメだ。
幻影竜の体が光の粒子となって消えていく。
光の粒子が動き出してアラタたちの元へと飛んでくる。
アラタは一瞬だけ緊張した。
もしこれで試練への条件となるボスではなかった場合、かなり面倒なことになる。
そんなアラタの心配をよそに、光の粒子はアラタの右目へと吸い込まれていった。
PARALLAMENYA-RES:これで終わりですか?
ARATA-RES:だと思いますよ。経験値が入ってますし。
パララメイヤの不安もわからないでもなかった。
それほどに、勝負はあっさりと決した。
今までで一番楽なボスだったと言って差し支えない。
一行は集合してから、広間の奥にあった部屋から階段を登った。
「たぶん、削りが早すぎていくつもフェーズが飛んでたんだと思いますよ。探索最後のボスにしては厄介なことをほとんどしてきませんでしたし」
「まあウチらはカンストしとるからな。装備も完璧に近いし、これってかなり下手なプレイヤーでもなんとか勝てるか普通に勝てるって水準やろ?」
「ちょっと拍子抜けだけどね。つまんなかったし」
「楽勝にこしたことはないですよ。おかげで僕の試練への条件とやらもクリアされたはずですし」
アラタが言うと、パララメイヤがアラタの瞳を覗き込んできた。
「本当に六芒星の形になってますね。変化は感じますか? それかステータス上で何か変わってるとか」
一応チェックしてみるが、ステータス上でも特に変化は見られなかった。
「今のところ何もですね。たぶん、エデン人からなにか接触があるのでは。自分で探すとなると面倒ですけどね」
楽勝だったのはいいが、アラタにとってはこれはあくまで前座なのだ。
星の試練。あのエデン人が用意した何かだ。それが簡単というはずはあるまい。
そしてそれをクリアしなければアラタはログアウトできないのだ。
残りはあと三日。
未だに現実のことだとは思えない。
ログアウトできないままメンテナンスに入ればアラタは消えてしまうかもしれない。
理屈ではわかっていても、自分にそんな危機が訪れているということを本能的には感じられていないのだ。
危機感も焦燥感もなく、ただ進んでいるという感覚がある。
良くない気はした。
それでも、そう感じてしまうのだから仕方がないのかもしれないが。
三層からの階段は、かなりの長さだった。
一行は一直線に伸びる階段を登っていき、次第に外からの光が覗き込むのが見えてきていた。
四層はなく、これでダンジョンは終わりらしい。
外に出て最初に感じたのは風だ。
陽の光を浴び、全身を風が舐めていた。
そうしてそこから見える景色は、絶景だった。
出口は巨岩の端近くにあり、シュトルハイムの街が一望できた。
それどころか、遠くにある街まで見えていた。
アラタたちが辿ったのとは別ルートのまだ見ぬ街だ。
2ndフェーズになったらこういった街に行けるようにするのもやるべきことの一つなのだろう。
アラタが2ndフェーズをやるかはわからないが。
「絶景やなーーーー!! しかもこのミラーじゃこんな光景見てるのウチらだけなんちゃう? めっちゃ気分ええわ!!」
ユキナが上機嫌で耳を動かしていた。
四人はしばらく、眼下の風景を眺めていた。
確かにこれだけの景色を独占できるというのは、それなりに気分が高揚することではあった。
風は涼しく、太陽は温かい。
そこでいきなり、メイリィが草地に寝転んだ。
「なにしてるんですか?」
「きもちいから昼寝でもしようかと思って」
「いいですね、それ!」
パララメイヤが弾むように言って、それからメイリィの横へと寝転ぶ。
「本当に寝るつもりですか?」
「まあええんちゃう?」
ユキナまでが寝転んだ。
「アラタは寝ないの?」
三人が寝転びながらアラタを見ていた。
その視線はどこか期待に満ちていて、僕は遠慮しておきますとは言い難いものがあった。
「わかりましたよ……」
観念してアラタも横になった。
草の感触に緑の匂いが鼻をくすぐった。
降り注ぐ太陽の日差しが温かい。アルカディア内の下手な宿よりもよほど寝心地が良かった。
考えなければならないことは山程あるのだが、今は何も考えないことに決めた。
三人の話し声を意識の端で聞きながら、アラタはいつの間にか眠りに落ちていた。




