95.攻略開始
最後の街に至るためのダンジョンは、デザイアマウンテンという。
デザイアマウンテンはもちろん、シュトルハイムの中央にある山じみた大岩の名前だ。
このダンジョンは、今までとは違ったベクトルで趣が異なる。
何が違うかと言えば、それは攻略にかかる時間だ。
今までのダンジョンは、長くとも二時間程度で踏破することができた。
それに比べて、デザイアマウンテンの踏破にかかる時間はおおよそ三日だ。
これはNPCからの情報なので正確とは言えないが、数日をかけて踏破する規模のダンジョンなのは間違いないだろう。
メンテナンス開始まで残り五日。
このダンジョンに三日をかけるとしたら本当にギリギリの時間だ。
アラタたちは、デザイアマウンテンの入口まで来ていた。
デザイアマウンテンの見た目は途方もない大きさの大岩である。
そんな大岩を普通の山のように外壁を登るというわけにはいかない。
ではどう登るかというと、大岩の内部構造がダンジョンになっているのだ。
その構造は、まさしく迷宮という名にふさわしいものらしい。
「みんな、準備はええかな?」
ユキナが言う。
攻略メンバーであるアラタ、パララメイヤ、メイリィがそれぞれ頷いた。
「アラタ、ちゃんと余分に食料とか持った?」
「持ちましたよ、空腹で過ごしたくはありませんからね」
どういう気遣いかと言えば、ログインできないことに由来する。
ダンジョン攻略に三日程度かかるという性質上、当然食事睡眠が挟まることになる。
通常のダンジョン内では戦闘中扱いとなりログアウトできないが、NPCからのヒントによると休憩できる場所があるそうなのだ。
おそらくだが、普通のプレイヤーならばそこでログアウトできるのだろう。
普通のプレイヤーなら、だが。
アラタはそのために他のメンバーよりも多くの食料をインベントリに確保していた。
「そかそか。じゃあ行こか」
入口近くまでは、そのままシュトルハイムの街だ。
その岩壁にぽっかりと空いた大穴が即ダンジョンに繋がっている。
ダンジョンに踏み込んでも、しばらく敵との遭遇はなかった。
洞窟内のような道でいくつもの分岐点はあるが、今のところは平穏そのものに見える。
「しかしこんなダンジョンの上に街があるって、物の流通とかどうなってるんでしょうね」
雑なゲームにありがちなツッコミどころではある。
アラタはそういうつもりで言ったのだが、パララメイヤがちょっと呆れたような目でアラタを見ていた。
「アラタさん、もしかしてNPCの話をほとんど聞いてませんか?」
「攻略に関係ありそうな話は聞いてるつもりです」
「上の街、アヴァロニアへはNPCもポータルを使って移動してるそうですよ」
「それならなんで僕らは苦労してダンジョン経由で?」
「上のお姫様に認めてもらうんでしょ?」
メイリィだった。
「なにその顔?」
「いや、メイリィが知ってるとは思わなかったので」
「アタシもアラタが知らないとは思わなかったわ」
「メイリィさんの言う通りで、デザイアマウンテンを踏破してアヴァロニアの女王様に認めてもらうのが一つの目的だからです」
「なぜ認めてもらう必要があるんですか?」
「なぜって、わたしたちの一応の目的が冒険者として大成することだからですよ」
「ええと、それはつまりプレイヤーの設定上の目的という意味で?」
「アラタ、まさかそんなんことも知らんで遊んでたんか?」
「僕がそんなに情熱的な人間だったなんて、たった今知りましたよ」
「そこまでストーリーに興味ないの、アタシでもちょっと引くけど」
メイリィが本当に引いてるような目でアラタを見ていた。
そこでちょうど最初の敵と遭遇した。
「無駄話はやめましょう。敵です」
「アラタに都合のいい敵やなぁ」
戦闘が始まった。
敵の編成はキャスターと、それが使役するスケルトンが二体という構成だった。
しかし雑魚敵は雑魚敵で、なんの苦戦もなく一蹴することができた。
瞬殺だ。やはり今のレベルと装備がオーバーパワーというのは間違ってなさそうだった。
「しっかしこうなると歩くのがしんどいなぁ。アバターじゃなかったら死んでるわ」
デザイアマウンテンの一層目は、ひたすらに洞窟のような道であった。
道が幾重にも分かれ、ミニマップがあっても迷いそうな構造に見えた。
「なんでいきなりこんな大きなダンジョンやらせるのかしらね? 探索上最後のダンジョンって言ってもやりすぎな気がするけど」
「それはたぶん、3rdフェーズのエンドコンテンツへの導入なんじゃないですかね?」
「ああ、大迷宮ってやつ?」
アルカディアの3rdフェーズにあるエンドコンテンツは二つ。
一つは各階に強力なボスがいる塔を登るという、ひたすらボスと戦うもの。
そしてもう一つは踏破に何日もかかるようなダンジョンを攻略するというものだ。
これら二つの形式のエンドコンテンツが月替りで更新されていく、というのは事前のロードマップで公開されていた。
「それです。デザイアマウンテンのようなダンジョン、と指標があれば挑戦する基準になりますしね」
「そういう話は知ってるんですね」
「攻略に関わる話ですから」
そんな具合で、探索の最終ダンジョンとは思えない緩い雰囲気で攻略は進んでいった。
一層の仕掛けは宝珠探しだった。一層の最奥には大きな門があり、そこを通るには四つの宝珠を探さなければならない、というものだ。
アラタたちは道中で一個宝珠を見つけていたが、残りの三つは戻って探すことになった。
そうして探し終わる頃にはすっかり夜だった。
ダンジョン内なので感覚が鈍るが、時間を確認すると既に十九時をまわっていた。
「これで開くと思うんですが……」
門にある四つの穴にパララメイヤが宝珠をはめると、門は厳かに開いた。
門の先には上への階段と、野営地らしき跡があった。
「なるほど、ここでログアウトできるんやな」
野営地跡はダンジョン内でありながら非戦闘場所として扱われているようだった。
ここまでで突入してから十時間。休憩場所として用意するには遠すぎるかもしれないが、あるだけマシとも言える。
「それじゃあ今日はここらへんで終わりにしておきますか。一層も終わりましたし、この調子だと次の休憩場所も相当遠そうですしね」
「せやんね、ウチもそれがいいと思うわ」
「みなさんはログアウトしてゆっくり休んでくださいね」
「ちょっとイヤミっぽくない?」
「スターシーカージョークですよ」
「面白くないけど。まあ寂しくなったら呼んでくれていいわよ」
「バカ言わないでください」
こうしてダンジョン攻略一日目は終了となった。
三人がログアウトして、アラタは野営地に一人取り残される。
開けた場所に焚き火の跡があり、その周囲には座るのにちょうど良さそうな石が四つ配置されていた。
アラタはそのひとつに腰をかけ、焚き火に火をつけてみた。
ダンジョン内は十分に明るいので火をつける必要などないのだが、雰囲気を味合うのも悪くはない。
焚き火の火を眺めながら、アラタは考える。
メンテナンスまであと五日。
その期間でこのダンジョンを踏破して、さらに試練とやらまでこなさなければならない。
そうできなければ――――
考えないようにしていたが、こうして暇な時間ができると嫌でも意識してしまう。
考えるのをやめるためにアラタは動いた。
インベントリから野営用のセットを出す。
シュトルハイムに売っていたので買ってみたが、それはどう考えても三枚の布でしかなかった。
地面に敷くと思しき布、掛け布団として使うであろう布、丸めれば枕として使えそうな布。
ないよりはマシかもしれないが、げんなりせずにはいられない。
早くログアウトして個人領域の布団の中で気分良く寝たいという気持ちが強まる。
一人ではやることもないので早めに寝ようとしたその時、アラタの近くにプレイヤーがログインした時に起こる、空間の歪みが発生した。




