9.預かり知らぬところで
太古の昔から、文字は受け継がれ続けている。
それは、人がデータ上で暮らすようになった今でも変わらない。
シャンバラ上のフォーラムには、文字だけでやり取りする場所がある。
大昔で言うところの、掲示板と全く同じものだと考えていい。
利用者はそう多くないが、好んでこういったフォーラムに顔を出す連中は、常に一定数いる。
中でもゲーム好きな連中は、特にこの掲示板を好む傾向が強い。
アルカディアのサービスが始まって当日の昼過ぎに、アルカディアの雑談トピックに、ある書き込みがされた。
0414 メイリィ・メイリィ・ウォープルーフ✓
2796/01/29 15:39:58.07
いきなりやられちゃった♪
デイサバイバーってマルチゲーもやるんだね。
ところで、星を追うものって理念について誰か知らない?
メイリィは、有名なプレイヤーである。
自らの肉体を使わないマスカレイド方式の遊戯領域では常に最上位に君臨するプレイヤーだ。
だいたいのゲームにおいて好んで対人戦を行い、メイリィを嫌うものは非常に多い。
だが、その腕は折り紙付きだ。近接戦闘の、しかもロマンを求めるタイプの戦い方では右に出るものはそうはいない。
その戦闘スタイルと容姿から、嫌う者と同じくらい信者もいる。
この書き込みについての意見の大半は、メイリィが返り討ちにあってざまを見ろと喜ぶ者と、メイリィを倒した相手にブチギレる信者で埋め尽くされた。
しかし少数ではあるが、中にはその書き込みに含まれた情報に興味を示す者もいた。
0477 UNKNOWN53878999654
2796/01/29 15:55:21.59
>>0414
公式で発表された理念にそのようなものはありません。
冗談ではないのですか?
或いはこういったものもあった。
0511 UNKNOWN047753485657
2796/01/29 16:06:78.03
>>0414
デイサバイバーってあのデイサバイバー?
INFINITY WARの?
他にもこの書き込みに、有名プレイヤーのポカ以上の情報を感じる者は幾人もいた。
結局、メイリィがこれ以上何も書き込まなかったことで、このトピックはアンチと信者の小競り合いで流れてしまったが。
この何気ない書き込みから、アラタ・トカシキ・スターシーカーは注目を浴びることになる。
もちろん、アラタ本人はそんなことは知りもしない。
なぜならログアウトができないのだから。
***
フューレン・トラオムは暗闇の中を歩いていた。
視覚が補正をかけ、ギリギリながらも自らがいる場所が見える。
真っ暗な聖堂、とでも言うべき個人領域。
フューレンはその個人領域の主に伝えに来たのだ。
聖堂の奥に進むと、地面にはうっすらと紫に光る魔法陣があった。
何度来ても冗談めいた場所だ、とフューレンは思う。
ここは何かを模した領域ではなく、個人の領域である。
つまり、この魔法陣には何の意味もない。
何かを召喚したりなどしないし、この陣に踏み込んだからといって特殊な力が備わったりはしない。
その魔法陣自体の効果は、単なるインテリア以外のなにものでもない。
ただ、連絡は取れる。
フューレンの主は、ここからの通信にしか答えない。
フューレンは魔法陣の中に入り込み、念信を繋いだ。
7マイクロ秒の間を経て、念信が繋がる気配。
FUHLEN-RES:フォーラムの書き込みを見ましたか? メイリィ・メイリィ・ウォープルーフの:FENA
返事には、しばらく間があった。
豸医∴繧?¥閠-RES: :FSPR
エントリーが文字化けしていた。もしかしたら言葉も乗っていたのかもしれないが、表示はされなかった。
その念信から、笑った雰囲気だけが伝わってくる。
FUHLEN-RES:ご存知なのですね。アラタ・トカシキが脚光を浴びて満足ですか?
再びの間。
豸医∴繧?¥閠-RES:それはこれからだ。ご苦労だったよ、フューレン。:FSPR
次のレスには、言葉が乗っていた。
それきり、闇は沈黙する。
魔法陣から紫色の光が消え去り、聖堂のような場所に暗闇とフューレンだけが残った。
***
ところでアラタ・トカシキが今何をしているかといえば食堂でしょんぼりとしていた。
場所はアルパの街の、冒険者ギルドの食堂だ。
この手の遊戯領域はリアリティの追求のためか、それとも職人による料理の価値を高めるためか、NPCが出す食事にはお粗末なものが多い。
ここ、アルカディアでもその例に漏れることはなかった。
アラタは出された食事を、本当に辛そうに口にしている。
なんかどれもパサパサしてるし、味もとっても薄い。
今すぐ自分の領域に帰ってBeginner visionの曲を爆音で流しながら伸びたカップラーメンが食べたい。
そう思っても、相変わらずログアウトはできないのだけれど。
このあとには宿探しまでしなくてはならない。
苦境を胸に、アラタは改めて誓うのだった。
あの老人は絶対に泣かす、と。