表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/202

89.予告ホームラン


「覚悟しろ? いったい何を覚悟しろというのだ?」


 魔道士が言う。

 プレイヤーだったならば言い返していると断定できるが、NPCの場合は何を覚悟しろと言っているのか本当に理解できていない場合もある。

 アラタはどちらだろうかと思ったが、魔道士の表情を見てすぐにわかった。


 魔道士の口元が挑戦的に笑っている。

 顔中が包帯で包まれ、目と口しか見えていないというのに表情が豊富なやつだと思う。

 いいだろう、NPCとこういったやりとりをするのも、遊戯領域の一つの遊び方だ。


「わかりませんか? では、これからなにをするか説明してあげますよ」

「説明だと? なんのつもりだ?」


 アラタは祭壇を登る足を一旦止めた。


「そうですね。お礼といったところでしょうか」

「礼?」

「そうです」

「なんの礼だ」

「色々と教えてくれたことに対して、ですかね」


 魔道士の目から困惑が見て取れる。


「あなたは何かをするたびに、演劇じみた大仰な台詞でこれから何をするか教えてくれました」


 魔道士は無言。アラタの言葉を噛み砕いているのかもしれない。


「だから僕も、これからあなたにすることを宣言しようと思います。予告ホームランってやつですよ」


 魔道士の感情は読めない。

 祭壇上からアラタを見下ろしているままだが、まだ攻撃をしかけてこないあたりから、話を聞こうというつもりはあるのかもしれない。


「またネスティブ教徒の戯言か」

「自由に受け取ってくれてかまいませんが、僕は本当のことを告げるつもりです」


 アラタは魔道士の赤い瞳を見据えた。

 もしアラタが魔道士の立場だったら無言で魔眼とやらを使うが、この魔道士はそんなことをしないだろう確信があった。


「僕は、今から、あなたに一直線で近づいて、その心臓に必殺の一撃を叩き込みます」


 魔道士が笑った。


「面白い、やってみろ」

「言われなくとも」


 静止状態から全力でアクセルを踏み込むような加速をかけた。

 祭壇の階段を一瞬で上がり、頂上に着くとそこには蛇の群れとなった巨大な両腕を展開する魔道士の姿が見えた。

 しっかりと身体の前面をカバーしているあたり、こちらの忠告を聞いて対策しているらしい。


 アラタは頂上に着いた途端縮地を切った。

 そして、右肘にすべてのMPを注ぎ込む。

 

 縮地での移動で蛇の目前まで来て、そこからさらに突っ込んだ。


 なにも気にせず蛇の群れへと。


 暗澹なる魔道士

 HP429/2444


 アラタは蛇の群れを防ぐつもりも、躱すつもりもなかった。

 アラタのHPは減っておらず、この蛇にいくらか攻撃されたところで即死することはあり得ない。


 だから行った。

 自分は食らっても死なないが、密接距離クロスレンジ戦に持ち込めば相手は死ぬ。

 

 蛇の噛みつきを振り払うように突撃し、魔道士のかいなの内側へと切り込んだ。

 魔道士の本体が見える。その顔に浮かぶのは驚愕の表情か。


 アラタは右足から踏み込んだ。

 単なる突撃だった勢いを右足に乗せ、次いで左足の踏み込みにつなげて、ともすればバラけそうな力を上半身へと流す。


 ここで一秒。


 アラタの肘が動く。

 下から上へ、振り上げるような肘打ち。


 魔道士が迎撃しようと抱き込むように両腕を動かしていた。

 アラタの口角がにやりと持ち上がった。

 それは紛れもない攻撃行動であり、すなわち同撃崩のトリガーになる。


 最後の踏み込みは右足。

 人間の足が地面を踏み込むことで出せるとは思えない音が、結界内に響いた。


 その踏み込みと同時に、アラタの肘が魔道士の心臓部分に突き刺さっていた。


――――八重桜。


 全運動量、全MPに、同撃崩まで乗せた一撃。


 暗澹なる魔道士

 HP 0/2444

 

 完璧な手応え。

 魔道士の身体が浮き、祭壇から落下していく。


 落ちざまに、魔道士の身体が光の粒子となる。

 そしてその粒子はゆっくりとアラタの元まで漂い、その右目へと吸い込まれていった。


 これで五体目。

 開放まであと一体なはずだ。


 アラタは脱力して両腕を下ろした。

 経験値の入手まで確認して、戦いが終わったのを確信する。

 今度は前回のように不測の事態はなかった。


 祭壇の黒い結界が解除され、外の様子が見える。

 祭壇の下には、パララメイヤとユキナと、メイリィの姿があった。


 全員が無事。

 近くにはゴーレムが崩れたものと思しき石の山が見えている。


 アラタは祭壇を降りていく。

 降りる途中に、メイリィから念信があった。


MEILI-RES:さすが。カッコよく決めてくれた?

ARATA-RES:それなり、だと思いますけど。

MEILI-RES:まさかNPC相手に口八丁で不意打ちなんてしてないでしょうね?


 アラタは得意げに笑う。


ARATA-RES:それはないです。正々堂々が僕のモットーですから。

YUKINA-RES:どの口が言うねん。

ARATA-RES:本当ですって。

PARALLAMENYA-RES:どんな感じで倒したんですか?

ARATA-RES:まあ、予告ホームランってやつですよ。

MEILI-RES:予告……なに?


 そこでアラタが祭壇の下までたどり着いた。

 三人がアラタを迎えるように近づいてくる。


「それじゃあ行きましょうか。ここを抜ければシュトルハイムです」

「なんか誤魔化してない? どんな卑怯な手を使って勝ったかまだ聞いてないんだけど」

「わたしも聞きたいです! それは」

「だから正々堂々ですってば」

「まあ詳しい話はシュトルハイムに着いて祝勝会でもしながら聞こか。アラタのおごりで」

「ちょ、僕よりユキナの方が何倍もお金あるじゃないですか」


 そこでユキナはいつもの鳴き真似をする。


「うう…… ウチらはリーダーがこの領域から出られるように一生懸命がんばったのに、労いもしてくれん……」


 アラタはため息をついた。


「わかりましたよ。今日は僕のおごりで一杯やりましょう」


 ユキナが急に顔を上げる。

 そこにはなんの邪気もない満面の笑み。


「さすがリーダー、太っ腹やわー」

「アラタかっこいー、シュトルハイムで一番いい店奢ってくれるなんてー」

「いや、そんなことは……」


 シュトルハイムまでの道中、アラタたちのパーティは大いに盛り上がっていた。

 敵の厄介だった攻撃を話し、味方のファインプレーを話し、これからの展望を語る。


 それは、協力して強敵に打ち勝ったパーティだけが作る、特別な語らいの時間であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ