88.一騎打ち
アラタはパーティ欄に意識を合わせる。
メイリィは無事だが、パララメイヤとユキナにはデバフがついていた。
原因はもちろん魔眼を見たためだろう。
デバフの名称は束縛。
麻痺であったならパララメイヤは装備の耐性で防げたのかもしれないが、そういった抜け道を残さないための固有デバフなのかもしれない。
PARALLAMENYA-RES:すいません!!
YUKINA-RES:申し訳ないー……
どうするか。
無視して魔道士を攻めるという手はなくもない。
アラタは忍者であり、火力職であり、デバフが治療できるわけではないのだ。
それならボスに直接攻撃を仕掛けて一刻も早く戦闘を終わらせた方がいい。
そう考えている間に、それを許さぬ事態が起きた。
再び地面が揺れているのだ。
なるほど。
アラタはデバフの効果時間を確認する。
残り時間は二十秒。さきほど岩が降っていた時間を余裕でカバーできる数字だ。
つまり魔眼を見てしまったものは動きを封じられて防御行動ができない状態になり、前回と同じはずの落石が処理できなくなってしまうわけだ。
ARATA-RES:まったく身動きが取れませんか?
PARALLAMENYA-RES:ダメみたいです!!
クソ。
これだともう、パララメイヤとユキナを抱えて攻撃を避けるしかないが、二人の距離が離れている。
それに忍者の筋力で二人を抱えられるかはかなり怪しい。
一方を助けようとすればもう一方を救えなくなる。
アラタはめちゃくちゃに焦る。
岩の落下まであと三秒の猶予もないだろう。
どう動くのが最適解か。なにをすればいいのか。
MEILI-RES:リーダーまさか一人で二人助けるつもりでいない?
ARATA-RES:え?
MEILI-RES:アタシがフワフワちゃんを助けるから、アラタはもうひとりのおマヌケさんをお願いね。
そこでユキナが割り込んだ。
YUKINA-RES:メイリィあとで覚えとけよ。
MEILI-RES:こわーい!
パーティは助け合うのが当たり前、そんな当然のことがアラタの頭から抜け去っていた。
さらに言えば、メイリィが普通に協力すると信じきれなかった部分もあるかもしれない。
アラタは迷わずユキナの元に走った。
岩の落下は既に始まっている。
アラタがユキナにたどり着く直前に、ユキナの直上から、人間を丸ごと押しつぶせそうなサイズの大岩が落下し始めた。
アラタはユキナの腹部にラリアットするような勢いで腕を回し、そのまま脇に抱きかかえて走り出した。
救出は間一髪で間に合い、大岩の落下音が背後から響く。
YUKINA-RES:もっとマシな抱き方あるやろ!! お姫様抱っことか!!
ARATA-RES:ないですよ! 時間も! そんな抱き方も!
アラタはユキナを抱えて落下する岩を躱していく。
人ひとりを抱えて動きは鈍っているが、それでも回避に専念すれば難しいものではなかった。
レベルが20になったことによるステータス上昇の恩恵もあるかもしれない。
人ひとり抱えるなど普通なら相当な負担だが、筋力がステータス依存になっているこの領域でなら、なんとかユキナを抱えながら動き回れる。
メイリィの側も似たようなもので、パララメイヤを横に抱きかかえながら落石を回避していた。
小さな少女がパララメイヤを抱きかかえながら走る様はいかにも不自然だったが、ステータス依存である以上、もしかしたらアラタよりも負担は少ないのかもしれない。
落石が終わると共にパララメイヤとユキナのデバフが切れた。
今度は巨岩がない代わりに、人間大の岩の塊が三つほど残っていた。
岩が三つ。ひとりひとりが別の岩陰に隠れてなにかをするには足りない数だが、不自然に同じくらいの大きさの岩が三つも残っている以上は何かしらのギミックなのだろう。
魔道士の様子を伺うと、祭壇の上からアラタたちを見下ろしていた。
包帯から覗く目は赤く輝き、口元はなにかを呟いているように動いていた。
走った。
三つの岩がなにかのギミックだろうと速攻で決めてしまえば問題ない。
それに、なにか岩を利用するギミックだとしても、その場合はゲームである以上、基本的にはどんな距離からでも処理が間に合うように設定されているはずだ。
アラタが走っている最中に、三つの岩が形を変えていた。
岩が形を変えて、ゴーレムを象る。
雑魚召喚だ。この手の雑魚は処理しないとペナルティがあることが多い。
引き返して処理するか迷った時、
MEILI-RES:雑魚はやっとくから、できるだけカッコよく決めてね。
メイリィから意外な念信があった。
その一言でアラタは決断した。
引き返さずに祭壇へと突っ込む。
祭壇の階段を踏んだ瞬間に変化があった。
祭壇が再び黒い結界に包まれたのだ。
アラタは既に結界の内にいて、パーティメンバーとは孤立した形になる。
ゴーレムは三体。こちらのパーティは四人。
つまり、三人がゴーレムの相手をして、一人が魔道士と一騎打ちをするわけか。
アラタは走るのをやめた。
階段で一旦足を止めて、魔道士を見上げる。
魔道士は、己が有利だと信じて疑わない瞳でアラタを見下ろしていた。
「一対一、というわけですか」
魔道士はアラタの言葉を聞いてさもおかしそうに笑った。
「一人ずつ処理しよう、というわけだ」
祭壇の周囲は黒い結界に包まれ、外の様子は見えない。
念信ならば届くのかもしれないが、あえて交信はしないことにした。
ボスと一対一。
パーティメンバーのことは一切気にしなくていい。
この状況に、アラタは己の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。
たぶんこれが最終フェーズなのだろう。
孤立し、ボスとソロで対峙させられた。
そんな状況に、アラタの口元が緩んだ。
そんなアラタの笑みを見たのか、魔道士が反応した。
「どうした? 恐怖でおかしくなったか?」
「恐怖?」
「なに、仲間もすぐにあとを追う。さあ、覚悟したまえ」
アラタはわざとらしく髪の毛をぽりぽりとかきながら、
「ソロでの戦いというのは、僕の一番得意な分野でね」
ゆっくりと階段を登り始めながら、言う。
「その言葉、そのまま返しますよ。さあ、覚悟してください」




