85.問答からの強襲
アラタはボスがNPCキャラとして設定されていることにいくらか驚きつつも、足を進めた。
祭壇へと登る階段の前で立ち止まってボスの問いかけに返答する。
「いえ、違いますよ」
「なんだと?」
「僕らはこの坑道の調査を命じられた冒険者で、たった今この坑道に入ってきたばかりです」
YUKINA-RES:なに言うてんの?
ARATA-RES:ちょっとしたテストですよ。
単純にこのボスのエミュレーションレベルに興味があったのだ。
遊戯領域においてNPCがどれだけ実際の人間に近いかは、十段階のレベルで示される。
例えば1なら、街の入口で街の名前を延々と紹介し続ける程度のことしかできない。
逆に10ならば、完全に人間と変わらない。とはいえこれは禁止されているものではある。
実際にあり得るエミュレーションレベルの上限は8くらいなものだ。
アラタは、このボスがどの程度感情らしきものを設定されているかが気になっていた。
「なぜそのような嘘をつく?」
「試したんですよ」
「我がどれだけの魔道士かを、か?」
「いえ、どれくらいのエミュレーションレベルなのかなって」
PARALLAMENYA-RES:ちょっとアラタさん!!
パララメイヤの言いたいこともわかる。
基本的に、ゲーム内のNPCにゲーム外に関わる話をするのはタブーにあたる。
ただ、それは公式が設定したものではなく、ユーザー間で共有されているマナーのようなものだ。
すると、ボスは落胆したように言った。
「なんだ、ネスティブ教の信者か」
「ネスティブ教?」
「その物言い、それ以外にはあるまい」
ARATA-RES:メイヤ、わかりますか?
PARALLAMENYA-RES:ネスティブ教、確か『外なる神』を信じる宗教団体という設定だったと思います。理解できない言葉を言うと、そう反応するようになっているのでは?
それだとエミュレーションレベルは5か6程度か。
それでもあまりいい趣味とは言えない。
なんの話かと言えば、このボスを「殺す」ということについてだ。
シャンバラの人間は死ぬことがない。
物質の身体を持っていたら寿命であるはずの時が来たら、若返り処置を受けるか、休眠施設で目覚める条件を設定して眠りにつくことになる。
そんなシャンバラの人間は、「死」というものを極端に忌避する傾向がある。
だから、意思があるように見え、人の形をした相手を討伐しろというのは、ストレスのかかるクエストだ。
大抵のゲームは捕縛で良かったりと逃げ道を用意している場合もあるが、今回のこれは完全な討伐らしい。
ARATA-RES:せっかくだから誰かロールプレイでもしますか? それともこのまま僕が話しますか?
YUKINA-RES:ウチはいいわ。
PARALLAMENYA-RES:わたしもちょっと……
MEILI-RES:アタシもパスで。めんどくさいし。
ARATA-RES:では僕が続けますか。
アラタはさらに一歩前に出た。
祭壇の下から、ボスの目を見つめる。
ARATA-RES:意思のあるボス、エデン人の手先だったりしませんか?
エデン人が作った領域である以上、エデン人の手先であるには違いないだろう。
しかし、アラタはそういう意味で質問したのではなかった。
アラタの念信に対してボスは沈黙している。
念信が通じていないのだろう。どうやら本当にNPCとして設定されたボスらしい。
ならば不測の事態も起こらないだろう。なんの憂いもなく戦うことができる。
「一応聞きますが、投降する気はありませんか?」
「投降だと?」
「これから僕らはアナタを四人で袋叩きにするわけですが、善良な僕らはそれをしたいわけではありません。ですから投降していただけないでしょうか?」
「ふざけたことを言っているな」
ボスの包帯からのぞいてる目が赤く光った。
怒りの表現か。
「真面目なつもりです」
「いいやふざけている」
「どこがですか?
「まず儂は幾人もの冒険者を屠ってきた魔道士だ。主らごときにやられるものではない」
「なるほど?」
「それに万が一投降したとて、結局首を跳ねられるだけだろうよ」
「つまり、どうせなら僕に首を跳ねられたいと」
魔道士は大仰に首を傾げる。
「疑問なのだが、その凄まじい自信はどこから来るんだ?」
「その質問はそのまま返しますよ」
魔道士の口元が動いた。
苦笑したのかもしれない。
「主ほどの自信家にはこれまで会ったことがないな」
「これからもありませんよ。これで最後ですからね」
アラタがいきなり地を蹴った。
祭壇を風のように駆け上がる。
念信での抗議を無視し、最速で距離を詰めていく。
祭壇の階段が蠢いた。
アラタの足場が変化し、岩の杭となってアラタを貫こうとする。
が、それは追いつかない。アラタは駆け抜け、軌道上の杭を躱し、ろくに速度を落とさず接近を続けた。
レベルがあがり、敏捷性が伸びたのを顕著に感じる。
魔道士が構えた。
両腕を大きく広げ、まるでこれからアラタを抱擁でもしようかという構えだ。
アラタは気にせず突っ込む。
すると、ローブの袖から覗いている魔道士の腕が、無数の蛇に変化した。
助かる話だ。
人型から離れれば離れるほど精神的には討伐しやすくなる。
アラタとてこうして話すNPCを「消滅」させるという行為は気にするのだ。
できれば他の面子にそれをやらせたいとは思わなかった。
魔道士が両腕を前面に出し、蛇の群れがアラタを迎え撃とうとする。
そこでアラタは縮地を切った。
瞬間移動のような速度で蛇の横を抜け、行き過ぎたところから無理やり制動をかけ、即反転して刀で魔道士の首を狙った。
魔道士は反応しようと動いたが、その時にはすべてが手遅れだった。
魔道士の背後からその首筋に、アラタの刀が滑った。




