84.小休止
ヴィーア坑道の入口にほど近い小部屋には、三つの道が開かれていた。
入った時にあった結界が解除されて、道が開かれているのだ。
これは中ボスを同時撃破したことで結界を構成している術式が破られたからだ。
少なくとも設定上はそうなっているはずだ。
そんな部屋でアラタたちがなにをしているのかといえば、全員が虚ろな目で呆としていた。
なにかの罠にかかったり、敵の術を受けたりしたわけではない。
その目は、網膜に投影された情報に集中しているとき特有の目つきだった。
なぜなら、レベルが上がったからだ。
アラタも網膜に投影されている情報を読み取るのに忙しい。
レベル20になったことでメインステが上がっただけでなく、スキルのレベルキャップまで開放されたのだ。
これによって今まで獲得してきたスキルのうち、さらにレベルが上げられるものが出た。
さらに言えば、新たに習得できるようになったスキルまである。
こうなるとポイント振りの選択はさらに難しくなり、必然的に網膜上の情報とにらめっこになる。
そしてそうなったのはアラタだけではなかった。
パララメイヤも、ユキナも、メイリィも中ボス戦を終えたことで全員がレベル20になっていた。
それによってアラタと同じように、スキルポイントの割り振りに悩まされているわけだ。
そういうわけで小休止である。
これからボス戦である以上、スキルポイントは振り切った方がいい。
だが、新しい振り先が大量に出現した以上、即決めるというわけにはいかない。
一度はっきりとした休憩を取り、そこでスキルポイントの割り振りタイムを作ったというわけだ。
現在のアラタのスキルは以下のようなものになる。
同撃崩LV3
雷神 LV3
練気 LV3
忍びの心得LV3
縮地LV3
手裏剣術LV2
精神耐性LV1
片手印
観察眼
この内、スキルレベルの上限が開放されたのは雷神と忍びの心得以外の全てだ。
真っ先にスキルレベルを上げたいと感じるのはやはり同撃崩。アラタはこのスキルには全幅の信頼を寄せている。
他にも練気はかなり気になるところだ。上限はLV5まで上がっており、4以上にすると燃費効率が良くなるらしい。
単純に継戦能力が上がり、練気を乗せられる回数が増える分火力も上がると考えれば汎用性も高く悪くない。
新しく習得できるスキルの中で気になるのは八重桜という攻撃スキルで、これは練気LV5からの発展で覚えられるスキルだ。
攻撃用のスキルで、効果としては練気のようにMPを消費して素手での物理攻撃を威力増加させるというものだ。
では練気となにが違うのかといえば、それは威力と消費MPになる。
消費MPは残っているMPすべて。威力は消費したMPに応じて上がる。
要するに、一度きりの必殺技を増やすかどうかという話になる。
冷静に考えれば、かなり微妙だ。
必殺技はすでに雷神がある。属性の有利不利で威力が変わるのはムラがあるが、日に二回必殺技枠として撃てるのは十分といえる。
それに対して八重桜は残りMPに応じて威力が変わる。
つまり、練気を乗せての攻撃や、手裏剣術を使うたびに威力が下がっていくということになる。
さらにこのスキルには難点があり、発動に一秒かかるのだ。
たかが一秒、ではない。高速戦闘を行っている最中の一秒というのは笑えないものだ。
どの攻撃に八重桜を乗せるか決めてから一秒後にそれを命中させなければならない。予告ホームランじみた技である。
しかも、スキル説明の表記を見る限り、八重桜が乗った状態となる判定時間が短い。
先に使用しておいてその部位が当たった時に発動、といった使い方はできず、使用してから時間内に命中させなければ、全MPが消し飛ぶだけの奇跡のカススキルとなる。
今アラタが持っているスキルポイントは3だ。
普通に考えれば同撃崩に2を振ってレベル上限にし、残りの1ポイントは取っておくか練気に振るのが絶対に正しい。
しかし、アラタは八重桜に強く惹かれていた。
どう考えてもロマン技であり、使い勝手は非常に悪い。
その上、習得するためには練気を先にレベル5にしなければならず、手持ちのスキルポイントをすべて注ぎ込まなければならない。
それでもアラタは八重桜に惹かれた。
理由は単に面白そうだからだ。
アラタもメイリィのことは笑えないかもしれない。
言い訳をすると、瞬間火力に大きな意味のあるシチュエーションが存在するというのはある。
時間内に一定以上のダメージを与えなければならないというギミックはこの先も出てくるだろう。
そういった時に、MPを全消費して火力を出せる必殺技が手持ちにあるというのは意味が出てくる。
それに雷神とは違い、発動に発声が必要ないというのも良い点だ。
さらに言えば、これだけ使い勝手が悪そうなスキルである以上、火力のリターンが大きいのではないかと思うのだ。
MPの全消費でその後MPを使うスキルを使えなくなる上に、正確に命中させなければならない。
こんなめちゃくちゃな条件であるならば、相応のリターンを用意しているはずだ。
アラタはまず練気を上げた。レベル5まで。
暗転していた八重桜の文字が明るくなる。
そこからアラタは迷わず八重桜を習得した。
網膜に投影されている情報を消して顔を上げると、全員がアラタを見ていた。
「ん、ようやく決まったん?」
「みなさんはもう終わったんですか?」
ユキナとパララメイヤとメイリィの三人は、同時に頷いた。
どうやら一番時間をかけたのはアラタだったようだ。
「すいません、時間かけちゃったみたいで」
「いいんですよ、今のところスキルの振り直しはできないみたいですし、慎重に決めなきゃ」
「ねー、早く行こ? 次でもうボスでしょ?」
メイリィが促し、全員が先へと動きだした。
意外なのは、そこからの道中は雑魚がいなかったことだ。
道中はそれぞれが新しく習得したスキルの話をしていた。
アラタが八重桜を習得したことについては、パララメイヤとメイリィは肯定的、ユキナは否定的だった。
たぶんユキナが正しいのだが、アラタは早く試してみたくてウズウズしていた。
二十分以上は歩いていたと思う。
坑道を抜けて次の街に行くという設定な以上、単に移動する時間を多く設けているのだろう。
そうして辿りついた先に、広い空間があった。
間違いなくボスがいるフィールドだ。
「行きますよ?」
一応確認を取る。
アラタの言葉に、全員が頷いた。
狭い坑道から、開けた空間へと出る。
その空間の中心には、一段高くなった祭壇のようなものがあった。
そして、その祭壇には人影がある。
ボロボロのローブを纏い、見えている顔部分は、目と口以外が包帯に覆われている。
あれがボスだろう。
人型のボスというのは初めてだ。
アラタが抜刀して開戦しようとすると、ボスが祭壇の前面に出た。
ステイタスはまだ戦闘状態にはなっていない。
さてはなにかのイベントか、と思ったところで、ダンジョンの敵であるはずのボスが口を開いた。
「主らが結界を破った賊か」




