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82/202

82.誘い


 アラタの忍者刀がスケルトンの頭蓋を貫いた。


YUKINA-RES:お見事!


 スケルトンの体が光の粒子となり、アラタたちに吸収されていく。

 相変わらずダンジョン内の敵の経験値は美味しかった。

 この調子だと中ボス戦で間違いなくレベルは20に届く。もしかしたら中ボス前に届くかもしれない。


 アラタは納刀して先を急ごうとする。

 するとユキナが、


「もうちょっとゆっくりでもええんちゃう?」

「なぜです?」

「今ちょっと連絡取ってみたけど、メイリィの方はずいぶんとゆっくり進んでるみたいよ」


 特別競争をしているわけではないが、やけに遅いなとは思った。

 アラタはメイリィ組を念信で急かすか迷ったが、結局急かしたりはしないことにした。

 そういったことで思わぬミスが発生する可能性はあるし、メイリィがへそを曲げたりしたらさらに面倒だ。


「ウチらものんびり進も」

「まあ、それしかないですかね」


 有言実行、アラタとユキナはダンジョンをのんびりと歩きながら進んだ。

 道中の上がり下がりはないが、足場はそれなりに凸凹していて歩きにくい。

 アラタやメイリィはともかく、こうした足場で素早い動きを要求されたりするとユキナやパララメイヤは困るかもしれない。


「なあアラタ、本当にシャンバラでメイリィと会うん?」


 いきなりユキナがそんなことを聞いてきた。


「僕がログアウトできるようになったらね」

「出られるようになったら本当に会うんや? なんか主義がどうの言ってたやん?」

「必要であれば曲げますよ」


 本当は曲げたくなかったが、話の流れ上仕方のないことであった。

 それに、今後もメイリィの協力を得られると考えればデートのひとつやふたつ安いものかもしれない。

 なにしろログアウトできなければなにも始まらないのだから。

 仮にメイリィの中身が脂ぎったおっさんだろうと、若返り処置かエデン行きの二択を迫られた婆さんだろうと、デートくらいしてやろうではないか。


「ふーん、そんならさー、ウチとも会わない?」


 アラタは思わず振り返った。

 そこにはいつも通りのユキナがいた。

 耳がぴょこぴょこと動いている。

 

 アラタはどう返していいかわからず、


「なぜです?」

「なぜって、面白そうやん? リアルのアラタも見てみたいし」

「シャンバラでも僕はこの通りですよ。いや、アルカディア内のほうがちょっと筋肉質かもしれませんが、基本は同じです」

「へー、そうなんや。あんまり作りもんっぽくないキャラクリやもんね」

「自分と違った身体を動かす気にはなれないんで。感覚も違いますし」

「ところでどうなん? ウチとも会ってくれん?」


 面と向かってイヤです、とは言い難かった。

 現実のユキナを見てみたいという気持ちがわかないのだ。

 アラタとしては、ユキナは兎耳の生えた少女で、それがイメージのすべてだった。

 なんとなく、実際に会って確かめようという気にはなれない。


 アラタが答えに窮していると、ユキナがさらに言う。


「アラタはさ、遊技領域内と現実で見た目が違いすぎるのがイヤなんやろ?」

「イヤというか、まあ、イメージが崩れるのも好きじゃないですけど」

「崩れるのもってなに? 前言ってた、美少女期待したらヤバいのが出てきたみたいなんもイヤなん?」


 その要素も多分にあるのだが、それを正直に言う気にはなれなかった。

 会話を断ち切るために敵でも出ないかと期待しているが、敵が出る気配は一向になかった。

 二人はダンジョンを歩きながら会話を続ける。


「そんなら心配せんでええよ」

「なにをです?」

「見た目の話、ウチ、このアバターの通りめっちゃ美少女やから」


 ユキナは大層得意げな顔でそう言った。

 頭についた兎耳を両手で覆い隠して、


「だいたいこんな感じや。どや? かわいいやろ?」


 感想を素直に口に出す気にはなれない。

 だからアラタは別の切り口から話の流れを変えようとした。


「トップ層の商人様が商売をサボって一日遊び歩いたら、結構な損失じゃないんですか?」

「それなー。だから会うんだったら、メンテの日がいいと思うんよ」

「メンテ? いつです?」

「二週間後にミラー統合のための大規模メンテナンスが入るやろ?」


 もうそんなに近づいていたのか、とアラタは内心で驚いた。

 サービス開始当初の、大量のミラーを作ってプレイヤーの人数を分散させる期間があと二週間で終わるのだ。

 

 そこでアラタは思った。

 メンテナンスまでにこの領域から出られなかったら一体どうなるのか。


 領域内領域が統合されるタイミングで中に人がいたら、その人はどうなるのか。

 まったく影響を受けないのか、それともとんでもない影響がでるのか。

 ライブラリを呼び出せない今、アラタがその答えを知る術はない。

 しかし、アラタを構成するデータに影響がないとは思えなかった。


「どしたん? 難しい顔して」

「いえ、それまでにログアウトできなかったらどうなるのかな、と」

「あんまり考えたくない話やね」


 ユキナもそれについてはポジティブな想像ができなかったらしい。


「けど、それまでに出られればええんやろ? ウチも協力するし大丈夫やって!!」


 言ってユキナが背中を思い切り叩いてきた。


「痛いですよ」

「それでどうなん? ウチと会わん? アルカディアから出られました記念に」


 とても断りづらい。

 そもそもユキナがアラタのように、現実シャンバラでの姿を反映させたキャラクリというのは本当だろうか。

 それにしては特徴的な麻呂眉をしているし、美少女過ぎる気がする。


「イヤなん? 断られるなんてお嫁に行けへんって泣き真似したほうがいい? それともメイリィみたいに会わないと協力しないとか言った方が良い?」


 どう考えても負け戦だ。

 冗談で言っているのだろうが、本当にユキナの協力が得られなくなったらメイリィの協力が得られない以上に痛手となる。

 それにメイリィには協力すればデートすると約束しておいて、協力してくれているユキナからの誘いを断るのはどう考えてもおかしい。

 アラタは観念して諦めることにした。


「わかりました。いいですよ」

「ホント!?」

「会いますよ。メンテまでに僕が出られてたらね」


 ユキナがニカリと笑い、耳をピョンと立てる。

 直後にユキナから念信で会話ログが送られてくる。


ARATA-RES:わかりました。いいですよ。

YUKINA-RES:ホント!?

ARATA-RES:会いますよ。メンテまでに僕が出られてたらね。


 今のアラタとユキナの会話がそのまま入っていた。


「言質とーった!」

「そんなに信用がないんですか?」

「約束事は記録しとくのが基本や」


 どうやら、メイリィに続いてユキナにも会うことになってしまったらしい。

 現実とアルカディアのアバターがあまり変わらない。本当だろうか。

 そんなことをを考えながらユキナを横目で見ていると、


「あ! あれは中ボスやろ?」


 ユキナが指を指す先には広い球状の空間があり、そこが行き止まりになっていた。


「雑魚戦がやけに少なかった気もしますが、そうでしょうね」


 球状の空間の奥、壁際には薄っすらと黄色いオーラのようなものをまとった鎧が置かれていた。


 メイリィに念信を飛ばす。


ARATA-RES:こっちは中ボスに着きました。そっちはどうですか?

MEILI-RES:こっちもちょうど着いたとこ。行っちゃう?

ARATA-RES:ええ、行きましょう。どっちが早く倒せるかなんて馬鹿なことしないでくださいよ。

MEILI-RES:わかってるって。同時でしょ?

ARATA-RES:定期的にボスのHP情報は共有して調整していきましょう。

MEILI-RES:りょーかい。


 アラタはユキナを振り返って言った。


「では中ボス戦、行きましょうか」



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