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81/202

81.あったかもしれない昔話


 メイリィ、パララメイヤチームはもっぱら雑談をしながら進んでいた。


 最初にテストしたのは、ダンジョン内で距離が離れていても念信ができるかだった。

 試してみたところ、同じダンジョン内ならば離れていても念信できるのことが確認できた。

 もしそれができなければ、中ボスの同時撃破が極めて困難になっていたところだ。

 それさえ確認できれば、道中は気楽なものだった。


 中ボスまでの道のりに謎解きなどのギミックはなく、ただ雑魚敵が配置されているだけであった。

 そうなると難しいことは何もなく、中ボスまでの道のりは散歩に近い。

 今までに経験したアルカディアのダンジョンで、雑魚敵が強かったためしはなかった。

 これはゲームの設計上、雑魚敵を苦戦すべき障害というよりも、そのダンジョンの雰囲気を感じさせるためや、ボスまでのウォーミングアップという位置づけにしているからだろう。

 メイリィとパララメイヤの連携に問題なく、そつなく雑魚戦をこなしていった。


「でもさでもさ、フワフワちゃんはなんでアラタのファンなの?」

「なんでって、えーと、かっこいいから、ですかね?」

「どこらへんが?」

「どこらへんって、それはその、プレイが上手いところですよ」


 メイリィはからかうようにパララメイヤに質問をぶつけてくる。

 パララメイヤとしては困るやら恥ずかしいやらで逃げ出したい気分だった。

 アラタが心配していたのはこういったことだったのかもしれない。


「でもさ、遊技領域での動きがすごい人なんていくらでもいるでしょ?」

「それはそうですけど、アラタさんは特別だと思います」

「なにが特別なの?」


 パララメイヤはそれを言葉にしようとしたが、しっくりくるような言語化が難しかった。

 未来予知じみた反応の速さか、失敗の許されない実戦で寸分の狂いもない動きができる体術か、それとも咄嗟の状況で間違いのない判断を下せるところか。

 パララメイヤが感じている凄さは、そのどれもを内包している気がしたが、どれも言葉足らずであるような気もした。

 だから、パララメイヤはあえてざっくりとした答えを返した。


「色々ありますけど、わたしが特別って感じるから、特別なんだと思います」

「もしかしてフワフワちゃんって結構なエゴイスト?」

「……そうかもしれません。あとはアラタさんがまったくの無名だった頃からずっと見てきた思い入れだったり、とにかくいろいろです」

「ふーん」


 メイリィは興味があるのかないのかわからないような相槌をうって先をゆく。


 洞窟内は歩きにくかった。足場が平坦ではなく、岩がゴツゴツとしている。

 洞窟内なのだから当たり前だろう、と思うかもしれないが、こういったことは今までのダンジョンではなかった。

 天井にも鍾乳洞のような岩の突起があり、明るいことを除けばかなりそれらしい洞窟に見える。

 フレーバーというだけでなく、ロケーションの悪さもギミックの一部として設定されているのかもしれない。


「フワフワちゃんがアラタを知ったのって何年くらい前なの?」


 パララメイヤは少し考えてから、


「八年くらい前だと思います」

「すごーい、そんな前からの想い人と偶然出会って遊べてるんだ。運命かもね?」

「そ、そうですか?」

「そうだよー、だってすごい確率じゃん」


 もしそうだったら素敵だな、とパララメイヤは思った。

 いくらかパララメイヤが動いたとはいえ、偶然には違いない。

 今更ながら、あのアラタ・トカシキといっしょに遊べているという幸運を改めて実感した。


「でも、フワフワちゃんはアラタがPK魔でもまったく気にしないんだね? アタシはむしろそういうとこが好きなんだけどさ」

「PK魔って、だってそれは冤罪じゃないですか」

「そうかな?」


 メイリィがわざわざ振り向いて、立ち止まってから言った。

 その口元には、どこか意地悪な笑みが浮かんでいる。


「そうですよ。メイリィさんの件はメイリィさんが挑発的だったからだろうし、この前の件だってユキナさんを助けるためです。それに合計で三人じゃPK魔なんて言うほどじゃないじゃないですか」

「このゲームではそうかもね」


 このゲームでは。そう言うメイリィの口調には、なにか含みがあるように思えた。


「このゲームでは、ってどういうことですか?」

「エバーファンタジーって遊技領域は知ってる?」


 パララメイヤも聞いたことがある遊技領域だった。

 かなり昔のゲームだ。

 今も存続はしているが、確かアップデートはもう終了していて、半ば居住領域として存在している場所だったと記憶している。


「詳しくはないですけど、聞いたことはあります」

「十年くらい前の話だけどね、エバーファンタジーにはネハンっていう最強のギルドがあったの。最強っていうのはクエストの成功率とかそういう話じゃなくて、対人戦の話。連戦連勝負けなしで、依頼されて戦う殺し屋みたいなこともしてたから、かなりのプレイヤーに恐れられてたみたい」

「なんの話ですか?」

「アラタ・トカシキがそのメンバーだったって話」


 まったく知らない話だった。


「PK魔っていうのは、その頃の話だってことですか?」

「半分正解。最強だったはずのギルドが、ある日突然崩壊しちゃったの。なんでだと思う?」


 メイリィはパララメイヤを覗き込むように屈んだ。

 薄っすらと赤い瞳に、パララメイヤの姿が映っている。


「……わかりません」

「ギルドのメンバーの大半が同時に殺されちゃったからなんだって」

「目立ってたから狙われたとか、なにかの報復を受けたとかですか?」

「違うみたい。なんだか内輪揉めなんだって」


 嫌な予感がしてきた。

 アラタの過去となれば、パララメイヤにとってこれ以上ないほど興味を惹かれる話なはずなのに、これから先の話を聞きたくない気がした。


「アラタさんは、それに巻き込まれていたんですか?」

「どうだろ? 巻き込まれたって言い方はどうなるのかな?」


 メイリィはそんな歯切れの悪い言葉を口にする。


「どういう意味ですか?」

「だって、その大半のメンバーを殺した犯人って、アラタ・トカシキなんだもの」


 パララメイヤは自分の心臓が跳ねたのを感じた気がした。


「エバーファンタジーのデスペナってアイテムとか経験値のロストみたいなんだ。このデスペナってPKを重ねれば重ねるほど重くなるんだって。だから負けなしでPKを重ねてたところでやられて、みんなモチベをなくしてやめちゃった、みたいな感じなんじゃない?」


 アラタが同じギルドのメンバーをPKした。

 今のアラタを知っているパララメイヤとしては、信じられない話だ。

 それ以前に、もっと大きな疑問がある。


「なんでメイリィさんはそんなことを知ってるんですか?」

「興味あって調べたからね。もうログもあんまり残ってないんだけど、エバーファンタジーのフォーラムを掘ってくとちょっとそれっぽい話が出てくるよ。今の話の半分くらいはアタシがそこから想像して作った創作」


 真実でないことに一時の安堵を得たものの、いくらかの真実が含まれた話であったというのは、それはそれでパララメイヤを驚かせた。

 そんなパララメイヤを見て、メイリィがケラケラと笑っている。


「何がおしかしいんですか?」

「フワフワちゃんかわいいね」

「かわ、なんです?」

「そういう顔が見たくてちょっと意地悪しちゃった」


 メイリィが踵を返して先へと進み始めた。


「さあ行こ、あんまりゆっくりしてるとアラタたちが中ボスに着いちゃうしね。あんまりゆっくりしてると怒られちゃうかも」


 そう言われて、パララメイヤもメイリィのあとに続いた。

 パララメイヤは歩きながらも、心此処にあらずでメイリィが語った話を反芻していた。

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