80.なにもしない
ヴィーア坑道の攻略は、今までとは少し趣の異なったものとなる。
その理由は、NPCからの受注クエストだからだ。
今までの探索クエストは、次の街への道中がそのままダンジョンになっているという形であった。
しかし、ヴィーア坑道は冒険者ギルドからクエストを受注して突入するダンジョンとなる。
クエスト名は邪悪な魔道士を倒せ!
なんでもヴィーア坑道には邪悪な魔道士が巣食っており、以来ヴィーア坑道を介してのシュテルンハイム行きの道は閉ざされてしまっているらしい。
これは、その邪悪な魔道士を倒して道を切り開くのが目的となったクエストだ。
アルカディアの治安維持組織は何をしているんだ、などとは言ってはいけない。これはゲームなのだから。
実際にはそのあたりにも設定があるのかもしれないが、アラタはそれについては何も知らないし興味もなかった。
案外パララメイヤあたりに聞いたらちゃんとした答えが返ってくるのかもしれない。
そして意外なことに、シュテルンハイムへ行くための方法は、これ以外にも用意されているらしい。
しかし、アラタはそれらの方法についてはほとんど調べなかった。
なぜなら、目的はボスだからだ。
他の方法にもボスが配置されている可能性は高いと思うが、明確にボスがいるとわかるこのクエストなら間違いは起こり得ない。
それに、冒険者ギルドからの受注であるがゆえに、ヒントがあるというのも大きいところだ。
曰く、ヴィーア坑道の魔道士へと通じる道には強力な封印が施されている。
封印を解く方法は、封印の媒介となっている、一対の魔道具を破壊すること。
ただ、魔道具には特殊な呪法がかけられており、片方を破壊しても、もう片方が破壊された魔道具を再生してしまうらしい。
そして、その一対の魔道具は別々の離れた場所に配置されているそうだ。
冒険者ギルドがどうしてそこまで詳しいのかはともかく、ヒントが多いクエストというのは有り難い話だ。
今のヒントをゲーム的に解釈すれば、封印を解くには魔道具の同時破壊が必要というわけだ。
しかも距離が離れているとなると、パーティを分割する必要がある。
突入可能人数が4人であるからには、2:2に分かれて中ボスを撃破し、合流して魔道士と戦えということだろう。
これらが前日に集めた情報だ。
今の時点で四つめの拠点へのクエストに挑むものは間違いなくトップ層であり、そうなるとフォーラムからの情報は全く期待できず、結局集まったのはゲーム内情報をまとめたものだけであった。
準備が整った後、アラタたちは昼前に出発した。
ヴィーア坑道への道中では作戦会議が行われていた。
四人は緩やかな山道を歩きながら話しをしている。
議題は、アラタ、パララメイヤ、ユキナ、メイリィの四人がどのように分かれるか、である。
「僕とメイヤ、メイリィとユキナで組むのが無難だと思いますね」
「その心は?」
「近接遠隔で分かれるのは当然として、僕とメイヤは他より付き合いが長い分連携がれとれそうですし、中衛であるユキナのカラクリは、クセの強いメイリィのクラスをフォローするには向いてると思います」
「そうですね、わたしもいい考えだと思います」
そう言うパララメイヤはどこか嬉しそうに見えた。
「面白みはないけど、無難やね。というか遠近分かれるなら組み合わせは二通りしかないしな」
「えー、アタシフワフワちゃんと一緒がいいんだけど?」
メイリィがわざとらしく頬を膨らませて言った。
意外であった。メイリィが近接同士にも関わらずアラタと組みたいと言っても驚かないが、パララメイヤと組みたいというなど思いもよらなかったからだ。
「なぜです?」
「だってアタシフワフワちゃんとはほぼ初対面だし、親睦を深めたいじゃない?」
アラタは疑いの目を向けた。
またなにかろくでもないことを考えているのかもしれない。
「メイヤになにかするつもりですか?」
「なにかってなに?」
まさかPKはしないと思うが、なにか意地悪なことをしてパララメイヤが強制切断に追い込まれる可能性は否定しきれない。
メイリィは面白ければそれでOKと考えるきらいがある。流れによってはそういうことが本当に起こってもおかしくはない。
「フザけたイタズラですよ、闘技場の時みたいにね」
「感謝された記憶しかないけど?」
「皮肉っていう難しい言葉を知ってますか?」
「まあまあお二人さん、落ち着いて」
ユキナがアラタとメイリィの間に割り込んだ。
「ウチとアラタ、メイリィとメイヤちゃんでも別にええんとちゃう? 大鎌使いって確か自傷系のスキルがあるやろ? ほんなら回復ができるメイヤちゃんと一緒っていうのは理に適っとる」
「そうそう、アタシもそれが言いたかったわけ」
「本当ですか? 親睦がどうのは?」
「それも目的」
まあ理に適っているのは確かであり、強く否定することでもないのかもしれない。
それでも、メイリィとパララメイヤが一緒、というのはなんとなく不安だった。
「わたしもそれでいいですよ。メイリィさんには助けてもらってますし」
「だよねだよね、フワフワちゃん話がわかるぅ!」
そう言ってメイリィはピョンピョンと跳ねながら歩いている。
「で? 頭の硬いリーダーさんのお許しはでるの?」
「本当に変なことはしないんですね?」
そこで、メイリィの瞳が挑戦的に煌めいた。
「したらどうなるの?」
声のトーンが僅かに違い、それはどことなく不吉な気配を孕んでいた。
だからアラタはこう答えた。
「なにもしません」
「え?」
「本当になにもしません。たとえメイヤがアナタのフザけたイタズラでFDになってもね。はいそうですかでそれで終わりです」
それを聞いたメイリィは、むしろ嬉しそうにしていた。
「どうしてそんなことを言うのか教えてくれる?」
「それが一番つまらないからですよ。例えば、メイヤになにかあったら地の果てまでも追いかけて殺してやるなんて言ったら、アナタは絶対になにかをするでしょう? だから僕は誓ってなにもしないと宣言しますよ」
メイリィの口の端が持ち上がる。
見た目だけなら完璧に幸せな少女だった。
「素敵。ねえ、アラタはどうしてそんなにアタシのことがわかってるの?」
「わかってませんよ、なにも。ただ勘で言ってるだけです」
「ならアタシたち波長が合ってるのかもね。むふふふ」
そこでパララメイヤが困ったようにして、
「えっと? わたしは結局メイリィさんと組むでいいんですか?」
「いいですよ。たぶんそれが最適だと思います」
「わーい! それじゃあフワフワちゃんよろしくね!」
言ってメイリィはパララメイヤの後ろから抱きついた。
ヴィーア坑道の入口は、本当になんの変哲もない洞窟に見えた。
岸壁にぱっくりと入口が開いている。ただそれだけだ。
しかし、中に入るとそれが単なる洞窟ではないのがわかる。
ミラーに移動したとき特有の目眩があったからだ。
さらに言えば、洞窟の中で明かりもないのに、明るいのだ。
これはダンジョン特有のものだ。
問題の箇所は、入ってすぐにあった。
正面の道に、バチバチと物騒な音を立てる光の壁があったからだ。
これが封印とやらだろう。
そして、その左右にはわかりやすく分かれ道がある。
この左右にそれぞれ同時撃破すべき中ボスが配置されているわけだ。
右の道はアラタとユキナが。
左の道はメイリィとパララメイヤが行くことになった。
ここをクリアすれば、おそらく五体目のボスを撃破したことになるはずだ。
そうなれば、最後の街へ行くためのボスを倒せばちょうど試練とやらをクリアしたことになる。
アラタは懐かしの六畳一間を思い出した。
まだ半月と少しだというのに、ずいぶん昔のことに思える。
しかし着実に開放への道は進んでいるはずだ。
伸びたカップ麺は近い。
アラタは大きく深呼吸をして気合を入れた。
「それじゃあ、行きましょうか」




