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75.不快な誤解


 深く考える前にアラタは走った。

 ユキナに念信を送っても返事はない。

 質の悪い冗談の可能性もあるが、メイリィならともかく、ユキナがそれをやるとは思えなかった。


 ユキナは何かしらの危機にある。

 それは間違いない。


 最悪なのがアラタに関わったものとしてエデン人に目を付けられたパターンだ。

 そうなると何が起こっているのか想像すらつかない。


 アラタはスラム街の人混みを縫って走る。

 NPC達が何事かと振り返る。

 そんなNPCには脇目もくれず、アラタはただひたすらユキナの工房を目指す。


 他に考えられるのは、プレイヤーキャラに目をつけられた場合だ。

 アラタがユキナの工房に行った時もロンが護衛をしていた。

 しかもロンは最初から喧嘩腰だった。

 ということは、アラタが最初の来客でなかったのは想像に難くない。

 おそらくそれ以前に暴力的な手段で武器を手に入れようと考えた輩がいたのだろう。


 そのパターンは大いにあり得る。

 今はロンがログアウト状態にあり、ユキナはカラクリが使えない。

 そんな事態に陥ったら藁にも縋る思いでアラタに助けを求めてもおかしくはない。


 どちらにせよ、戦闘になる可能性が高い。

 アラタは神経を研ぎ澄ましながら走る。


 ユキナの拠点前まで行ったところで速度を落とした。

 布だけがかかった入口を潜り、ロンとやりあった細長い部屋に踏み入る。

 部屋の状態は、かつてアラタが訪れた時と何も変わらなかった。

 少なくともこの部屋は。


 アラタは奥へと進み、工房の扉の前まで来たところでかすかな男の声を聞いた。

 ことが起こっているのは二階らしく、何を言っているかもわからない。

 それでも、だいたい察しがついた。

 

 中にいるのは他のプレイヤーキャラで、ユキナもおそらくここにいる。

 想定したパターンの後者だろう。


 アラタは工房の扉を開けた。

 いつも通りの散らかりようで、そこには誰もいなかった。

 しかし上から人の気配がある。

 アラタは奥の階段を登り、廊下を進んでさらに奥側の扉の前に立った。


 ここだ。


 アラタはわざと扉をノックした。

 中の気配が変わる。


 強襲をしてもよかったが、中の状況がわからずそれをするのは危険だ。

 アラタよりもむしろユキナが。


 だからアラタはわざとノックをして注意を引いた。

 誰が入って来ても必殺の先制攻撃を仕掛けてくるような手練だったら致命傷になりかねないが、その可能性は低いと踏んでいた。


 扉を開ける。


 アラタの目に、様々な情報が流れ込んでくる。

 工房ほどではないが散らかった部屋だった。雑多に転がった書籍。ベッドから落ちたクッション。テーブルの上の食べかけのパン。包帯だらけのうさぎのぬいぐるみ。顔に入れ墨を入れた男。人相の悪い男。そして、片耳がなく、そこから血が滴り落ちて膝をついているユキナ。


 顔が半分血に染まっていた。


 アラタは瞬間的にキレそうになるのを抑えた。

 半眼になり、顎を触って気持ちを落ち着ける。

 そういった感情は戦いの精度を落とすと散々師匠に言われ、わざわざこういったルーティンまで作ったものだ。


 二人の男は、突然の乱入者に対してどうするか決めかねているようであった。

 ユキナは無言でアラタを見つめている。


「こんにちは。なんの最中ですか?」


 アラタはできるだけ平坦な口調で言った。


 入れ墨の男が持っている短剣が赤く染まっていた。

 それだけで、アラタはここで何が起きたのかを完全に理解した。


「あんた、アラタってアラタ・トカシキか?」


 入れ墨の男が言った。

 表示されているプレイヤーネームに反応したのだろう。

 アラタは、男の瞳の奥から微かな恐怖を感じた。

 こいつも、アラタが大量PKをしたという噂を知っているのだろう。


「自己紹介の手間が省けて助かりますよ」


 入れ墨の男は、人相の悪い男と顔を見合わせた。念信の気配。

 それから、


「ああ、もしかしてあんたもか?」


 人相の悪い男が言った。


「あんたも、とは?」

「あんたもコイツから色々せしめようってんだろ? なら一緒にどうだ?」


 ここでの正しい対応は、話を合わせることだ。

 この二人がどれほどのものかはわからないが、アラタの噂にいくらか威圧されているのは間違いない。

 だからこそ誘っているのだろう。

 ならば話を合わせて、一緒にユキナに対して拷問じみた行いをすると見せかけ、不意をついて二人を片付けてしまえばいい。


 ユキナもおそらくそう考えて黙っている。

 アラタが来ても声も念信も発しないのは、アラタが立ち回り易くするために違いない。

 

 だが、アラタは話を合わせるつもりなどなかった。

 これほど不愉快な勘違いはなかなかない。


「何か勘違いしているようですね」

「勘違い?」

「僕はユキナ・カグラザカを脅しに来たのではなく、助けに来たんですよ」


 ユキナは状況に似つかわしくない怒り顔をしていた。何言うとんねんと心の声が聞こえてきそうだ。


 にわかに緊張が走った。

 

「待ってくれ。獲物を独り占めしたいって話じゃないのか?」


 入れ墨の男は、アラタの発言が信じられぬようだった。

 いったいミラー42のフォーラムで、アラタ・トカシキという人物はどういった話になっているのか気になった。


「わかりやすく言いますが、僕はあんたら二人をふっ飛ばしに来たんですよ」


 それを聞いた二人の気配が変わった。

 どこか浮足立っていたような気配が、腹を据えたものになった。

 二人が念信でやり取りしている気配が伝わってくる。


 鋭い敵意がアラタを刺した。

 入れ墨の男は短剣を構え、もうひとりは中型の斧を取り出した。


 構えを見ても、二人が雑魚ではないのはわかる。

 さすがに今の時期にガイゼルにいるプレイヤーはそれなりの腕なのだろう。


YUKINA-RES:何やっとんの!! せっかくウチが隙をつけるようにしたのに!!


 アラタはそれに返信しない。

 視点は焦点を定めず、遠くを見るように二人の動きを見る。

 アラタは抜刀せぬまま、僅かに腰を落として構えた。


「俺等は二人だぞ? 勝てると思ってるのか?」


 入れ墨の男が言う。

 さきほどまでと違い、瞳に恐怖の色はない。


 アラタはそれを聞いて、口の端を歪めて笑った。


ARATA-RES:勝てないと思ってるんですか?

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