72.企む者
レイゲンは、三つ目の拠点にまでたどり着いている一握りのプレイヤーの内の一人だ。
クラスはローグで、近接戦闘での腕にはそれなりに自信を持っている。
レイゲンが自分の最も強みだと思う部分は、手段を選ばないところだで、騙し、恐喝、詐欺、リスクがメリットを上回ると思ったらなんでもやる。
もちろん、その遊戯領域の許す範囲でだが。
レイゲンは、他領域からの相棒であるサミュエルと一緒に、アルパの街から始めた場合の第三拠点である、城塞都市ガイゼルまでたどり着いていた。
ガイゼルに入ったのは一週間も前になる。
これは間違いなくトッププレイヤー層の進行速度だ。
レイゲン自身の腕もあるが、組んだ野良の二人組にも恵まれた。
リルテイシア湿地を一発クリアし、レイゲンは最速勢としてフォーラムでイキリ散らかし、いい気分に浸れる立場にあった。
しかし問題もある。
それはこれからの展望だ。
レベリングはなんとかなる。
第三拠点までたどり着いているプレイヤーはほとんどいない。
そうなると、冒険者ギルドからのクエスト受注の競争率が一気に下がるのだ。
ガイゼル周辺でしかできないクエストを選択すれば、レベリングは今までと比較にならないほど快適に行える。
では何が問題なのかと言えば、それは武器だ。
これだけはいかんともしがたいものがあった。
アルカディアはシステム的に、武器をプレイヤーの職人に作らせることを推奨している。
だが、アルカディアはまだ開かれてから二週間と少ししか経っていない遊戯領域だ。
皆が新しい領域を楽しむのに精一杯で、職人クラスのレベルをひたすら上げ続ける者などほとんどいない。
それに加えて、サービス開始当初の領域分割が行われている今ならなおさらだった。
そこまで来ると、職人クラスの最先端を突っ走るプレイヤーなど、各ミラーに一人、二人くらいしか存在しないのが普通だろう。
ミラー42には、一人しかいなかった。
ユキナ・カグラザカというプレイヤーだ。
バザーに出ている上位武器はすべて、ユキナ・カグラザカの出品だった。
どれもアホほどボッタクった値段で。
完全に足元を見た値段であり、厚利少売の極みとしか言えない売り方だ。
けれど、サービス開始当初で独占できる状態ならば、これは賢い商売なのだろう。
気にいるかは別として、レイゲンとしても効率のいい売り方だとは思う。
そんなボッタクリ武器を買う金はレイゲンにもサミュエルにもなかった。
ほぼ詰みだ。
まともにやるならば、ひたすらクエストを繰り返してマニーを貯めて、素直にボッタクられる以外に方法はない。
そんな頃には他のプレイヤー達もガイゼルまでたどり着いて、競争率が上がりきっているだろうが。
ただしそれはまともにやるならば、だ。
本当に偶然であった。
それはしばらく時を遡り、レイゲンがガイゼルに着いた最初の日であった。
ユキナという名前のプレイヤーがガイゼルにいたのだ。
ユキナは特徴的な麻呂眉をした兎人で、変わった髪型の男と一緒に歩いていた。
まさか同名の別人ということはあるまい。
レイゲンはローグの隠密を駆使してユキナを尾行した。
最終的にはガイゼルのスラム街まで行き、ユキナが拠点としているのは、そこの貸し工房だということがわかった。
今の時点で工房が借りられるなど、どれだけ儲けているのだろう。
拠点がわかれば、やることは一つだ。
サミュエルもそれにはすぐに賛成した。
恐喝である。
拠点を襲い、痛めつけ、武器を脅し取るのだ。
武器を手に入れるには、効率的で賢い手段だ。
なにせ、アルカディアはPvPが許されているのだ。
それどころか、PvPの仕様がわざわざPvEと異なるという時点で、推奨すらされていると考えていい。
ならば、襲って恐喝し、武器を奪うのだって禁止されてはいない。
ただ、方法は工夫しなければならない。
PKをしたところで、そのプレイヤーが持っているアイテムが手に入ったりはしないのだ。
しかしアルカディアでのデスペナルティは異様に重い。
三日の強制ログアウトなど、プレイすること自体が難しいアルカディアでは、誰しもが絶対に避けたいものだ。
それならば、痛めつけ、武器を寄越さなければ殺すと脅しつければいい。
ユキナ・カグラザカもバカではないだろう。三日の強制ログアウトと一部商品を失うのを天秤にかければ、必ず渡すはずだ。
良心の呵責、みたいなものは存在しない。
レイゲンは、それが自分の役割だと思っている。
全人類が善人だったらそれはつまらない世界になるだろう。
レイゲンのように、気にせず悪事を働けるのは貴重な存在なのだ。
レイゲンはそれを、ある種の誇りにすらしていた。
翌日には、すぐに決行した。
ユキナ・カグラザカの工房に奇襲をしかけたのだ。
結果は散々だった。
計算外だったのは、変な髪型の男が想定外に強かったところだ。
用心棒らしきその男は、レイゲン達を返り討ちにし、クソみたいなデスペナルティをプレゼントしてきた。
せっかく最速でガイゼルまでたどり着いたのに、貴重な三日間を棒に振ることになったわけだ。
強制ログアウトが明け、不本意ながら地道なレベリングをして数日が経った頃だった。
レイゲンのところに、見たことのない人物が現れたのだ。
それは深夜にサミュエルと酒場で安酒を飲んでいる時だった。
仮面を被ったいかにも怪しい人物で、そいつは情報屋を名乗っていた。
「で? どんな情報を寄越そうっていうんだ?」
レイゲンがそう言うと、情報屋は武器を手に入れる方法だと言った。
値段は四万マニー。
バカげた話に思えた。コイツこそ痛めつけてその情報とやらを吐かせてやろうか、レイゲンはそこまで考えた。
しかし、次の言葉がレイゲンの気持ちを変えた。
「武器を手に入れようとしてFDすることになったレイゲンさん達には、値段以上の価値があることは保証しますよ」
情報屋は、レイゲン達が何をし、どうなったかを知っているのだ。
カマをかけているわけではあるまい。
情報屋からはそんな気配はしない。レイゲンの勘がそう告げていた。
他の遊技領域でもこういった情報で金を稼ぐ輩はたまにいる。
コイツはその類なのだろう。
今の時点でガイゼルにまでたどり着けていて、且つレイゲン達の事情を把握しているというのは信用に値すると考えた。
「面白い、聞こうじゃねぇか」
レイゲンはトレードで四万マニーを渡した。
その見返りとして渡されたのは、音声ログだった。
「なんだこりゃ?」
「聞いてみてください」
レイゲンは言われた通りに音声ログを再生した。
若い女の声だった。
――――ウチの相棒だったロンがイカれてもうた…… それにウチのカラクリもやられて、ウチはか弱いだけの乙女になってもうた…… こんなん心細うてたまらんわ……
この胡散臭い喋り方は忘れもしない。ユキナ・カグラザカだ。
レイゲンは音声ログをコピーしてサミュエルにも渡した。
サミュエルの口元が、ニタリを笑みを作った。
「そのデータは今日のものです。どのように活用するかは貴方がた次第ですよ」
そう言って情報屋は去っていった。
「もちろんやるだろ?」
サミュエルがニタニタ笑いを浮かべて言う。
「当たり前だ」
レイゲンは即答する。
どういう事情かは知らないが、あの用心棒がデスペナルティ中で、ユキナ・カグラザカ自身もカラクリを出せない状態にある。
少なくとも、明日までは。
ならばやることは決まっていた。
明日の朝には、リベンジと行こうとではないか。




