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70.見世物

「ほれ、直したぞ」


 ラーズグリフが指揮棒のような杖をアラタに渡した。

 渡し方は雑だが、アイテム情報を見るに本当に直ったようだった。

 時逆の杖。レアリティがレジェンダリーのアイテムなど初めて見た。

 しかもそれが消費アイテムだというのも驚きだ。


 一度だけ対象の時間が戻せるとあるが、ゲーム上でいったいどういった挙動をするのか想像がつかない。

 アルカディアとシャンバラは同じ時間の流れを共有している。純粋に時間遡行を行えるということはまずあり得ない。

 そうなると何かしらのペテンで実質的に時間を戻したような挙動が行われるのだろうが、そのあたりは使ってみないと何が起こるかわからない。

 それなのに使い切りの一度しか使えないアイテムとなると、使い所には酷く困りそうだ。

 ゲームにおいて、一個しか手に入らない消費アイテムほど使いにくいものはないのだから。


「ありがとうございました」

「ならその目を詳しく調べさせてはくれんか?」

「気が向いたら考えますよ」


 アラタはそう言ってラーズグリフの研究室を後にした。


 次の目的は、新しい拠点への到達だろう。

 霊木のクエストは、十分過ぎるほどの成果があった。

 希少なアイテムを手に入れられた上に、レベリング効率も極めて良かったのだ。

 霊木と謎の光球を倒した経験値は膨大で、一気にレベルが三上がった。

 こうなると次のダンジョンに挑む体制は整っていると考えてもいいかもしれない。


 次なるダンジョンはヴィーア坑道。

 四つめの街であるシュトルハイムを目指すにはここを通るのが最短らしい。

 もしかしたらそれ以外のルートもあるのかもしれないが、アラタの目的はボスと戦うことだ。

 ならば挑まない手はない。


 アラタはラーズグリフの研究室から宿へと戻る道を歩く。

 日がもう暮れかけていた。

 NPCの人通りが減って、夜の気配が近づいてきている。

 そんな時だった。


「そのまま歩いて」


 全く気が付かなかった。

 アラタの隣に、一人の幼女が歩いていた。

 小さな歩幅でアラタと並んで歩くのは、いつかの夜、アラタに接触してきた白髪の幼女だった。

 あの老人と同じく、エデン人の複製体を名乗った幼女だ。


「またいきなりなんですね」


 アラタは歩みを止めずに歩調を緩めた。

 幼女のアバターを使っているせいで、足取りが酷く忙しいように見えたからだ。


「クラウンのちょっかいを退けたばかりでしょ? それならたぶん監視はされてないはずだから」

「クラウン?」

「こっちではどんな格好をしてるか知らないけど、アナタに接触している人物よ」


 老人のことだろう。

 本名とは思わないが、道化クラウンとはずいぶんフザけた名前だ。


「それで? 今度はちゃんとお話できるんですか?」

「たぶんね。前回はまともに話す時間もなかったから」


 黄昏が街を包んでいた。

 すれ違うのはNPCばかりで、相変わらずガイゼルにはプレイヤーが少ない。

 そんな中を、アラタと幼女はゆったりとした速度で歩んでいる。


「まずアナタをなんて呼べば?」

「ネメシスでいいわ」

「ではネメシス、アナタはなぜ僕に接触しているんですか?」


 ネメシスに考えているような間があった。


「ああ、シャンバラ人の僕にもわかりやすいように頼みます。エデン人の言い回しはわかりにくいことも多いので」

「努力するわ。私はあなたを手助けするために接触してるの」

「それなら一体何が起こっているかも教えてくれますか? なぜ僕はアルカディアから出られなくなっているのですか?」


 ネメシスはすぐには答えなかった。

 考えているというよりも、言いにくいことを言うまでの覚悟の時間の気配があった。


「……見世物なの」

「見世物?」

「エデン人はね、いつも退屈してるの。エデン人は個人の領域を自由にできるし、自己の改変だってできる。でもね、いずれそういった神様ごっこは飽きてしまう。大抵のエデン人の行き着く先は、追想リプレイになるの。それもシャンバラ人のリアルなね」

「つまり、僕が厄介な目に合ってるのは、後でエデン人の見世物にされるためだと?」


 不思議と怒りは湧いてこなかった。

 一つの経験作りのために一体どれだけの手間をかけようとしているのか。

 そんなものは、一本の短編小説を作るために世界をまるごと想像するようなものだ。

 ネメシスが嘘を言っている気配はなかったが、価値観が違い過ぎてその発想をすんなり受け入れることはできなかった。


「あなただけではないのだけどね。この遊戯領域には、願いの種子と呼ばれるウイルスが仕込まれてるの」


 ウイルス、またえらく物騒な単語が出てきた。

 エデンからのウイルスは、過去にシャンバラに大損害をもたらしたことがあるのだ。


「その獲得を競わせる様子を見世物にしようとクラウンは考えたの」

「待ってください、そのウイルスは何ができるんですか?」

「あなたが想像できることはすべてできると思うわ」

「それはこの領域に限らないものですか?」

「もちろん。シャンバラを好きに改変できるわ」


 アラタの足は、半ば自動的に動いていた。

 宿に帰って一休みしようとしてたところでこれだ。

 想像できることはすべてできる? 冗談ではない。

 それが本当なら、シャンバラ全体を崩壊させることだってできるということか。


「笑えない冗談ですね」

「冗談じゃないからもっと笑えないわ」

「それで、あなたは僕にどうしろと?」

「勝って願いの種子を手に入れて」

「僕が悪用するかもしれませんよ?」

「もう一人が取るよりマシなのは確実だから」

「そのもう一人っていうのは?」


 そこで幼女が足を止めた。


「ごめんなさい、時間切れみたい」

「まさかこれも見世物の一幕ですか?」

「違うわ、私は本当にあなたの味方、それだけは信じて」


 信じろ、と言われても信じる根拠が何も無い。

 それでも、なぜかネメシスの言っていることは嘘ではない気がした。

 言葉の端から、言いようのない切実さを感じるのだ。


「また会いに来るわ。この体じゃ大したことはできないけど、疑問に答えるくらいはできると思うから」

「それは大変有り難い話ですね。一晩かかっても聞ききれないだけの疑問は準備できてますから」


 答えを返すことなく、現れた時と同じ唐突さで幼女の姿が消えた。

 

 アラタもそれに合わせて足を止める。

 夜の帳は降りかけ、空には一番星が輝いていた。


 アラタは今聞いた話を反芻している。

 それはつまり、老人が言っている星の試練とやらをクリアしたら、シャンバラ全体を意のままにできるということか。

 まるで現実味のない話だ。

 たかがゲーム、そのはずなのに。


 話半分に聞いておくべきだとは思う。

 なにせ、ネメシスと名乗った幼女もあの老人と同じエデン人の複製体なのだから。

 直感に従って信じるわけにはいかない。


 それでもアラタは、想像したよりも遥かに厄介な何かに巻き込まれている気がしていた。

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