7.殺意まみれのきまぐれガール
過去世界やファンタジー世界を舞台にした領域ではやってはいけないことがある。
それは、戦闘時以外での念信である。
戦闘時はいい。口での会話を許さない高速戦闘の最中ならば、念信を使っての駆け引きや連携は肯定される。
しかし、それ以外の時の念信はマナー違反とされる。
せっかく非現実的な世界に来ているというのに、それをぶち壊すような通信方法は極力とるな、というわけだ。
つまり、戦闘中でもないのに念信で話かけるのは喧嘩をふっかけている以外のなにものでもなく、理由なく念信で話しかけたが最後、キレられて襲われたってなんの文句も言えないわけだ。
アラタの視界に佇む少女は、今まさにそれをした。
ヘッダーのエントリーからメイリィという名前であることがわかる。
メイリィは大鎌をゆるく持ち上げ、アラタを見ている。
MEILI-RES:でも、よく見たらちょっとかわいいわね、見逃してあげてもいいわ。
メイリィは年相応に見える笑顔をアラタに見せていた。
気に食わない。
ユグドラのメンバーを皆殺しにしたのはいいとしよう。
PKなど褒められた行為ではないが、こうも簡単にやられてしまう方もやられてしまう方だ。
巻き添えになったかもしれない初心者は気の毒だが、ホイホイと怪しい場所に入ってしまった責任というものもある。
しかし、いきなり念信で話しかけてきたのは気に食わない。
絶対に勝てると確信しているようなそのツラも気に食わない。
アラタは、売られた喧嘩は買う主義だ。
だから、アラタは言った。
ARATA-RES:せっかくだから、戦っていきますよ。
MEILI-RES: ? :IMAGE ONLY
忍者刀を抜き放ち、空洞内へと踏み込んだ。
MEILI-RES:まさか戦う気なの? アタシと?
ARATA-RES:なにがまさかなのかわかりませんが、そのまさかです。
メイリィは愉快そうに笑う。
MEILI-RES:面白いの。いきなり戦うんだ? もっと、どうしてこの人たちを殺したんだーとか、そういうのってないの?
ARATA-RES:ないですよ。アナタがこの人たちより強かったってだけでしょう。
MEILI-RES:わかってるじゃん。アタシ、とっても強いよ?
喧嘩を買う、という意味もあったが、アラタには試してみたい気持ちもあった。
ARATA-RES:僕はマルチゲーは十と四年ぶりで、自分がどれくらいの位置にいるか試したいんです。
メイリィは一瞬だが、妙な表情を見せたように感じた。
MEILI-RES:ほんとにいいの? このゲームのデスペナってめちゃめちゃ重いよ?
ARATA-RES:いいんですよ、ポッと出のPK屋さんに狩られる程度じゃあ、どうせ大した速度じゃ攻略できません。
MEILI-RES:それってこの人たちへのイヤミ? ウケるけど。
メイリィが死体を指差す。
ARATA-RES:いや、そういうわけじゃ。
「すいません」
と声に出してアラタは謝った。蘇生待ちの相手に聞こえているのかは知らないが。
MEILI-RES:別にいいけど、本気の本気で戦るつもりなんだ?
ARATA-RES:よく見ればなかなか可愛いですし、見逃してあげてもいいですけど。
半分は挑発だが、半分は本気だった。
MEILI-RES:ありがたい話だけど、対人戦は大好きなの。
ARATA-RES:そうですか、ところでやる前にひとつ聞いていいですか?
MEILI-RES: ? :IMAGE ONLY
ARATA-RES:貴方に勝てたら、僕はどのくらい強いと言えますか?
死体の群れの中心にいる少女は、花開くように笑って大鎌を構えた。
MEILI-RES:その時はこのアルカディアで最強を名乗っていいよ。
アラタはメイリィの踏み込みに半瞬先んじて動いた。
両者が人間離れした相対速度で迫り、一秒とかからずお互いが死の間合いにいた。
明暗を分けたのは、お互いの認識の違いだったように思う。
アラタはメイリィを、ユグドラのメンバーを無傷で倒したプレイヤーと認識していた。
メイリィは、アラタを口達者な面白いやつと認識していた。
メイリィの大鎌がゆらめいた。
メイリィの大鎌の速度は殺人的で、当たれば急所でなくとも全てのHPを持っていく気配を孕んでいた。
しかし、そこには警戒が足りていなかった。
アラタは馬鹿げた反応速度で身を沈めて大鎌を潜り、左の逆手に握っていた忍者刀を打ち上げるように振るった。
メイリィの反応は迅速だった。
主武器である大鎌を躊躇なく離し、その右手にはいつの間にやらダガーが握られ、避けるどころかアラタの忍者刀を握る指を狙っていた。
それもアラタの読みの範疇であった。
ARATA-RES:欲張ると怪我をしますよ。
忍者刀は既に引き、その時にはもう、アラタの右手の人差し指と中指がメイリィの左眼球に突き刺さっていた。
網膜上のログにクリティカルと同撃崩の発動を確認する。
そのまま眼窩に指をかけてイニシアチブを取ろうとしたが、メイリィは後ろへと飛び退ると同時にダガーを投げていた。
素晴らしい反応と言わざるを得ない。退いた速度とダガーの軌道から、無茶をすればせっかくの優位が覆る可能性もあった。
アラタは仕方なく忍者刀でダガーを弾いて、距離を取ることを許した。
アラタの対面には、間合いの外に出たメイリィが、左目をおさえて立っていた。
距離を取る際に大鎌を捕まえていたらしく、その手には大鎌が戻っている。
ARATA-RES:僕を誘ってくれた人もそんな感じでしたけど、左目のそれ、流行ってるんですか? 見えなくて不自由に見えます。
挑発は、しておくに限る。
対人戦で重要な要素の一つは、相手より自分を大きく見せることだ。
敵相手とは違う。精神的優位は直接そのまま戦闘の優位へと繋がる。
MEILI-RES:よくもまあ、こんなかわいい女の子の目を抉れたものね。
ARATA-RES:女子供も、大人男も、目の大きさはそこまで変わりません。難しくはないですよ。
メイリィは油断のならない相手だ。
痛みが大きく緩和されているとはいえ、目に指を突っ込まれて冷静に動けるプレイヤーがどれだけいるだろうか。
これからアラタがしなければならないのは、決して油断をしないことだ。
実力が拮抗した相手ならば、一度傾いた天秤を動かすのは難しい。そこだけを気にすればいい。
MEILI-RES:メイリィ・メイリィ・ウォープルーフ。
ARATA-RES:いきなりなんですか?
MEILI-RES:自己紹介よ。人に名前を尋ねる時は、自分から名乗るのが礼儀でしょう? アタシをオシャレにしてくれたのが一体何者か知りたいの。
アラタは答えるか一瞬迷った。
答えるフリをして仕掛けるというのはかなりアリな気がしたからだ。
が、それは面白みがない気もした。
こういうやり取りもマルチゲームの醍醐味だ。
ARATA-RES:アラタ・トカシキ。無限にソロゲーをやり続けていた男ですよ。知らないでしょうけど、少しでも通った名前だとデイサバイバーですかね。
メイリィの残された右目が驚きに見開かれた。
MEILI-RES:知ってるわ。まさかそんなのが相手だったとはね。
ARATA-RES:ツウシンカラテ十段だってことも知ってくれてますか?
MEILI-RES:それは知らないけど。
ARATA-RES:そうですか……
アラタは認知されたことが少し嬉しく、偉業が理解されていないことが少しだけ悲しかった。
そこで、網膜上に信じられないメッセージが表示された。
それは、フレンド申請だった。
メイリィからの。