68.一投
もうHP欄を確認するまでもなかった。
一目見るだけでロンが死亡状態なのは明白だった。
攻撃は失敗し、犠牲まで出た。
アラタは舌打ちする。
次の手を考えなければならないのだが、思考に霞がかかっているような気分だった。
ただでさえ正体不明の相手と戦わされて考えなければならないことが多いのに、それに加えて仲間のことまで考えねばならず、そうであったはずなのにミスまでしてしまった。
そこで目に入ったのはユキナだった。
さっさと下がればいいものを、ロンだったものを見て呆然としている。
そして、アラタの視界に入ったのはユキナだけではなかった。
ユキナの近くに、まだ数枚の葉が浮いていたのだ。
しかもそれは回転を続けている。
蘇生待ち状態にならずにロンが消えた。
特殊な戦闘故なのか、ロン自身が諦めたのかわからない。
もしかしたら、蘇生を意識させて足を引っ張るのを避けたのかもしれない。
お嬢を頼むと言われたのだ。
最速で縮地を切った。
ARATA-RES:お腹、ガードしてください!!
YUKINA-RES: !? :IMAGE ONLY
通じれば幸運だと考えながら念信を飛ばした。
アラタを追って、集合体本体から錐が放たれる。
速度はアラタの方が早い。アラタはユキナへと一心に走る。
ユキナの周囲に浮いていた葉の回転が早まり、ユキナをさらなる追撃が襲おうとしていた。
縮地が切れた瞬間にアラタは身を捻り、横回転を入れて照準を合わせた。
低く跳び、慣性を利用したままユキナへと近づく。
ユキナはアラタの言った通りに、腹部の前に腕を構えてガードしてくれていた。
葉の弾丸がユキナへと発射された。
だが、アラタの方が早い。
ARATA-RES:すいません!!
後ろ回し蹴りである。
アラタの後ろ回し蹴りが、ユキナの腹部へと見事に命中した。
足の振り自体は加減しているが、全力で走っての慣性がしっかり乗った蹴りを受け、ユキナの細い体が吹き飛んだ。
宙を浮くユキナの瞳に光が戻った。
YUKINA-RES:ちょっ、こんなんお礼言う気にならんで!!
ARATA-RES:そうは言っても! 僕だって狙われてるんですから!!!!
アラタは追ってきた錐を避け、ユキナに命中するはずだった葉の弾丸を躱さんと動く。
どうしたって躱しきれない二枚のうち一枚は忍者刀で撃ち落としたが、もう一枚は左腕で防ぐしかなかった。
アラタの左腕に鈍い痛みが走る。
貫通はしていない。左腕に葉っぱが突き刺さっているだけだ。
一瞬、この状態からさらに葉が動いたり、寄生のような特殊な特性があったらどうしようかと考えたが、葉はただの葉に戻っていた。
もしそんなことがあったら、自分で腕を切断しなければならないところだった。
アラタを狙う錐が動きを止めたかと思うと、三度目の葉の嵐がアラタ達を襲った。
ユキナとパララメイヤのHPが危険水準まで削られている。
この事態をどうにかするには、葉の集合体を倒すしかない。
弱点は光球でおそらく間違いない。
問題はどうやって露出させ、かつ露出した光球に効果的な攻撃を仕掛けるかだ。
先ほどアラタが雷神を打ち込もうとした時には、開かれた葉が信じられない速度で閉じられた。
偶然開かれる時間が終わったとは思えない。おそらく、一定距離まで近づいた場合即閉じるような性質があるのだろう。
そうなれば近距離で光球に攻撃することは叶わず、遠距離攻撃でどうにかしなければならない。
アラタは迷わず残ったスキルポイントを手裏剣術に振った。
パッシブの感覚系スキルに頼るのは趣味ではないが、この際そんなことは言ってられなかった。
PARALLAMENYA-RES:アラタさん! 回復するので集まってください!!
パララメイヤメイヤからの念信。
ARATA-RES:いや……
パララメイヤには、まだ一回以上の大魔法が残っているはずだ。
雷神を使い切り、ユキナのカラクリは破壊され、集合体のガードを開く威力がある攻撃を持っているのは、たぶんパララメイヤだけだ。
ARATA-RES:大魔法をお願いします、それまで僕が誘導します。
ほんの僅かな間の後に、
PARALLAMENYA-RES:わかりました!
「汝の名は力、力の名は大地」
質問なしにパララメイヤは詠唱を始めた。
そのことに感謝しつつ、アラタは錐の誘導を開始する。
「大いなる力よ、すべてを育みしその力を我の手に委ねたまえ」
回復してHPを戻したところで、それは勝ちには繋がらない。
結局重要なのは、最大火力の攻撃であるパララメイヤの魔法でガードをこじ開け、そこをアラタが刺すことにある。
「突き上げ貫け!! 打ち抜き砕け!!」
アラタは錐の回避に専念する。
ゆるく回転する集合体から次々と錐が伸びてアラタを貫こうとするが、回避に専念すれば当たる攻撃ではない。
YUKINA-RES:ウチになんかできることは!!??
ユキナからの念信。
申し訳ないが、カラクリを失ったユキナに頼めることは何もなかった。
だからヤケクソな念信を返した。
ARATA-RES:応援してください!!!!
アラタは神経を研ぎ澄ます。
次の攻撃ですべてが決まる。
スキルでの補助が入るとはいえ、慣れない手裏剣で光球を捉えなければならない。
もしその後にさらなるギミックがあったら終わりだが、それについては何も考えないことにする。
どのみち手裏剣での攻撃が失敗したらその先などないのだ。
ならばその一投にすべてを賭けるべきだ。
「大いなる大地よ! 我が意に添いて万難を排せ!!」
詠唱の完了と同時にアラタは大きく横へと跳んだ。
「大地の威よ怒りを示せ!!!!」
轟音と共に大地が盛り上がり、一本の巨大な杭となって集合体へと激突した。
まるで岩同士がぶつかっているような音が響いた。
土煙で視界が途切れる。
アラタは集合体が開いている前提で突っ込んだ。
土煙の微細な変化から錐での攻撃を察知し、避けながら突撃を続ける。
視界が開ける。
そこには、大きく口を開いた集合体があった。
奥には、赤い光球が輝いている。
距離を見誤るわけにはいかなかった。
雷神の射程、それがギリギリの距離だ。
それ以上踏み込めば、開けた口は即閉じるはずだ。
手の中に手裏剣を顕現させる。
アラタはあえて、雷神の射程一歩手前まで踏み込んだ。
アースグレイブの直撃を受けて散った葉が宙に留まり、高速で回転を始めていた。
狙いはもちろんアラタだ。
アラタは死の弾丸に取り囲まれていた。
アラタは手裏剣を持った右手を突き入れるように伸ばした。
激的な反応があった。
大きく開いていたはずの口が、うすら寒くなるような速度で閉じようとしていた。
同時に、数え切れぬ死の弾丸がアラタを貫かんと発射された。
一度しかない最後のチャンスなのだ。
ならば乗せられるものはすべて乗せるに限る。
アラタはあえて右腕を危険領域に入れた。
アラタの右手を飲み込もうとするこの動きは、攻撃扱いになるはずだ。
であれば、手裏剣の投擲にも同撃崩は乗るはずだ。
「右腕はあげます」
開かれていた口が閉じる。
その一瞬前に、アラタの右手から手裏剣が投げられた。




