67.蛮勇の代償
ユキナの突貫に虚をつかれ、アラタは出遅れた。
追いつかんと急いで走り出すが、一言いわずにはいられなかった。
ARATA-RES:なんで本体まで突撃してるんですか!!
カラクリがローラーを唸らせて走り、そのすぐ後をユキナは走っていた。
ユキナは戦闘前に本体こそが弱点であると明言していた。
それなのに自ら敵に近づくとはいったいどういうことか。
ロンは最前線で未だ時間を稼いでいた。
直撃こそないが、ロンにはいくつもの傷が目立っていた。
ロンがアラタに言ったのだ。
お嬢を頼む、と。
そのお嬢がどうしているかと言えば、危険極まりない集合体へと爆走している。
勘弁して欲しい。
ユキナとカラクリは相当な速度で、みるみるうちに集合体までの距離を詰めている。
YUKINA-RES:バフなんよ!!
ARATA-RES:バフ!?
アラタも後を追うが、速度は同速以下だった。
縮地のリキャが戻っていない以上、ユキナが先に集合体と接触するのは明らかだった。
YUKINA-RES:カラクリと本体の距離が近ければ近いほど、カラクリに強化が入るバフがあるんよ!
バフの強化量を最大にして仕掛けようということか。
そうだとしても、無茶苦茶にしか見えない。
アラタは焦る。縮地のリキャが戻るまであと三秒。
ユキナはもう二秒と経たずに攻撃を仕掛けるだろう。
RONALD-RES:お嬢!? 何してるんですか!!??
ロンの混乱が目に見えた。
露骨に動きが鈍り、左肩を集合体の錐によって大きく削られていた。
ロンはすぐに体勢を立て直して集合体の攻撃に集中しようとするが、ユキナが気になっているのか動きにキレがない。
ユキナのカラクリが接敵した。
そのすぐ後ろにユキナの姿もある。
アラタがユキナに追いついたその時、
YUKINA-RES:これでしまいや!!
カラクリの肩から、蒸気が吹き出した。
バンカー/バースト。
ログにはそう表示されていた。
カラクリが集合体に両腕を突き刺し、凄まじい爆発がおきた。
煙で一瞬だけ視界が奪われる。
アラタは速度を緩めるが前進は続けた。
すぐに視界が晴れる。
アラタの目に最初に映ったのは、集合体だった。
ゆるい回転をやめ、一部が大きく開けている。その奥には煌々と赤い光球が輝いていた。
そして、見えたのはそれだけではなかった。
無数の錐によってあらゆる角度から串刺しにされたカラクリの姿。
どう見ても無事には見えない。アラタからはステータスが確認できないが行動不能に陥っているのではないか。
背後からなので、ユキナの表情は伺えなかった。
迷いはしなかった。
光球が露出しているのだ。チャンスを逃す手は存在しない。
アラタはユキナとカラクリを無視して追い抜き、光球へと迫った。
印は既に結んでいる。
射程に入った瞬間、即座に決めにかかった。
構えた右手で光球に狙いをつける。
「雷……」
右腕を伸ばしたその時だった。
開けていたはずの葉の集合体が、急速に縮むようにその口を閉じようとしていた。
早いなどというものではなかった。
ようやく視認できる程度の神速、反応できたことが奇跡に近い。
「神」
そのまま攻めたら、腕ごと食いちぎられていたはずだ。
アラタは腕を引きながら発声を終えた。
迸る電光は、開いていた口に滑り込むようにはしった。
だが、それだけだった。
葉の集合体は口を閉じ、なんの変化もないように見えた。
失敗だ。
手を引いてしまった分だけ射程が足りていない。
集合体から伸びた錐が、アラタを狙った。
アラタはそれをかわしながら、一歩分だけ下がった。
錐がさらに追撃をとアラタを狙う。
アラタは回避を続けながら距離を保ち、そこで違和感を感じた。
アラタが狙われ続けるということはつまり、ロンに攻撃がいっていないことになる。
網膜の隅に表示されているパーティ欄の、ロンのHPを確認する。
大丈夫だった。ロンのHPはまだ半分近くある。
ではなぜアラタに攻撃が来るのか、その答えはすぐにわかった。
アラタは錐の攻撃を誘導しながらユキナに目をやった。
カラクリの姿は消滅するわけではないらしく、装甲を穴だらけにし、その場で突っ伏したまま動かなくなっていた。
ユキナはその近くで立っていた。
アラタは戦慄した。
ユキナを見て、ではない。
その周囲にある光景を見て、だ。
ユキナの周囲には、無数の小さな葉の集合体が浮かんでいた。
一目見ただけでもそれが百をくだらないことはすぐにわかった。
ユキナを中心に全方位を囲むように葉が浮かんでいた。
そして、その葉はドリルのように高速で回転しているように見えた。
頭が真っ白になりそうだった。
アラタは今の時点で錐の誘導役になっている。
この場を離れた場合、次にターゲットにされるのはユキナかもしれない。
それに加え、果たして助けにいったところでユキナを救えるのか。
自信がなかった。
浮かんでいる小さな集合体のすべてが同時に襲いかかってきたとしたら、例えアラタでも避けることなど不可能だ。
ユキナは今、そんな不可能の中心点にいる。
表情は強気だったが、耳が小さく震えていた。
アラタは意識の一部だけで自身を狙い続ける錐を避けながら、残った意識で救う手立てを考える。
考えたところで、何も思い浮かびはしなかったのだが。
ユキナを囲む葉は回転速度を上げ、唐突に、何の慈悲もなく発射された。
死の弾丸の群れが、全方位からユキナを狙った。
そこにロンが飛び込んだ。
完璧なタイミングだった。
葉が包囲網を縮め、且つ救い得るギリギリのラインでロンがユキナへと突っ込んだ。
ユキナが突き飛ばされる。
ユキナはいくらかの葉を浴びたようだが、致命傷を負わずに済んだようであった。
尻もちをついた状態から立ち上がるところがアラタにも見えた。
アラタは錐での攻撃を半ば無意識で回避しながら、途方もない無力感を味わっていた。
アラタがパーティでの戦いに不慣れだというのは間違いない。
それでももっと何かができたはずだった。
このイベントの特殊性についてもっと話しておくことはできたはずだし、戦闘が始まってからももっと念信をしてイニシアチブを握ることだってできたはずだ。
さきほどのチャンスにしても、反射に逆らって右腕を犠牲にすれば勝負は決していたはずだ。
アラタは下手くそ過ぎる自分への怒りで歯を食いしばった。
そんなことを考えても、もう遅いのだけれど。
ユキナが突き飛ばされたというのは、文字通りだ。
ロンがユキナを抱えて移動したわけではなく、勢いよく押して移動させたのだ。
そうでなければ、間に合わなかったのだから。
ユキナがいたはずの場所には、代わりにロンがいた。
その場所は、死の弾丸が降り注ぐ中心点だった。
PvP設定になっているところが、さらにその悲壮さを増幅させた。
そこにあったのは、数秒前までロンだった何かでしかなかった。




