64.容易い戦い
ユキナのカラクリが走る。
あやかしの霊木を目指して一直線に、脚部のローラーを唸らせて。
アラタとロンはカラクリに追従する。
アラタが左に進路を取ると、ロンが自然と右に進路を取った。
不快な葉音がざわつく。
あやかしの霊木に人面はあるが、ムービングウッドのように動く気配はなかった。
しっかりと根を張り、不気味な人面がアラタたちを見据えていた。
先行するカラクリの進路上、地面が微かに膨らんでいるのが見えた。
RONALD-RES:お嬢!!
YUKINA-RES:わかっとるわ!!
カラクリが速度を落とさず蛇行した。
ユキナが視覚的なパッシブスキルを取っているのか、カラクリと視界を共有しているのかはわからないが、ロンの念信に反応する時には既に動いているのが見えていた。
膨らんでいた地面から、突如巨大な根が突き出した。
カラクリは根の真横を通過する。その直後、根がアラタを押しつぶさんと倒れてきた。
アラタは避けるのではなく、縮地を切って倒れ込む根を潜った。カラクリに並びかけ、速度を落として調整する。
YUKINA-RES:一番槍ィ!!
カラクリが左右の手に付けられたドリルを同時に打ち込んだ。
重苦しい音が響き、霊木が大きく揺れた。
ログを見ると、バンカー/ダブルとスキル名が表示されている。
ARATA-RES:先ください。
省略しすぎたかと思ったが、ロンはその言葉を正確に把握していた。
ユキナのカラクリが下がるのと入れ替わりにアラタが接近する。
印はもう結んでいた。
「雷神」
アラタの指先から電光が迸り、霊木を包んだ。
ログにResistの文字、それでも無効化されたわけではなく、ダメージが通った感触はあった。
アラタが霊木の右から忍者刀で斬りつけると同時にロンが左を抑えていた。
シングルスマッシュ、ヘヴィブロウ、リーサルアッパー、気前よくログにスキル名が流れ続けている。
アラタの視界の隅、空中に光る渦のようなものが見えた。
光が強くなったかと思うと、そこから風の刃が発せられた。
見えないはずの風が視認できるのがいかにもゲームだった。
風の刃がアラタたちを狙ったが、数も速度も避けるのが難しいものではなかった。
反撃が来ようと距離を離さず攻め手を緩めない。
PARALLAMENYA-RES:大魔法行きます!!
カラクリが退きながらビームを発射していた。
アラタとロンも距離を取る。
ロンを狙って巨大な根が飛び出ていたが、ロンはそれを難なく躱していた。
「全て飲み込む無垢な力!!」
竜巻が霊木を包んだ。
風の轟音に飛び散る葉。
あやかしの霊木
HP1244/2890
削りが早すぎた。
おそらく武器の更新が大きいのだろう。
ユキナとロンは自前で用意できる最高の武器を使っているだろうし、アラタとパララメイヤも同等の武器を持っている。
その上、誰もスキル温存をしていない。サブクエストでボスがわかりきっているならば、そこで全力を出せばいいだけだからだ。
戦闘が始まってからまだ30秒と少ししか経っていない。
これだけ削りが早いと、なにか飛んだフェーズがあってもおかしくはない。
竜巻がかき消え、それと同時にノックバックが来た。
不可視の衝撃に全員が吹き飛ばされる。
HPを確認した限り、攻撃ではなく単に強制的に距離を取らせるためだけのものに見えた。
つまり、ギミックが来る。
霊木を円形に取り囲むように、巨大な根が飛び出した。
すぐに根は引っ込み、次の瞬間には一回り大きな円を描くように根が飛び出していた。
巨大な根の壁が波紋のようにアラタ達に迫っていた。
冗談だろ、と思う攻撃だった。
そしてロンもアラタと同意見らしい。
アラタとロンは同時に根の壁に向かって突っ込んでいた。
物騒な音を立てながら、巨大な根の壁が迫ってくる。
二人は距離を緩めない。ただ霊木に向かって走る。
三秒と経たずに根の壁と激突する距離まで迫った。
速度を調整し、目前に根の壁が出現する。
そして引っ込んだ瞬間に進んだ。
ただ、それだけだ。
背後に根が生える気配。
これでギミックを処理したことになる。
アラタとロンは接敵し、再度攻撃を仕掛ける。
相手は文字通り木人だ。
ろくに動かず、大した反撃もしない相手に怖いものはない。
アラタは攻めながら網膜に映るパーティ欄を確認するが、ユキナもパララメイヤも根の壁には被弾していないようだった。
疑問。
これは本当にアラタの開放の条件になるボスなのか。
あまりにも簡単過ぎる。
アポストロスベアーと比べて手応えがなさすぎる。
武器やパーティが揃っているのを差し引いたとしても、戦闘の難易度がシンプルに低い。
なにか厄介な罠が潜んでいるのか、それともこれだけ弱くても開放の条件になっているのか。
このまま終わるならば、いつかパララメイヤと一緒に戦ったマーダーバニーと同程度の相手にしか思えない。
サブクエストのボスという点は共通しているので、本当にそうなのかもしれなかった。
アラタとロンの近接攻撃、ユキナとパララメイヤの遠隔攻撃、すべてが噛み合ってあやかしの霊木を恐ろしい速度で削っていた。
あやかしの霊木
HP399/2890
再度のノックバックに近接組が吹き飛ばされる。
霊木の周囲に再度根の壁が現れる。
突然、エリア内の地面全体にひびが入った。
戦闘ログにはあやかしの霊木が「大地の噴出」なるスキルをキャストしたと表示されている。
最初に気付いたのはパララメイヤだった。
遠距離からの方が周囲を見渡しやすかったのだろう。
パララメイヤが加速を切って一心に走っていた。
アラタを含んだその他の面子も、その行動の意味をすぐに理解した。
フィールド上に、一箇所だけひびが入ってない箇所があるのだ。
すぐさま全員がひびの入っていない場所に集合する。
四人とカラクリが集まるには、安置はちょっとだけ狭かった。
「ちょっと簡単すぎませんかね?」
「ええやん、ウチは報酬が同じなら相手は弱ければ弱いほど嬉しいわ」
全員が集まってから、たっぷり五秒は猶予があった。
周囲の地面が輝き、光が噴出した。
ひびの入っていなかった箇所だけは、その光の噴出が起こらなかった。
光が消え、霊木の周囲に張り巡らされた根の壁もなくなっていた。
「よーいドンや!!」
ユキナがカラクリを走らせた。
その速度は凄まじく、何かしらのスキルを切っているのは明白だった。
アラタとロンも後を追うが、真っ先に霊木まで辿り着いたのはカラクリだ。
両腕のドリルを霊木に打ち込み発射音が響く。
カラクリはドリルを打ち込んだまま動かない。
霊木が風の刃で反撃するが、それすらも躱さない。
カラクリに風の刃が命中し、装甲が軋む音がアラタの耳に届いた。
何をしているのかとアラタがログを確認すると、戦闘ログにはバンカー/ダブルの後にセカンドタイム/イグニションというスキルが表示されていた。
戦闘ログにリアルタイムで再度バンカー/ダブルの文字が流れる。
霊木にドリルが打ち込まれる音が再び聞こえた。
今までで最大の葉音が響いた。
そして、葉音が響くと同時に、霊木が倒れ始めた。
霊木は倒れきる前に姿を消して、光の粒子となった。
粒子が四人の体に吸収される。
「どや!! ウチがMVPや!!」
ユキナが胸を張って耳をピンと立てていた。
周囲に残されているのは、霊木の葉だけだった。
フィールド上のほぼすべてが、霊木の葉で埋め尽くされていた。
どういうクエストだったのか。
アラタにはクエストを成功させた喜びはなかった。
なにせ、光の粒子は体に吸収されたのだ。
アラタの右目ではなく。
これは、今のボスがアラタの解放条件の対象でなかったことを意味している。
では、くじ引きの店主が言っていた言葉はなんだったのか。
――――それを追えば、お前の望むものに辿り着けるかもしれんぞ?
ユキナのもとにパララメイヤとロンが集まっていた。
パララメイヤは呑気に拍手をしていて、それがさらにユキナを増長させているようだった。
納得がいかぬまま、アラタもユキナのもとに行こうとしたその時だった。
目を離したつもりは絶対にない。
瞬きだってしていない。
アラタの前に、一瞬前までは間違いなくいなかったものが現れていた。
ファンタジーの老魔法使いそのままの格好をした、アラタをこのアルカディアから出られなくしたエデン人の複製体。
それは、あの老人であった。




