62.ドヤ顔の女
四人でガンラ山道を歩くというのは妙な気分だった。
アラタにとってガンラ山道は、ソロで苦労してクリアしたダンジョンだ。
それなのに、今はのどかな山道に過ぎない。
ダンジョン化していないガンラ山道にはエネミーもほとんど出ず、まるでピクニックでもしているような塩梅だった。
アラタとパララメイヤ、ユキナとロンの四人で横並びにのんびりと歩きながら雑談している。
ソロの時は黙々とただ進むだけだったのに、こうまで違うと少し調子が狂う気がした。
ラーズグリフに教わった座標を目指してガンラ山道の中腹を東に折れていく。
ダンジョン化していない状態であれば森の中も道が開けて自由に移動できるようであった。
それからしばらく進んだところで、一瞬だけ目眩のような感覚に襲われた。
「ミラーに入ったなぁ」
ユキナがいつもの調子で言った。
イベントが本格的に始まり、独立した領域に飛ばされたのだろう。
わざわざミラーに飛ばされたということは間違いなくボス戦がある。
パーティ全体の緊張感が否応なく高まった。
「あの、提案なんですけど……」
ちょうどスキルポイントの足りなさについての話題が区切りになったところで、パララメイヤが言った。
「なんです?」
「皆さんのクラスについて教えてもらえませんか? ユキナさんとロンさんとは一緒に戦ったことがありませんし」
「そうだな」
「ウチもええと思うわ」
ロンとユキナが同意する。
「では順番に自己紹介する感じでいきますか?」
アラタが問うと、パララメイヤが頷いた。
「わたしのクラスは呪文の織り手です。典型的なキャスタークラスで、大魔法に回復、防御とまんべんなく振ってる感じですね。完全な遠隔で近接戦闘はほとんどできないので、皆さんのサポートと瞬間火力が仕事になると思います」
「このパーティで完全遠隔はメイヤちゃんだけやな、アシスト頼んだで」
「はい!」
パララメイヤは元気に返事をする。
「次は僕ですかね。僕のクラスは……」
アラタもそれに続いて紹介をしようとしたが、
「それは知ってる」
「もう知っとるわ」
「すいません、わたしも知ってます……」
確かにアラタだけ全員に戦い方を見せているわけであって、説明の必要はまったくない。
それでもアラタはなんだか悲しい。
「そうですね…… では次どうぞ……」
「なにショゲてんの! ちょっとかわいいやんか!」
ユキナに背中を思い切り叩かれた。
「しょげてないです、スネてるだけです」
「同じやんか。ならアラタも自己紹介する?」
「いいですよ、もうそこそこ進んでますしね」
話していると道中があっという間な気がした。
ミラー化した森の中を行くが、今のところ目に見えた変化はほとんどなかった。
平凡な森の中の光景が続くだけで、イベントに参加している感はそれほど感じられなかった。
「じゃあ次は俺かな。俺のクラスは拳闘士で、完全な近接だ。スピードに特化していてタンクにはあまり向いていない。撹乱と火力だな」
「それならアラタさんとツートップですね、頼もしいです」
「あとはウチやな」
ユキナが少し早足で、皆の先頭に出た。
「ウチはからくり士で、ちょっと特殊やな。中衛というか近接遠隔両方出来るんやけど……」
いきなりだった。
道の端から、敵が姿を現したのだ。
動く木、それがシンプルにその敵を表す言葉だ。
切り株の根が触手のように動き、幹には眼球らしきものと、裂け目のような口がある。
高さはそれほどでもないが、三メートルを超えているのは確実だ。
ムービングウッド
HP298/298
「ちょうどええわ、アイツで実戦したる」
ユキナが右手をかざすと、人型の何かが召喚された。
ゲーム内の設定的に言えば人形なのかもしれないが、それはどう見てもロボットだった。
無骨で飾り気のない装甲、手にはドリルにしか見えない何か、背には砲のようなものまで背負っている。
「いくで!」
敵よりも早く人形が突っ込んだ。
足のローラーで滑るようにムービングウッドへと迫っていく。
ムービングウッドは人形へと触手のような根を伸ばすが、人形は変わらぬ軌道で進み、半身になりながらそれを回避した。
懐まで入り込むと、人形の右手が振るわれた。
そこにあったドリルがムービングウッドの幹へと突き刺さり、発射音のような音が響いた。
パイルバンカーのような武器なのかもしれない。
ムービングウッド
HP227/298
一撃で大した火力だった。
ムービングウッドの防御力が低いのか、人形の火力が高いのか、アラタは両方であるような気がした。
続いて左手のドリルが突き刺さり同じような発射音。
そのまま攻めきるのかと思いきや、人形は姿勢を変えずに滑るように後退した。
ムービングウッドの根が人形を追うが、そこにロンが割り込んだ。
襲い来る根を軽々と叩き落として、人形と交代するようにムービングウッドに接敵した。
狙いすました完全な連携であるのに、念信の気配はまるでなかった。
YUKINA-RES:そのまま見ててもええで!!
ロンが攻める。
純粋な拳での攻撃。
回避能力の低いムービングウッドは格好の餌食であった。
乱打、乱打、乱打、ムービングウッドが滅多打ちにされ、そこにパララメイヤのマジックミサイルがさらなる追撃をかける。
アラタが何をしているかと言えば、言われた通りに見ていた。
一応不測の事態に備えて周囲を観察しいつでも参戦できる体勢でいたが、本当に見ているだけだった。
アラタが加わらなくても楽勝そうではあったし、ユキナとロンの動きをできるだけ正確に把握しておきたかった。
ユキナの人形とロンを見るに、タイミングによっては近接三人の乱戦に近い状態になる。
実戦なら勘でどうにか連携できる気はしたが、いくらか覚えておかないと衝突して間抜けな事態にもなりかねない。
後退した人形がしゃがみ、肩にある二本の砲がムービングウッドに狙いを定めていた。
YUKINA-RES:これでしまいや!!
ロンが右に飛び退いた。
人形の砲から、どう見てもビームにしか見えない光線が発射される。
光線はムービングウッドウッドに直撃し、そこには何も残らなかった。
薄っすらとした光の粒子が、アラタを含む四人の体に吸われていく。
どうやら、パーティを組んでいればまともに戦わなくても経験値が入るらしい。
ユキナがかざしていた手を下ろすと、人形が消えた。
ユキナはアラタをはっきりと見つめ、腕を組んでいかにもな顔で言った。
「どや?」




