61.振り分け
ロンの合流まで、一旦小休止となった。
パララメイヤは消耗品を買いに、ユキナは自分の工房へと準備に戻った。
そうしてアラタが何をしているのかと言えば、フィーンドフォーンのポータルの近くで座っている。
最初から待ち合わせ場所で待っているというわけだ。
無論、ただ座っているわけではない。
スキルポイントをどう振るか考えているのだ。
リルテイシア湿原を抜けてから、実はスキルポイントを振っていない。
戦闘中にスキルポイントが振れるならば、最悪の場合その局面を乗り切れそうなスキルを臨時で取る、という選択肢を残しておきたかったからだ。
しかしこれには欠点もある。
スキルをまともに選ぶ時間がない可能性が高い上に、出たとこ勝負になってしまうところだ。
戦闘中であるなら熟考して選ぶのは極めて難しい。
となると、こうした空き時間に振ってしまうべきだろうと考えたわけだ。
なにせきな臭いクエストだ。万全の状態でいかなければ思わぬところで足をすくわれるかもしれない。
現在貯まっているスキルポイントは4。
ここで選ぶべきなのは、ビルドの方向性だ。
縦に伸ばすか、横に広げるか。
アラタがソロでやっているならば、横に伸ばす、つまり様々なスキルを取得しつつも重要なスキルのレベルを上げていく方向でいっただろう。
その方が間違いなく対応力が上がる。ただし、それはソロの場合だ。
マルチでやる場合、様々なスキルを取得しているのは、逆にただの器用貧乏になりかねない。
こちらの場合の候補は新しい忍術になる。
どうやら一日の使用回数が決まっている忍術は雷神のみで、火遁、水遁、土遁、風遁はそれぞれMPを消費する魔法のような扱いらしい。
弱点属性をつけるのは無駄ではないが、似たような攻撃を複数持つのはかなり微妙に思える。
パララメイヤが土と風の大魔法を持っている以上、土遁と風遁はマルチでやる場合はさらに価値が下がりそうだ。
逆に縦に伸ばすなら、現状獲得しているスキルのレベルを上げることになる。
といっても使い勝手のいいものは既に上げているので、上げるとしたら縮地を上げることになるか。
縮地のレベルを上げた場合、移動距離が伸び、リキャストタイムが短縮される。
移動距離は評価が難しいが、リキャストタイムの短縮はバカにできない。
現状で縮地はスキルレベル3が上限なので、仮にこれを上げたとしたら残りの2ポイントは何か忍術を取得するために使うことになるだろう。
自分はどれくらいマルチでやるのか、それが検討の中心だった。
パララメイヤとフレンドになって、ユキナとフレンドになって、ついでにメイリィともフレンドになっている。
この先さらにフレンドが増えるかもしれず、マルチゲーらしくワイワイと過ごす日々が来るのかもしれない。
けれども、先のことはわからない。
どんなに良い状況に思えても、突如それが崩れるのをアラタは過去に経験している。
アラタは迷い、迷い、迷い、最終的に縦に伸ばすことに決めた。
ある程度特化しても対応力が多少減るだけで、そう大きな問題が発生することはないはずだ。
特化していったところでゼラチナスウォーグ戦のようなバカげた状況は最序盤だけで、これから先はそう起こらないだろう。
それに比べると、パーティ戦で能力が被ってしまう方が致命的だ。
やはりクラスの専門性は高めておくべきだろう。
アラタはそう結論を下した。
少なくとも、自分の頭で考えている範囲では。
縮地のレベルを3まで上げて、残りのスキルポイントが2になった。
アラタは忍術ではなく、手裏剣術に1のスキルポイントを振った。
属性攻撃ではなく、物理の中距離攻撃を持った方が何かと潰しがきく。
手裏剣術はなんと、分類としては召喚系に属するスキルらしい。
MPを消費すると手元に手裏剣が生まれるのだ。
アラタは早速手元に手裏剣を出してみる。
ラグは少なく、すぐに手裏剣は現れた。
MPの消費は2、今のアラタだと16発撃てる計算だ。
リキャストタイムは3秒とあってないようなもので、使い勝手は悪くないように思える。
アラタは手裏剣を離れた木に投げてみる。
トス、と小気味よい音を立てて手裏剣は木に刺さるが、狙った場所からはズレていた。
アラタは投擲武器の扱いはあまり経験がなく、しかも手裏剣などという頓狂なものは完全に未経験だ。
手裏剣術のレベルを上げると投擲に補正をかけてくれるようだが、今上げるかは微妙だった。
練習していればそのうち上手くなるはずだ。感覚系のパッシブに振るのはあまり主義ではない。
残りの1ポイントはどうするか悩み、結局振らずにおいた。
ここは最悪戦闘中に振ればいい枠にしておくのが無難だと考えた。
現状取得可能なスキルで大きく変わるものはなさそうだったし、スキルポイント1ならすぐ振れる。
ピンチの時にスキルポイントを4振らなければならない状況よりは遥かに選択が容易いはずだ。
一番最初に集合場所に姿を現したのは、ロンだった。
いつもの素肌にノースリーブと弁髪のおかげで離れていても一目でわかる。
「よう」
ロンは気楽な感じでアラタの隣に座った。
「手伝ってくれてありがとうございます」
それを聞いたロンは、目を見開いていた。
「なんですか? その顔は」
「お前、お礼なんて言えたのか?」
「僕をなんだと思ってるんですか?」
「こちとらお前のせいで恥をかいてるんでな」
「別に負けるのは恥じゃないでしょう」
「負けたことのないヤツの台詞だな」
「死ぬほど負けてますよ、しかも同じ相手に」
そこでもロンは意外そうにしていた。
「そんなヤツがいるのか?」
「昔の話ですけどね。別の遊技領域にいた時の師匠ですよ」
「有名なプレイヤーか?」
「知りません」
「自分の師匠なのに知らないのか?」
「よくわかんない人でしたからね」
「名前は?」
「ヴァン・アッシュ」
「聞かない名前だな」
「昔の話ですしね」
他のメンバーが来るまでの時間つぶしにしては振れたくない話題ではあった。
「今は付き合いはないのか?」
「どこにいるかも知りませんね。エデンにいたっておかしくありませんよ」
ロンは冗談だと思ったのか、軽く笑った。
「しかしお前以上か、いるもんだな、名前の知られていないバケモンってやつが」
そこでアラタの網膜にフレンド申請が現れた。
もちろん、ロンからだ。
「どういう流れで?」
「どういうって、これから組んで遊ぶんだろう?」
てっきり嫌われていると思っていたのでこれは意外だった。
「なんだよ、その目は」
「いや、すごいな、と」
「また髪の毛をバカにしてんのか?」
「いえ」
フレンド申請に了承を返した。
「お嬢をよろしく頼むぞ」
「一緒に戦う以上は。ところでユキナはどれくらいのプレイヤーなんですか?」
ロンはしばし考え、
「身内びいきかもしれんが、なかなかだよ。ただ出たがりなのと周りが見えないところがちょっとな」
「致命的じゃないですか」
「そうなんだよ。普段は冷静なのに戦闘になるとどうしてああなるんだか」
はあ、とロンは大きなため息をつく。
「噂をすれば、来ましたよ」
ユキナが来るのが見えた。
パララメイヤも一緒にいて、何やら楽しげに話している。
「まあたかがサブクエだ。楽に終わりたいところだな」
そうはならないだろうとアラタは思っていたが、口には出さなかった。




